第3話未知な二人。知り合う二人。
波乱の背負い投げで始まった一日。昼休みの到来と共に、俺は氷織と屋上に向かった。当分の作戦を考えるためである。
とりあえず俺達は目標である通り魔事件いついて理解を深めることにした。
最近巷を騒がせている『通り魔事件』。詳しい情報は断定できていないが、いくつかの噂を聞いたことがある。
一つ、通り魔は女性ばかりを狙う愉快犯。
二つ、犯行に使われる凶器はいつもナイフ
三つ、犯人はいつも黒づくめ。深くかぶったパーカーと顔を隠すマスクとサングラスのせいで素顔は特定できていない。
四つ、事件が起こるのはこの
これらに加えて、昨日見た『被害者への手紙』と氷織の口から伝えられた『女性モノのパンツを盗んでいた』という情報も加えられることになった。
「ふむ、中々ざっくりとしてるわね……」
「言っても噂だからな。所詮はこの程度さ」
「まぁ、とりあえずはこちらから接触を試みるしかなさそうね。……そのためにも、私達はカップルであらなくてはならない」
なんだか重要な感じで言っているが、要は俺は通り魔をおびき出すための餌。パンツを持った俺の写真の流出を食い止めるためにも、俺は氷織の彼氏を演じなくてはならない。
「大前提として、私と竜胆くんはカップルのように振舞わなくてはいけない……つまり、今後は二人での行動が必然的に義務付けられるということ」
「……つまり、離れるなと?」
「そ。もっと言えば、私以外の女と話さないで」
「んな無茶な……」
「当然でしょう?彼女のいる男は他の女に目移りしてはいけないのはあたりまえの事。ましてや、私が彼女なのよ?浮気なんて許してはいけないわ」
氷織の言葉からは、学園一の美少女のプライドが感じられた。彼女自身普段の振舞からそういった感情は感じられないが、おそらく心に秘めているものなのだろう。
「今日から学園にいるときは私と一緒。他の女とは一言も話さないで。この関係の真相の他言はナシ。私の事を盲目的に愛して。いい?」
「……なんか本当にカップルみたいだな」
「えぇ、カップルよ?」
……やはり氷織の事はよく分からない。こんな事件に一人で立ち向かおうとしていた時点で頭のねじが外れてしまっていることは確かなのだが。
「学園一の美少女から大胆な告白を受けるとは、嬉しいこったな」
からかうつもりで茶化してみると、意外にも氷織はしおらしい態度を見せた。
「そ、そう?それは、よかったわね……」
(……こいつ、意外と初心な感じなのか?)
仮にでもあんな大胆な告白をしたくせに、言葉一つで頬を赤らめている氷織を見るとなんだかちぐはぐだなと感じる。さっきまで見せていた独占欲全開の姿はどこへ行ったのだろうか。
「ていうか、氷織はあんなに大々的に交際宣言なんかしてよかったのかよ?仮にとはいえ、俺みたいな奴と付き合ってたなんて経験はお前のブランドに傷がつくと思うんだけど」
「まぁ、私的には貴方もタイプな部類ではあるわ。それに、自分が気に入らない人間と関係があったからって私の評価を下げるような人間とはこっちが御免よ。だから心配しなくても大丈夫よ」
『私的には貴方もタイプ』という部分に俺の心臓はきゅんと跳ねたが、あくまでも平生を取り繕うことにした。
相手はパンツを持った俺の写真を人質に取っている極悪人だ。そう簡単に心を許してはいけない。
しかし、その美貌は腐っても学園一。その一挙手一投足に酔いしれる人間もいる程だ。少なからずきゅんとしてしまうのは仕方がない。
氷織は俺の仮面を見破ったのか、ニヤニヤと嗜虐的な笑みを浮かべた。その豊満な胸を強調するように前かがみになり、顔を覗き込んでくる。
「ふふ、もしかしてこの私の魅力に絆されちゃった?」
「う、うるせぇ」
「別に隠さなくてもいいのよ?私と竜胆くんはギブアンドテイクの関係。仮にでもカップルなんだから、そういう感情は素直に口にしていいの。貴方は選ばれた人間なんだから」
「脅してるからって偉そうに……」
「実際は私の方が上だもの」
「もう少しお淑やかだったら、お前にゾッコンだったんだけどな」
ため息交じりにそう呟くと、ボンッという擬音が聞こえてきそうなほどに氷織の白い肌が真っ赤に染まった。
「ぞ、ゾッコン!?そんな、破廉恥よ!」
「どこが破廉恥なんだよ。少しどころか一ミリも破廉恥要素ねーから」
「ゾッコンって、『ゾッとするほどケッコンしたい』ってことでしょ!結婚だなんて、まだ早い!」
「どんな覚え方してんだお前は!ゾッコンはそういう意味じゃねーよ!」
ゾッコンの正しい意味について俺が解説すると、氷織は次第に大人しくなった。
「な、なんだそういう意味だったのね……勘違いさせないで頂戴」
「勝手に勘違いしたのはお前の方だろ……」
脱線した話を元の線路に戻すため、俺はきゅっと表情を引き締める。俺が心配している一番の懸念点について聞いてみることにした。
「こんな作戦、仮にお前の読みが当たってたとして、ホントに成功するのかよ……通り魔なんて、いつ襲ってくるかも分からないのに」
待ってましたと言わんばかりのドヤ顔で氷織は俺を見つめた。
「一つ良い事を教えてあげる。この世の物事は最終的に『成功』か『失敗』の二つに行き着くの。つまり、確率は二分の一。50%よ?賭け事だったらよい確率だとは思わない?」
「まぁ、そう言われればそうかも……」
「でも、私の場合は違う。物事が『失敗』に終わっても、成功するまでやめない。私からすれば、『失敗』は『成功の途中』なの。だから事実上の成功率は100%」
変な考えだ。行ってしまえばただの屁理屈。ただ、氷織にはそれを確かな理論としてはじき出す不思議な説得力があった。
昨日から会話していて分かったことだが、彼女にはなんかこう、曲がっているように見えて真っすぐな芯が通っている気がする。
歪曲しているようで、一寸の狂いもなく真っすぐなその思考。氷織の本心を読めない原因の一つとして悪さをしている気がした。
「どう?私に賭けてみる気になった?」
「んな滅茶苦茶な……」
「滅茶苦茶でも、成功に近づけるならそれでいいの。とにかく、今日からよろしく頼むわよ?」
「いいけどさ……俺、まだお前の事何も知らないんだけど?」
その言葉を聞いた途端、にこやかな表情の氷織が鳩が豆鉄砲を喰らったような表情になった。
まるで俺の一言が予想外だったようなその表情からは、俺は驚愕の感情しか読み取れなかった。
「……ふふっ、あははっ」
「なんか変な事言ったか……?」
「ごめんなさい。そんなこと言う人初めてだったから。……そうね。私達まだお互いの事なにも知らない。おんなじクラスなのに」
おかしそうに笑う氷織の表情は彼女のクールビューティなイメージにはそぐわないものだった。
氷織はひとしきり笑った後に、涙を拭いながら言った。
「今日の放課後は初デートね」
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