冒険者として【才なし】と判定された少年、魔法が使えなくなったロリ魔王を拾う 〜最弱だけど最強コンビで挑む最難関ダンジョン攻略〜

小日向ななつ

序章

1:眠りから目覚めた魔王

 太陽が沈み、闇夜が支配する時間帯。

 藍色の空のキャンパスに頼りない星明りが散りばめられていく。


 そんな星空の下に森があった。

 リンリンと鳴く虫の声があり、いつしかその声は合唱となる。

 その心地よい音色に釣られてか隠れていた妖精たちが顔を出し、踊り始めた。


――アハハハ。

――ウフフフ。


 軽やかにステップを踏み、笑いながら手を取り合う。

 羽からフワフワと舞い落ちる鱗粉によってか、妖精たちの踊り場は輝いていた。


 ふと、一体の妖精が疲れたのか踊り場から離れる。

 どこか休める場所はないか、とキョロキョロしながら探すと妙なものを見つけた。


――ふぅ。

――いいところはないかな?

――あれ、なんだこれ?


 それは、見た限り人の形をしたもの。

 性別はおそらく女で、呼吸もしているため生きていることは明らか。


 物珍しさのあまりに思わず近づく。

 すると妖精の輝く鱗粉に反応してか、まぶたがピクリと動いた。


「う、ん……?」


 それはゆっくりと目を開くと、声を発して起き上がる。

 妖精は急に動き出したために「わっ!」と大声を出してしまった。

 そんな声を聞いた仲間たちはすぐに躍るのをやめ、隠れるために一斉に木陰へと逃げ込んだ。


 震えつつも木陰から起き上がったそれを見つめる。

 人の姿をしたそれはというと目覚めたばかりのためか呆然と遠くを見つめ、何かを確認するように森の中を見渡していた。


「ここは、どこじゃ?」


 思わず出た言葉と共に首を傾げる。

 しかし、いくら考えても答えは出ない。


 ひとまず自分に何が起きたのか、とそれは思い返すことにした。


「うーむ……我は確か、覇者と戦っていたはずじゃが……」


 自分の名前はイリス。圧倒的な魔力で世界を絶望に叩き落した魔王だ。

 イリスの力は勇者をも畏怖させ、さらにその美貌は魔族だけでなく人間さえも魅了する少女である。

 ゆえに力と美しさで様々な者を従え、人間を屈服させ様々なものを奪い取ってきた。


 いつしかその勢力は覇者にも劣らぬ、いやそれ以上のものへ拡大した。

 だからこそイリスは、大きくなった軍を率いて覇者に挑んだ。


 戦いは熾烈なものとなり、多くの部下と手下を失ったがあと一歩のところまで追い詰めた。

 好機と捉えたイリスは自らが出陣し、戦いへ臨んだ。

 しかし、それ以上のことは思い出せない。思い出そうとするとモヤがかかり、無理に引っ張り出そうとするとひどい頭痛が起きた。


「くぅぅ、思い出せん。くそ、奴との戦いはどうなったんじゃ? 我は勝ったのか?」


 顔を歪め、痛むこめかみを左手で抑えながら立ち上がろうとする。

 見た限り、どこかの森だ。

 時間はおそらく夜。魔力の反応は感じ取れないが、おそらく生物はいるだろう。


 ひとまずここから移動したほうがいい。情報を掴むにしても、ここにいては何もできん。


 そんなことを考えていると、唐突に何かの雄叫びが響いた。


「ウォオオオォォォォォッッッ」


 反射的に振り返ると、そこには一体のオオカミ型モンスター【ブラッディウルフ】がいた。

 青い剛毛に全身が覆われており、魔物らしく目は深紅に染まっている。

 性格は獰猛で好戦的。戦いによって生まれた傷を多く持つほど【傷持ち】と呼ばれる強い個体になり、群れのリーダーを担う傾向にあるモンスターだ。


 雄叫びを上げ、イリスの目の前に現れたそれは身体だけではなく目にも傷を持つ【傷持ち】である。

 その証拠に、雄叫びを耳にした手下たちが森の奥から四体も現れた。


「ほほぉ、これはまた豪勢な出迎えじゃな」


 イリスは傷持ちが率いる群れを見て軽口を叩いた。

 よく見るとブラッディウルフたちの口元が赤い。おそらくどこかで獲物を仕留め、ご馳走にありついたのだろう。

 しかし、様子を見るからにまだ腹を満たしていない。


 だからこそ自分に狙いを定めている状態だろう。

 そのことに気づいたイリスは、挑発するかのようにブラッディウルフたちへこんな言葉をぶつけた。


「これはこれは、面白いワンコじゃ。そうじゃな、その意気に免じて見逃してやろうか?」

グルルルルゥッ!ふざけるなクソガキ!」「ガウッ黙れ」「ガウガウッッッ!メシがしゃべるな!


