第3話 第七倉庫 午後十一時五十五分

港に吹く風は、夜の冷たさをさらに鋭くしていた。

波止場に並ぶ倉庫群は、どれも錆びついた鉄の塊のように沈黙している。

蓮は車のエンジンを切り、遠くの灯台の光を一瞬だけ見た。

霧は濃く、視界は数メートル先までしか利かない。


時計の針は、零時まであと五分を指していた。

スマートフォンの画面には、黒田から送られてきた短いメッセージが残っている。

「――倉庫の裏から入れ。」


蓮は懐中電灯を手に、足音を殺して倉庫の裏手へと回り込んだ。

金属扉は半ば開いており、風に揺れて軋んだ音を立てる。

中は真っ暗だった。


慎重に一歩踏み出す。

床には古い木箱が散乱し、油の匂いと鉄の錆の臭気が混じっている。

その奥に――人影があった。


「……黒田か?」

声を潜めて呼ぶと、暗闇の中から微かに息をする音が返ってくる。

次の瞬間、足元の何かを踏み、カチリと金属音が鳴った。


――ライトが点いた。


眩しい光が一斉に倉庫内を照らし出す。

蓮は思わず目を細めた。

そこにいたのは、黒田ではなかった。


黒いコートの男が三人。

無言で蓮を囲むように立っていた。

一人の男が口角をわずかに上げる。


「斉藤蓮さん。ずいぶん早かったな。」

聞き覚えのない声。だが、その後ろに見えた顔には見覚えがあった。

――神谷啓三。


政治家として何度も画面越しに見た顔が、今、闇の中で不気味に笑っていた。


「君の“熱心な取材”には感心していたよ。」

神谷はゆっくりと歩み寄り、懐から何かを取り出した。

それは、見覚えのあるペンダントだった。


「……奈央の……?」

「そう。彼女は――少し真実を知りすぎた。」


蓮の喉が乾く。

ペンダントの中には、小さなメモリカードが埋め込まれていた。

神谷はそれを指先で転がしながら続ける。


「黒田翔も、同じだ。だが彼はまだ“使える”。」


その言葉に、蓮の中で何かが弾けた。

一歩、二歩と後ずさる。

背後の扉は、すでに閉ざされていた。


「君も選べ。沈むか、黙るかだ。」


神谷の目が獲物を見下ろす捕食者のように光る。

その瞬間、倉庫の外で何かが爆ぜた。

激しい光と衝撃音――。


煙の中から、誰かが叫ぶ。

「蓮、伏せろ!」


――黒田翔の声だった。


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