第04話「師匠と弟子のはじまり」

 ルナの呪いを解いた翌日、譲と彼女は森の中にある譲の拠点、あの清らかな泉のほとりにいた。

「わあ……水がキラキラしてる」

 ルナは泉のほとりにしゃがみ込み、嬉しそうに水面に手を浸している。昨日までの彼女からは想像もできない、明るい表情だった。呪いが解けたことで、彼女を縛り付けていた心の枷も外れたのだろう。

『本当に、良かった』

 譲は心からそう思った。彼女の笑顔を見ているだけで、危険を冒した価値があったと思える。


「師匠!これから、何をすればいいですか?」

 ぶんぶんと尻尾を振りながら、ルナが振り返る。その瞳は期待に満ちあふれていた。いきなり「師匠」と呼ばれることにはまだ慣れないが、彼女のやる気は本物のようだ。

「そうだな……。まずは、この森で集めたものを整理するところから始めようか」

 譲は、これまで収集してきた呪いのアイテムを地面に広げた。錆びた剣、欠けた斧、不気味な装飾品。普通の人ならゴミの山にしか見えないだろう。

「これが、私たちがこれから使う材料だ」

「えっ、これ……ただのガラクタじゃ……」

 ルナが不思議そうに首をかしげる。彼女のふわふわの銀髪がさらりと揺れた。

「今はな。でも、俺のスキルで呪いを解けば、一級品の素材に生まれ変わるんだ」

 譲は、先日見つけた聖なる泉の水を使って、アイテムの呪いを次々と解いていく。黒い靄が晴れるように呪いが消え去ると、錆びついていたはずの剣は鈍い輝きを取り戻し、欠けていた斧の刃も、研ぎ直せばまだまだ使えそうな強度を保っていることが分かった。


「すごい……!本当に綺麗になっていく……」

 ルナは目を丸くして、その光景に見入っている。

「ここからが本番だ。これらの素材を加工して、まともな武具に仕上げる。それが俺たちの仕事だ」

 譲はそう言って、かつてドワーフの職人が使っていたという呪いのハンマーを取り出した。

【剛力のハンマー:呪い『制御不能』。装備者の力を増幅させるが、その制御を困難にする。フルスイングしかできなくなる。解除条件:満月の光を三晩浴びせる】

 幸い、昨晩が満月だったため、呪いはすでに解除されている。ただの頑丈なハンマーだ。これと、簡易的な金床代わりに使えそうな平らな岩を使って、武具の加工を試みることにした。


「ルナ、君は何か物を作ったりするのは得意か?」

「えっと、昔、村でお父さんの仕事を手伝って、木彫りの人形とかを作ったことはあります」

「そうか。じゃあ、まずはこの短剣の形を整えるのを手伝ってくれないか。俺が火を起こして鉄を熱するから、ハンマーで叩いてみてくれ」

 譲は火打石で器用に火を起こし、呪いを解いた短剣を赤くなるまで熱する。そして、熱された短剣を金床代わりの岩に乗せ、ルナにハンマーを渡した。

「よし、頼む!」

「は、はい!」

 ルナは、小さな体には不釣り合いなほど大きなハンマーを両手でしっかりと握りしめ、振りかぶる。

 カン!と甲高い音が森に響いた。


 譲は、その一振りを見て目を見張った。

『……なんだ?』

 ルナの振り下ろしたハンマーは、狙った場所に寸分の狂いもなく、しかも完璧な力加減で打ち込まれていた。もう一度、もう一度と打ち付けるたびに、歪んでいた刀身が、まるで魔法のようにまっすぐな形を取り戻していく。

「ルナ、君……もしかして、すごい才能があるんじゃないか?」

「え?そ、そうですか?なんだか、こうすればいいのかなっていうのが、自然に分かるというか……」

 彼女は照れくさそうに頭をかく。譲は、彼女がただ者ではないことを確信した。手先が器用というレベルではない。これは天賦の才だ。

 二人は夢中になって作業を続けた。譲が呪いを解き素材の特性を見極め、ルナが驚異的な精度でそれを加工していく。一日が終わる頃には、ガラクタの山だったはずのアイテムが、見違えるような武具の姿を取り戻していた。