 イリスが不敵に笑い、放った言葉に傷持ちだけでなく手下も激怒している様子だった。

 歯を剥き出しにし、毛を逆立てているブラッディウルフたちにイリスはさらにこう言い放つ。


「ほぉー、そうか。そこまでいうか。なら、我が配下にしてやってもいいぞ。こき使ってやろう」


 その余裕のある言葉を聞いてか、ブラッディウルフたちは一斉に飛びかかった。

 ククク、と笑みをこぼし、イリスは右手を開いて前へ突き出す。


 魔王イリスにとってブラッディウルフはザコ。

 どれほど群れようとも強力な魔法で屠ることができる。

 しかし、それで倒しては面白くない。だから最近生み出した魔法を使い、その実験台にすると決めた。


 なぜか全身が痛いが、問題はなかろう。

 そう考え、イリスは右手を前に突き出しすと同時に魔法を発動させるための術式を組み立てながら詩を口にした。


「〈光は影に〉〈影は闇に〉〈闇は常闇に〉〈常闇は深淵に〉〈全てが混ざり合い飲み込んでいく〉」


 発した言葉が、形となって手のひらへと集まる。

 向きが正反対の三角が二つ生まれ、重なり合って星の形となる。

 そのまま詩を紡ぎ、魔法を発動させるためにその名を口にした。


「〈口を開け〉〈悪食の暴君〉――バウ・グラトニー!」


 イリスは勝ち誇った笑みを浮かべる。

 あとはこのまま魔法が発動し、悲惨な末路を辿るブラッディウルフの様子を眺めるだけ。

 そう思っていた――だが、集まっていた赤黒い光が煌めく瞬間、星の形となった術式が粉々に砕け散った。


「はっ?」


 イリスは思わず素っ頓狂な声を上げる。

 何が起きたかわからず、目をパチパチとさせた。

 霧散していく術式を見つめるが、いくら見つめても魔法は発動しない。


 そうこうしているうちに傷持ちの牙が目前に迫った。


ガウアァァッ死にさらせぇぇ

「うひゃあぁぁ!」


 イリスは咄嗟に屈んでガチンッと音を立てた牙を躱した。

 だが、攻撃は続く。

 左右から挟むように手下が爪を振り上げて迫ってくる。


 反射的に手を広げ、防御魔法を展開しようとしたがやはり発動しない。

 だからイリスは、


「きゃあぁぁぁ」


悲鳴を上げ、必死に前に飛び込んだ。


「キャン!?」「キャイーン!?」


 そのおかげか、イリスは挟み撃ちを躱すことに成功する。

 飛びかかった手下たちはというと、ゴッツンと頭をぶつけ、目に星を浮かべて地面へと落ちていた。


「あわわわっ」


 助かったと思ったものの、すぐに起き上がり走り出す。


 このままでは食べられてしまう。

 そんな危機感を抱いたイリスは、慌てて逃げ出した。


「な、なんでじゃ? なんで魔法が発動しなかったんじゃ?」


 ゼエゼエと息を切らしながら思わず叫んだ。

 そんなイリスの後ろをブラッディウルフたちが追いかけてくる。


 ある者は空腹のためかヨダレを垂らし、ある者は唸りながらイラつき、ある者はそれを咎め集中させようと吠える。

 絶体絶命ともいえる状況だが、イリスの頭は違う疑問でいっぱいになって叫んだ。


「なんでバウ・グラトニーが発動しなかったんじゃー!!!」


 いくら考えても原因がわからない。

 思わず自分の頭を掻きむしるが、やっぱりわからない。

 そんな苛立ちが募ったためか、イリスまた叫びたくなった。


 そんな最中、ふと自分の手が目に入る。


「なんじゃ、この小さな手は?」


 マジマジと、じっくりと、穴が空くほどとにかく見つめる。

 だが、どう見ても自分の手がとても小さい。ついでにぷっくらとしていた。

 それはまるで子どもの手のようで、とてもかわいらしい。


 イリスがその手を見つめながら走っていると、


「きゃふんっ」


かわいらしい悲鳴を上げ、転んでしまった。


「いてて……次は何なんじゃ……?」


 イリスは身体を起こし、ドレスのスカートに目を向ける。

 するとそのドレスは明らかに身体のサイズと合っていなかった。


「なんでブカブカになってるんじゃ?」


 そのドレスは漆黒のドレスだった。

 袖はなく、身体のラインがわかるように設計され、胸には深紅の宝石もあって美しい逸品。

 昔、イリスの雪のように白い銀髪が映えると言われて着るようになったとてもお気に入りのドレスだった。


 しかし、そんなドレスはすっ転んだ影響もあってか泥だらけである。

 さらにブカブカのためか、本来隠れているはずの白い肌が露わになっていた。


「走りにくいとは思っておったが、まさかドレスが大きくなったのか?」


 イリスは顔を引きつらせながら首を傾げる。

 そして、ようやく手だけではなく自分の身体を見た。


「な、なんじゃこれは!?」


 胸が小さくなっている。そのことに気づき、イリスは慌ててほかの部位も確認した。


 自分の頬に触れる。ぷっくらとしていて柔らかい。

 肩を見る。ハッキリとはわからなかったが、小さくなっている気がした。


 そうこうと自分の身体を確認し、イリスはやっと気づく。


「まさか、我が小さく……いや、幼くなったのか!?」


 まさかの事態にイリスはもう一度叫んだのだった。

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