2:運命的な出会いはピンチと共に

 見知らぬ森で目覚めた魔王イリス。しかし、なぜか魔法が使えない状態になっていた。

 飢えたブラッディウルフの攻撃をどうにか回避したものの、追撃から逃げ切れないでいた。

 そんな中、イリスは自分が幼くなっていることに気づく。

 そしてそれが、さらなる事態の悪化を招いていた。


「まさか、幼くなったせいで魔法が使えんのか!?」


 どこをどう見ても自分の身体が小さくなっている。

 肩や胸、手を何度も見たが、やはりイリスの知っている大きさではない。


「一体、我に何があったんじゃ……?」


 どうしてこうなった? なぜ我が幼くなっている!?

 何度も自分の身体を確認しては問いかけるが、やっぱりわからない。

 イリスがうろたえていると、ブラッディウルフたちが唸りながらゆっくりと迫ってきた。


グルルルルゥッッッ観念したかメシィッッッ


 牙を剥き出しにしたブラッディウルフ。幼くなり、魔法が使えなくなった自分。

 それがとんでもない状況だと気づいたイリスは、


「きゃあぁあああぁぁぁぁぁっっっ」


またかわいらしい悲鳴を上げ、一目散に逃げ出した。


 勝てない。むしろ負ける。

 というか、こんな状態で勝ち目なんてあるはずない。


 転びそうになる足に力を込め、駆ける。

 しかし、どれほど頑張ってもブラッディウルフが速い。

 それに今のイリスはそこらへんにいる女の子と同じようなもの。


 だから食べられるのは時間の問題だった。


「いやじゃいやじゃ、それだけはいやじゃ!」


 目にいっぱいの涙を浮かべつつ、絶叫しながら最悪の結末を拒絶した。


 魔王である自分がザコに食われて一生を終える。

 それはとんでもない悲劇であり、屈辱的な終わり方であり、人によっては腹を抱えて笑ってしまいそうな喜劇だ。


 それだけは絶対に避けなければならん!


 そんな思いで、襲いかかるブラッディウルフたちの牙と爪を回避していく。

 しかし、限界があった。


「きゃふんっ」


 必死に逃げ回っていたイリスだが足に疲労が溜まり、また転んだ。

 慌てて身体を起こすものの立ち上がれず、尻を引きずってささやかな逃走を試みる。

 だが、すぐに大木へ背中をぶつけ、逃げられなくなってしまった。


「ウ、ウソじゃろ!?」


 顔を蒼白くさせてから改めてブラッディウルフへ振り返る。


 追い詰めたことに喜々しているのか、それとも空腹に耐えきれなくなっていたのか、口から大量のヨダレがこぼれ落ちていた。


「ま、待て! 待つのじゃ!」


 傷持ちを先頭に迫ってくるブラッディウルフたちに、イリスは制止するように手をかざし叫んだ。

 だが、いや当然のように歩みは止まらない。

 それでも傷持ちにこんな言葉を投げかける。


「そうじゃお前、我と手を組まないか? さすれば我が手に入れた領地、つまり世界の半分をくれてやろう!」


 それは取引――しかもとんでもない内容の。

 引きつった笑顔を浮かべながら、先陣を切る傷持ちの様子をうかがう。


 しかし、その取引に興味がないのか止まる気配がない。

 それどころか、赤く染まった口元を舐め回しながら近づいてくる。


「ふ、不服か? ならばもうちょっと分けてやってもいいぞ? だから、な? その牙と爪を収めてくれんか?」


 イリスは目にいっぱいの涙を浮かべ、命乞いをするかのようにさらに譲歩した。

 だが、傷持ちは止まらない。


 もうすぐ腹を満たせることに喜びを抱いているのか、笑みを浮かべていた。

 だんだん待ちきれなくなり、傷持ちは前足を振り上げる。

 そして、イリスを食べるために飛びかかった。


「た、助けてくれぇぇぇぇぇっっっ」


 もはや魔王のプライドなんてものはない。

 ただ一人の少女として、悲鳴を上げた。


 しかし、その声は、願いは神には届かない。


 だが代わりに、違う存在がその声を耳にする。

 その願いを叶えるために大地を蹴り、


「ああ、もちろんさ!」


腰に差していた剣を抜き、傷持ちへ飛びかかった。


 不意を突かれた傷持ちは、突撃してくる少年を反射的に睨んだ。

 そのまま身体をねじり、迫る刃を躱し、その身体を蹴って距離を取ると威嚇するように吠えた。

 難なく距離を取られた少年はすぐに体勢を立て直し、もう一度迫ろうとする。

 だが、回り込んでいた手下が吠え、その突撃を止めた。


「く、仕留め損ねた」


 イリスは自分を守るように立つ少年の背中を見つめる。


 炎のように赤く染まった髪を揺らし、ショートソードを握るその姿はどこか勇ましい。

 悔しさを見せる顔にはまだ幼さが残り、瞳も髪と同じように紅蓮に染まっていた。

 そんな赤髪の少年は笑顔を浮かべ、こう言い放つ。


「すぐにこいつらを片づける。だから、安心して!」


 手にしていた剣をさらに強く握る。

 途端に風が吹き、身体を包み込んでいるコートが揺れた。


 そのまま戦いへ向かおうとする赤髪の少年を見て、イリスは思わず訊ねた。


「なんで、なんで我を助けてくれるんじゃ?」


 イリスの言葉に赤髪の少年は一瞬考える。

 そして、すぐに答えが見つかったのか、ニッと笑って力強く答えた。


「冒険者、だから!」


 これは、運命の出会い。

 イリスの運命を大きく変える冒険者との邂逅だ。


 イリスはそんな出会いを果たしたことに気づくことなく、戦いへ挑む赤髪の少年の背中を見つめていた。

 自分もまたその冒険者になる未来が待っていることに、気づくことなく――

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