「すごいな、ルナ。これなら、町で売れるぞ」

 譲が手にした短剣は、もはや忌み森で拾ったガラクタとは思えないほどの出来栄えだった。


 その夜、二人は焚き火を囲みながら、これからの計画について話し合った。

「俺たちは、この森を抜けて、近くの町に工房を構えようと思う。名前はもう決めてあるんだ。『恵みの工房』って言うんだ」

「恵みの工房……」

「ああ。呪いという災いを、人の役に立つ恵みに変える。そういう場所にしたい」

 譲の言葉に、ルナはこくりとうなずいた。彼女自身が、その最初の体現者なのだから。


 その時、譲の耳に遠くから風に乗って噂話のようなものが聞こえてきた。森の近くの村を通りかかった行商人が話しているのだろうか。

「聞いたか?勇者レオード様一行のこと」

「ああ、聞いた聞いた!なんでも、新しい魔剣を手に入れてから、向かうところ敵なしらしいぜ!」

「オークの軍団を一振りで薙ぎ払ったとか、ドラゴンを一人で仕留めたとか……」

『レオード……』

 譲は、苦い表情でその噂を聞いていた。彼らが使っているのは、あの呪われた魔剣ブラッドソウルだ。一時的に力を得られても、その代償は必ず訪れる。

「師匠?どうしたんですか?」

 心配そうに顔をのぞき込むルナに、譲は首を振って微笑んだ。

「いや、何でもない。それより、これから作る武具について考えないか?」

 譲は、あえてレオードたちのことを考えないようにした。彼らには彼らの道があり、自分には自分の道がある。もう交わることのない道だ。


 譲は、一つのアイデアを思いついていた。呪いをただ解除するだけではない。もっと積極的に、呪いの力を利用できないだろうか。

 彼は、以前見つけた呪われたアミュレットを取り出した。

【捕食者のアミュレット:呪い『擬態』。装備者を周囲の魔物にとって格好の餌に見せる。解除条件:純度の高い銀に一日浸す】

『この「魔物を引きつける」という効果……。これをうまく制御できれば、逆に魔物をおびき寄せるための囮として使えるんじゃないか?』

 つまり、呪いの効果を限定的に発動させ、デメリットをメリットに転換するのだ。


「ルナ、ちょっと試したいことがあるんだ」

 譲は、銀の鎖の一部だけをアミュレットに触れさせ、呪いを完全に解除するのではなく、意図的に「不完全な状態」で浄化を止めてみた。

 何度も試行錯誤を繰り返す。サラリーマン時代に培った、地道なデータ収集と分析。仮説を立て、実行し、結果を検証する。その繰り返しだった。

 そして、ついに彼は呪いの力の制御に成功する。

【魔寄せの香炉:元『捕食者のアミュレット』。効果:半径百メートル以内の魔物を穏やかに誘引する。ただし、敵意は向けられない。狩りの補助や、危険地帯の魔物調査に有効】


「できた……!呪いを、メリット効果に変換できたぞ!」

 譲は歓喜の声を上げた。これは、彼の工房にとって最大の武器になるだろう。他の誰にも真似できない、唯一無二の技術だ。

「師匠、すごいです!」

 ルナも、自分のことのように喜んでくれる。

 譲とルナは、森で集めた素材と、新たに生み出した技術を手に、忌み森を後にすることを決めた。目指すは、この地方で最も大きな辺境の町、ダリア。

 二人の小さな工房の伝説は、まだ誰も知らない。だが、それは確実に、ここから始まろうとしていた。輝かしい未来への希望を胸に、師匠と弟子は、新たな一歩を踏み出すのだった。

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