第4話初めてのデート。意外な一面。

 長い長い授業と言う名の拘束時間が終わりを告げたのと共に、氷織が俺の元へとやってきた。

 未だに俺達の関係に懐疑的であり、興味津々なクラスメイト達の視線なんて気にも留めない氷織は、俺を引きつれて教室を出る。

 晃からの鋭い視線が俺の頬を突き刺してきたが、気づかないフリをしておくことにした。


 学園を出て街中へと向かう氷織の横顔に、俺はシンプルな質問を投げかけてみる。


「なぁ氷織、これからどこに行くんだ?」

「決まってないわ」


 さも当然かのように飄々と答えた氷織を見て、てっきり行く先が決まっていたのだと思っていた俺は唖然としてしまう。

 そんな俺の顔をまじまじと見つめた氷織は何のことだか分からないように小首を傾げた。


「何?……もしかして、私がどこに行くかちゃんと考えてると思った?」

「いや、まぁ……」

「ふふ、期待外れだったならごめんなさい。急に決めたものだから私も考えてなくて。……付き合うとは言ったものの、まずは互いの事を知り合うところからよね?よかったら、竜胆くんの行きたいところに連れて行ってくれる?」

「中々の無茶ぶりだな……行きたいところ、か」


 歩くペースを氷織に合わせながら少しばかり思案した俺は、とある場所に向かうことに決めた。


 氷織を連れてやってきたのは、街中にある併設された複合アミューズメント施設。

 ここはボーリングやカラオケ、バスケやゲーセンなど、様々な遊び場が一つになった周辺の学生に人気な施設。

 普段はクラスの奴らと来ることが多い。ここなら氷織の興味を惹くものがあるはずだ。


「竜胆くん、普段はよく来るの?」

「んー、たまにだな。クラスの奴らに誘われたら来る感じ」

「私はほぼ初見ね……あっ」


 立ち止まった氷織の視線の先にはゲームコーナー。彩光を発する筐体たちから流れる音楽は激しく主張を繰り返している。

 子供のような輝かしい氷織の横顔は単に煌びやかだからと言う理由の他に、興味が惹かれているのだと示していた。


「ゲーム、興味あるのか?」

「家庭用のはいくつかやったことがあるけど、こういうのはやったことがないの。竜胆くんは?」

「教えれる程度にはやってるよ。……やってみるか?」


 氷織は恐怖半分、ワクワク半分といった様子で静かに頷いた。

 氷織の手を取ってゲームコーナーへと向かう。どこか氷織がドギマギしているのはきっと見慣れない光景に困惑しているからなのだろう。


「どれがやりたい?リズムゲームとか格ゲーとか色々あるけど」

「ん~……あっ、あれは?」


 氷織が指さした先にはシューティングゲーム。昔からある迫りくるゾンビを打ちまくってスコアを稼ぐ古き良き筐体だ。

 

「シューティングゲームだな。この銃型のコントローラーを使ってゾンビと戦うんだ」

「へぇ……ゾンビね。人間よりは恐ろしくないわね」

「美少女らしからぬ感想だな。一度やってみよう」


 100円を入れてゲームスタート。

 スタートと同時に上官らしき人物からの操作指南が始まる。氷織は不器用ながらも迫ってくるゾンビの一体を打ち抜いた。臓物を巻き散らしながら死んでいく様は中々にグロテスクだ。


 狙って撃つ。言葉にすれば簡単だが、実際にやってみると意外と難しい。

 最初こそ敵の数が少ないが、敵を倒すにつれて数も増え、要求されるアクションも増えてくる。

 武器を切り替えたり、飛びついてきた敵を振り払ったり。次第に処理が追い付かなくなって、大半の人間はここでゲームオーバーになる。


「あっ……死んじゃった。これじゃ変な製薬会社がウイルスを振りまいた時に生き残れないわね……」

「間違ってもそんな事態にはなってほしくないけどな。……こういうゾンビものにはお決まりがあるんだ。なにか分かるか?」

「ヒロインが噛まれて死ぬとか?」

「ありがちだけどそうじゃない。……正解はだ」


 「頭?」と訊き返して来る氷織に俺はしたり顔で返す。


「ゾンビってのは決まって頭を打ち抜かれると死ぬ。氷織は胴体ばかり打ってたから数発無駄に消費しちゃってたけど、頭を打てば一発で死ぬ。その分早く倒せるし、リロードする回数も減るからHPが削られずに済むってわけ」

