第1部1章6話『最初の芽吹き、そして開示される真実』
その朝、愛梨は胸を高鳴らせながら地下の温室に向かった。種まきを終えてから一週間、毎朝欠かさず温室を訪れるのが日課になっていた。
温室の扉を開けた瞬間、愛梨は思わず息を飲んだ。
「わあ……!」
愛梨が種を蒔いた区画の土から、無数の小さな、鮮やかな緑の双葉が顔を出していた。それは、彼女が望みを込めたハーブの芽吹きだった。
「芽が出た!アイム、ヴァサゴさん!見て、芽が出てるよ!」
アイムは愛梨の歓喜の声に駆けつけ、一緒にその小さな命を喜び合った。
「すごいッス、主様!こんなに早く、しかも均一に芽を出すなんて……これは主様の**『祝福』**の力ッスよ!」
ヴァサゴは離れた場所からその光景を見ていたが、いつもは揺るがないその瞳に、静かな感動が宿っているのが愛梨には見えた。
「……素晴らしい生命力です。土の準備と環境調整が完璧だったことが幸いしました」
ヴァサゴはそう言葉を選んだが、その表情は心なしか穏やかだった。
愛梨はその芽にそっと触れ、小さな芽から溢れ出す温かな生命力を感じ取った。この喜びを、館の皆にも伝えたい。このハーブが育ったら、みんなが笑顔になれるような、美味しいものを作りたい。その純粋な願いが、再び愛梨のブローチを光らせた。
今度の光は、温室の湿った空気を優しく照らし出す、澄んだエメラルドグリーンだった。その光は、温室全体に満ちていた淀んだ空気を一掃し、まるでそこが地上の畑であるかのように清々しいものに変えた。
その日の夜。
ベリトは、館に仕える上級の悪魔執事たち、フォカス、フォラス、アイム、そしてヴァサゴを執務室に集めた。部屋の空気は張り詰め、皆の視線がベリトに集中する。
「皆に話があります。愛梨様の力についてです。」
ベリトは、愛梨のブローチの破片を机に置き、その力を隠し通すことは不可能になったと切り出した。
「愛梨様は、この館に伝わる『悪魔のブローチ』の真の主であり、その力は**『生命力の活性化と悪魔化の浄化』**だ。」
その言葉に、フォカスとフォラスは驚きを隠せない。アイムは頷き、ヴァサゴは鋭い視線でベリトを睨みつけた。
「……なぜ、それを隠していた!」
ヴァサゴが、今までにないほど感情的な声を上げた。
「お前は、この館の歴史を知っているはずだ!その力が、我々悪魔にとってどれほど危険なものであるかを!」
ベリトは静かにヴァサゴを見返した。
「危険だからこそ隠した。ヴァサゴ、お前が今も地下の書庫から出たがらない理由を知っている。お前は孤児院での悲劇以来、『主の力は悪魔を狂わせ、悪魔化を暴走させる』という呪いを深めてしまった。」」
ヴァサゴの表情が一瞬歪んだ。ベリトの言葉が、彼の過去の痛みを突いた。
「愛梨様の力は、悪魔化を抑制する『浄化』の力であり、お前が恐れるような**『狂気』をもたらすものではない。ただ、その純粋すぎる力は、悪魔たちにとって『途方もない恩恵』となる。だからこそ、愛梨様は他の悪魔の城に知られてはならない『宝』**なのだ。」
ベリトは、部屋中の悪魔たちを見渡し、声を強めた。
「愛梨様をこの館に留め、我々が悪魔化の抑制と、館の再建に成功すれば、我々の存在は絶対的なものとなる。愛梨様は、我々にとっての**『希望の灯火』**だ。」
ヴァサゴは黙り込んだ。彼の心の中には、孤児院での悲劇の記憶と、目の前で見た愛梨さんの奇跡的な芽吹きの光景が葛藤していた。
「主様を守ることが、我々悪魔の使命だ。フォカス、フォラス、アイム。そしてヴァサゴ。温室での作業を通して、愛梨様を守り抜き、その力を館のために活用せよ。」
ベリトの命令は絶対的だった。
その夜、ヴァサゴは自室で、孤児院で共に薬草を育てていた老悪魔が、悪魔化の果てに怪物と化し、その薬草園を黒く焼き尽くした光景を、再び夢に見ていた。
**(……狂気ではない、恩恵……?ベリトは言うが、あの恐ろしい力は、過去、我々を破滅へと導いた。愛梨様は、あまりにも無垢で、その力を扱うには純粋すぎる。**私が、あの悲劇を繰り返さないよう、真の危険から主様を守らなければ……。)
ヴァサゴは、愛梨さんの笑顔と、力強く芽吹いたハーブの芽を思い出した。彼は、ベリトの言葉ではなく、自分の目で見た愛梨さんの力を信じるべきか、深く悩み始めた。
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「その執事、悪魔。命綱は女子高生。」 櫻 愛梨 @erisakura
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