第2話「入学早々、フラれました」
どんなに相手のことが好きでも、どんなに相手のことを想っていても、それが正しいとは限らない。相手も自分のことを同じように想っていて、好いてくれるとは限らない。
つまるところ、両想いというのはとても難しい。
「ごめん。こーせい。あたしたち……一回、わかれようか」
中学生から高校生になったばかりのおれは学生の健全なお付き合いが一瞬で崩れ去るものであることを理解し、その苦すぎる実感を伴って人生最初の失恋を果たした。
◇
おれの高校生活は、二周目である。
とはいっても、転生して前世の記憶があるとか、ループする能力持ちであるとか、そういうフィクションにありがちなアレではない、ただ、至極単純な話。同じ高校に通っていた姉さんの助言に従い、学校生活の方針を立てているというだけだ。
しかし、鮮やかな高校デビューを狙う男子高校生にとって、先達の青春指南……しかも、同じ高校に通っていた人間の助言は、それこそ転生チート並みに大きい。
高校生活には攻略本が必須。
充実した青春を満喫するためには、事前知識が必要不可欠。
この選択授業はめんどくさい、とか。
この先生はきびしい、とか。
円滑な人間関係のあれそれ、とか。
「メシメシめっしーふなっしー」
「うるせえな。味噌汁ぷしゃーするぞ」
「見てくれ。そろそろ貯まりそうなんだ。春のパン祭りのシールが」
「よかったじゃん」
入学式から、約半月。
四月も半ばになるとクラスの中でつるむ連中も、それなりに固定されてくるものだ。運動部っぽいやつ。文化部っぽいやつ。ノリが合うヤツ、合わないヤツ。男子も女子も、いくつかのグループにわかれはじめる。仲が良いとか悪いとか、ましてやイジメだとか。そこまでの差は生まれないものの、なんとなく一緒にいて楽そうな人間を選ぶ時期が今なのだろう。
我が学校生活の師曰く「自己紹介は無難に。変にテンション上げすぎず、普通にいいヤツっぽいの探して、会話を重ねて仲良くなること。こうちゃんはどうせバスケ部入るんでしょ? 運動部の男子と仲良くなっとけばとりあえず間違いないよ。保証します」とのことだったので、おれはそのアドバイス通りに動いていた。
結果、なんとなく気が合いそうな運動部系の三人と仲良くなり、こうして昼メシを囲う時間を得ているわけだが。
「北上さぁ。いっこ聞いていい?」
「おかず一個くれるならいいぞ」
「どうして葛原さんと別れたんだ?」
ランチタイムにしては少し重すぎる質問がいきなりぶち込まれて、おれは弁当箱の中に麦茶を吹き出しそうになった。
「黒部ぇ……おまえは、せっかく築きはじめたおれとの友情にヒビを入れたいのか?」
「いや違うんだって! だって気になるじゃん! ほら、今教室に葛原さんいないしさぁ!」
黒部大輝はいかにも野球部っぽいわいわい系坊主頭である。まだ友達になったばかりで断言はできないが、良く言えば裏表がなくわかりやすいタイプ。悪く言えば声がデカくてデリカシーがない。
「大丈夫か? 北上。おれのバターロールを一個やろう」
「ありがとう、横水。でも、なんでバターロール? 朝メシの残りとか?」
「いや、ちゃんと自腹で買ったぞ」
現状つるんでいるメンツの中で最もガタイがいいラグビー部、横水天一郎は、おれの素朴な疑問に太い首を傾げた。でかい手の中に小ぶりなサイズのバターロールのアンバランスさが、妙におもしろい絵面を生んでいる。
「まさか……北上はバターロールが、嫌いなのか?」
「好きとか嫌いとかじゃなくてバターロール単体に対してそこまで細かい好感度の判定を下したことがないんだよ」
「二点なんだ。バターロールは、春のパン祭りの得点が」
「そっか……」
二点なら仕方ない。パン祭りの食器は壊れにくいと聞くし、なるべくたくさんシールを集めておきたいのだろう。とりあえず、でかい男がピンクのシールをいそいそ集めている姿はおもしろいので、おれはそれ以上ツッコむのを諦めた。
「光晴。ほら、黒部のコロッケだよ。バターロールに挟んでコロッケパンにしよう」
「それはアリ」