「なるほど……でもこれ、狙うのが中々難しいのよね。頭も小さいし」

「狙う時はこうやって構えて……」


 氷織の背後に回った俺は、彼女の不安になるほど細い腕に手を添えて構え方を教える。


「しっかりと画面を見て、焦らず冷静に。相手の攻撃パターンを覚えて、倒す順序も考えられると百点だ」

「う、うん……」


 自分がちょっと恥ずかしい事をしていると気づかせてくれたのは、氷織から香る甘い匂いだった。

 この状態だと傍から見たら後ろから抱き着いているも同然だし、体の複数の箇所が密接に触れ合ってしまっている。


 男の俺とは違う、しなやかで柔らかい体。息遣いに耳を傾けてしまえば、この時間を手放したくないとさえ思ってしまった。

 俺は氷織の腕からぱっと手を離し、ごまかすようにもう一つのコントローラーを手に取る。


「と、とりあえずやってみよう。今回は俺もやるあくまでサポート程度でやるから、氷織は存分に楽しめ」

「OK、今の私の勝率は100%よ」

「氷織の勝負勘は信じていいのか?」

「勝負勘じゃないわ。運命の収束よ」


 きらりと瞳を光らせる氷織の笑顔を横目に、100円を入れた。

 

 氷織は二回目とは思えない成長を見せていた。

 まだたどたどしいものの、しっかりと頭を打ち抜き、隙を見てリロード。武器の切り替えも冷静に行い、アクションももろともしない。


 氷織の魅力はその美貌だけにあらず、その万能さにも人気の理由が秘められているのだ。

 噂には聞いていたが、さすがは天才少女。その名に恥じない成長ぶりだ。


 次々にゾンビを打ち抜いていった俺と氷織の目には『WARNING』というアルファベットの羅列が浮かび上がってきた。


「おいおいマジか……!」

「なんかでっかいのが来たわね……!」


 今まで出てきた個体よりも大きなゾンビが姿を現す。

 筋骨隆々な巨体で環境に悪そうな吐息を巻き散らし、腕は鋭利に変化している。まさにボス、と言った感じだ。


「こいつを倒したらゲームクリアだぞ氷織。かなりタフだけどな!」

「俄然やる気が出てきたわね……行きましょう」


 ゾンビの咆哮と共にHPバーが表示される。最終戦はこのHPバーを削り切ったら勝利だ。

 激しく見極めの難しい初見攻撃を前に、氷織は苦戦しながらもHPを削っていく。俺も攻撃に回りつつ、時折どこからともなく投げ込まれる回復アイテムを取ってサポートに徹した。


 HPを半分まで削ったところで、またゾンビの形態が変化する。

 両手が鋭利に変化し、背中からは無数の銃が突き出るという突っ込みどころ満載な形態なのだが、攻撃が激しくなる代わりに腹部に弱点が露出する。


「あれが弱点ね。竜胆くん、コンビネーションアタックよ!」

「そんなのないんだが!?」


 とりあえず二人で協力して腹部を攻撃。次第にゾンビが血反吐を吐き始める。

 HPが残り3割になったところで、またゾンビが咆哮する。雑魚敵の呼びだしと共に、口から爆弾が露出する。もうここまで来るとなんでもありだ。


 カウントダウンまでに倒せなかったらゲームオーバー。雑魚敵を処理しながら的確に弱点を狙わなくてはならない。

 ここまではかなりパターン化した戦いを強いられていたが、ここからは敵の出現も攻撃パターンもランダム。臨機応変かつ迅速な対応が求められる。


「くっ、ちょこまかと……!」

(なんか悪役臭のすごい台詞吐いてる……)

「束になったところで雑魚は雑魚なのよ……!」


 なんだか臭い台詞を吐きながらも、氷織は順調に雑魚敵を処理し、ボスへと着実にダメージを与えていく。

 そしてついに……


『GAME CLEAR!』

「やった、倒したわ竜胆くん!これでワクチンは私たちのモノね!」

「そんなシナリオはないけど……よくやったな。二回目のプレイでこれは流石に驚いた」

「ふふん、私がゾンビ如きに負けるはずないのよ」


 肩越しに見た氷織の口元からは喜びと負けん気が感じられた。彼女の強気な発言は、この負けん気から出てきたモノなのかもしれない。

 自信満々に胸を張り上げた氷織だったが、俺の顔を見てとん、と俺の胸に人差し指をあてた。


「……これが愛の力、かしらね?」

「愛ってのは昨日今日で出来るほど安いものなのか?」

「愛は感じさえすればそこに存在するものよ。ま、今は無くてもあとからついてくるでしょう。体の関係みたいに」

「お前初心なくせにそういうことはなんのためらいもなく言うのな」

「別に恥ずかしい事じゃないしね」


 氷織の表情に嘘の陰りは見えない。こういうことを本気で言っているあたり、やはり氷織はよく分からない。人間と言う生物はここまで複雑になれるのかと思わず関心してしまっていた。


「さ、次に行きましょう。あっ、私あれやりたい!」

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