Fly・High
イロイロアッテナ
Fly・High
祖母の背中は、いつも温かな陽だまりの匂いがした。
祖母はいつも家の小さな部屋にいて、テレビを見たり、手芸をしたり、本を読んだり、こっくりこっくり居眠りをしていた。
僕は幼稚園から帰ると、幼稚園バッグを投げ出して、まず、祖母の部屋に駆け込んだ。
部屋に押しかけてくる僕を、祖母はいつも優しく手を引いて、洗面所に連れて行ってくれた。
踏み台を使っても洗面台に届かない僕を抱えて、祖母は手洗いをさせてくれて、その後、少しだけ甘いおやつをくれた。
いつもたくさん話を聞いてくれて、いつもたくさん頭を撫でてくれた祖母のことを、幼稚園の僕は本気で、弱いから守ってあげなければいけないと決意していた。
祖母が針に糸が通らないとか、本の文字が小さくて読めないと言うと、僕は走って行って、糸を通してあげたり、文字を読んであげたりした。
大人になれば、きっと祖母は、僕のために、わざと僕が力を発揮できる場面を用意してくれていたと分かるけれど、その時は、本当に自分が誇らしかった。
いつでも僕の話をうんうんと笑顔で聞いてくれた祖母、いつでも僕をおんぶしてくれた祖母。
僕は、そんな祖母が大好きだったけれど、僕が小学生にあがる年に祖母は、この世を去った。
僕にとって初めて大きな別れであり、たくさん泣いた。あまりに悲しむ僕に、病床の祖母は、僕の頭に手をおき
「天国から見守っているからね。だから大丈夫。」
「天国って、どこにあるの?」
「雲の上だよ。ずっと雲の上から見守っているからね。」
そう言って祖母は息を引き取った。
やがて僕は小学校に上がり、将来の夢を発表する授業があった。
僕の夢は、祖母が亡くなったあの日から、パイロットに決まっていた。
パイロットになり、雲の上の祖母に会いに行く、それが僕の叶えたい夢だった。
授業で発表すると、同級生からは、普通に飛行機に乗ればいいじゃんと突っ込まれた。
言われてみれば、そうだけど、上手く言えないけど、それでは祖母に会えない、何となくそんな気がした。
その後、勉強が得意ではなかった僕は、英語でつまづき、フライトシミュレーターでつまづき、人より多くの時間を費やし、苦学して副操縦士になった。
初めて副操縦士として商用飛行をした時、当たり前だが、雲の上に祖母はいなかった。
しかし、それでも良かったように思う。
祖母のあの言葉が、僕に人生の指針を与え、ここまで導いてくれた。
そう思うと、雲の上に祖母はいなかったけれど、久しぶりに祖母に頭を撫でてもらえた、そんな気がした。
やがて、僕も機長になり、後進を育成し、幾たびも航路を飛び、たくさんの国を訪れた。
そして、引退する時が来た。
諸先輩に挨拶をし、後輩に見送られ、僕は自宅の小さな部屋で過ごすようになった。
そうやって過ごす僕のところに、かつての自分のように、孫が部屋に押しかけて、今日あったことや感じたことを、怒涛の勢いで話してくれる。
こちらの都合なんてお構いなしの、その生命の塊のような有り様が、僕はとても愛おしくて、いつも、うんうんと話を聞いていた。
そんなある日、季節の変わり目に風邪を拗らせてしまった僕は、部屋で横になり、熱にうなされていた。
家族にうつすといけないから部屋に近づかないように伝えていたが、ドアの隙間から孫がこちらの様子をのぞいていた。
貸してあげる、そう孫が差し出したのは、孫が夜寝る時にいつも手に持っているぬいぐるみの怪獣だった。
僕は薬の眠気と発熱で意識が朦朧としながらも、感謝を伝え、怪獣を受け取ると、孫は泣きそうな顔で
「おじいちゃん、死んじゃうの?」
と聞いた。
身内の欲目かもしれないが、孫は優しく、僕に似ず利発で行動力もある子だった。この子にも人生の指針があったらいいな。僕はそう考えていた。
僕は一生懸命、笑顔を作り、孫の頭を撫でて
「ただの風邪だから、すぐに治るよ。それにもし、亡くなっても、天国から見守ってるから大丈夫だよ。」
「天国って、どこにあるの?」
「・・・火星だよ。ずっと火星から見守っているからね。」
そう言うと、孫は泣きそうな顔のまま、僕を見つめ
「と、遠くない!?」
と、目を丸くした。
しまった欲張りすぎた、そう思いながら僕は眠りに落ちていった。
Fly・High イロイロアッテナ @IROIROATTENA
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