辻村慎一はおれと同中。そして同じくバスケ部に所属する予定の腐れ縁っぽい友達である。付き合いも長いので、いろいろと気安くて、気を遣う必要がない。こういう友達が一人いると助かる、みたいなタイプだ。
「辻村ぁ! オレのメインおかずを勝手に北上に渡すな!? まだ答えも聞いてないのに!」
黒部がギャーギャーとうるさいが、そんな文句をいちいち聞いてやる道理はない。二つに割ったバターロールにコロッケを挟み、頬張る。
うーん、うまい。最高。
「バターロールやっぱおいしいわ」
「気付いてしまったか。バターロールの魅力に」
「ほぼコロッケの力だと思うけど」
「おい北上! コロッケ食った分はちゃんと答えろよ!」
「はいはい」
食べ物の恨みはおそろしい。坊主頭の黒部くんがしつこく食い下がってくるので、おれは仕方なく、というよりもややキレ気味に答えた。
「わかれたわけじゃない。おれがフラれたんだよ。おれが、フラれたの! おーけい?」
大事なことなので、語気を強めて二回言う。さすがに悪いと思ったのか、たじたじっと、黒部は後ろに下がった。
「お、おぉ。なんかごめんな」
「かわいそうな北上には、バターロールをもう一個授けよう」
「ありがとう」
ちらっ。
横水から二個目のバターロールを賜りながら、わざとらしく視線を向けてみる。すると黒部は「ぐぬぬ」といった表情で、箸でつまんだシュウマイを突き出してきた。
「これ以上は出せん!」
ちっ。シュウマイ一個とはしけてるな。まあいい。これ以上揺するのは勘弁してやろう。
「でも、大変だな。北上も」
「何が?」
「いやぁ、だってさ。普通に気まずくね? 中学のときから付き合ってた子が、高校入学しても同じクラスって」
バターロールにシュウマイを挟んでも美味いのか?
その食べ合わせの可能性にしばし思いを馳せようとしたおれの思考を、黒部のなんともコメントに困る同情ワードが遮った。
だが、これはそれなりに大きい収穫だ。
声がデカくてプライバシー意識も低い黒部くんの中に、おれと葛原が中学生の頃に付き合っていた、という認識があるということは。そういった噂が、既に学年の中で共有されている、ということだ。
自分がどこで誰にどのように噂されているか。あるいは、どんな風に思われているのか。楽しい学校生活をおくる上で、そういう情報はなるべく細かくひろっておいた方がいい。
これもまた、我が青春の師の貴重な教えである。
「べつに気まずくないって。おれも葛原も、もうそんな気にしてないよ。すげえケンカしてわかれたとか、そういうわけじゃないし」
「おぉ。なんかアレだな。北上は……なんか、すげえ大人だな。なあ、よこっち!」
「バスケをやってるヤツはみんなアダルトになるんだ」
「なんでだよ」
まあ、これで話題は上手く流せただろう、と。
そんな風に安心していたら、背中を遠慮がちにつつかれた。
「北上くん」
「ん?」
「葛原さんが呼んでるよ。中庭に来てほしいんだって」
入学してからまだ三回くらいしか喋っていない女子に後ろからそう告げられて、おれはバターロールを取り落としそうになった。
「まさか、告白かっ!?」
黒部がまたデカい声で叫ぶ。フラれたって言ってんだろボケがよ。こいつ、おれの話を何も聞いてなかったのか?
聞いてなかったのかもしれないな、うん。
「わかった。ありがとう。じゃあ、ちょっといってきます」
「はい。いってらっしゃい」
「シュウマイバターロール作って待ってる」
「がんばれ北上! 応援してるぞ!」
三者三様のよくわからない応援を背に受けながら、おれは教室を出た。
気の合う友達はできているし、クラスの雰囲気も悪くないし、今のところ、おれの高校生活のスタートダッシュは問題ない。
ただ一点。
今年の新入生の中で、最もかわいいと評判の女子。才色兼備の優等生ギャル。
葛原ららんにフラれた元カレ……という、いやなレッテルを除けば。
そして、あんまりよろしくないことに。
そんな最強ギャルと、おれの腐れ縁な関係は、未だに続いている。
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