第20話 クリス
「クリス。こいつは誠。昨日この世界に来て、仲間になったばかりの<
「昨日って、本当に新人じゃないですか。それに<役者>じゃないとはどういう……男? ――えっ!? 男!?」
クリスはぎょっと目を瞠った。
やっぱり驚くよな。
「なんかイレギュラーみたいでな。特殊な立場だが、よろしく頼む」
「い、いえ、こちらこそよろしくお願いします。驚いてすみません。しかし、なんというか……男なのに運がないですね」
本来は少女しか来ない場所に巻き込まれているわけだからな。そう思うのも無理はない。
「いや、そんなことない。おかげで妹を助けることができるんだからな」
「……ああ、なるほど。では、同じ目的を持つ仲間ですね。頼りにさせてもらいます」
クリスが伸ばした手を取り、握手する。
促されて椅子に座り、打ち合わせが始まった。
「さて、クリス。進捗はどうなっている? 進んでいるか?」
「はい。既に街にいるレジスタンスには通達済みです。怯える子達もいますが、ほとんどがクーデターに賛同してくれています。爆弾は各所に設置済み。ただ、さすがに武器の調達が難しいですね。強引に集めてバレるわけにもいきませんので」
「ふむ。まぁそこは仕方ない。慎重に事を進めてくれ」
「ちょっ、ちょっと待て。爆弾って、そこまで物騒な話だったのか?」
少し暴れまわって混乱を招く、っていう話じゃなかったか?
しかも武器を用意するって、戦うことまで想定しているのか。
まだ中学生になっていないような子もいるはずだろうに……戦い、殺すことまで考えているのか?
俺の反応に、クリスは不思議そうに首を傾げた。
「もしかして、まだ計画を話してないのですか?」
「すまんな。概要だけ伝えたが、詳しい所まで話す時間はなかったのだ」
「ああ、なるほど。爆弾とは言いましたが、小規模なもの。あくまでボヤを起こす程度ですよ。それになるべく怪我人が出ないような、それでいて人の注目が集まるような場所を選んでいます。僕達も争いを望んでいる訳ではないですからね」
ああ、そうだったのか。それならまだ穏便に済むかも……いや、とはいえだ。
「でも、武器を集めているんだよな? 戦うつもりだってことだろ?」
「それはもちろん。本命はアリスさん達ですけど、私達も本気にならないと陽動にもなりませんからね。せめて戦う姿勢は見せないと」
「武器を持ったら、兵隊も本気になるぞ。昨日アイツらに襲われたが、かなり強かった。アリスが助けてくれなかったら、俺も殺されていたと思う」
戦いたい訳じゃないって言っても、そんなの武器を持ったら通じないだろう。確実に敵として見なされる。
戦いに向かない子なんか、それこそあっさりと殺されるかもしれない。
なのに、このままクーデターに参加させていいのか?
迷う俺に、クリスは力なく笑った。
「ああ、なるほど。やっぱり誠さんは新人ですね。僕たちの事がまるで分かっていません」
「それを言われると何も言い返せないな。何年も閉じ込められていたら、辛いだろうというのは分かるが……」
「いえ、その程度の問題じゃないですよ。例えばですが、僕のことをどう思います?」
どう? どうって言われても……。
「男に見えたけど、女だよな? 男装が似合う女性って感じだ」
「ええ、その通りです。僕は“クリス”という、“ハートの国”に住む青年という<役者>に当てはめられた人間です。あくまで<役者>だから、性別までは変わりませんでした。外見は役に見合うよう、だいぶ変わってますけどね。でも、中身に影響がない訳ではないんですよ」
中身? それはどういう……。
「僕は女ですが、アリスちゃんが凄く可愛く見えます」
「……ん? いやまぁ、アリスは可愛いと思うぞ?」
「誠お兄ちゃん……ッ! プ、プロポーズかしらっ!?」
違う。少し黙っていなさい。
「そういう意味ではなく、アリスちゃんに異性としての魅力を感じているということです」
「異性の……え? あっ。その、失礼だが、同性愛者っていう?」
「いえ、違います。僕は現実にいた時は、恋愛対象は普通に男の子でしたよ。それに異性的な魅力って言ったでしょ?」
異性……異性か。
クリスの身体は間違いなく女性らしい。ということは――
「中身が男になっている、ということか?」
「ええ。そもそも女だったら、自分のことを“僕”なんて言わないでしょう?」
いや、小、中学生だったらそういう年頃でも不思議では……と言うのはふざけすぎか。
俺も黙っておこう。
「最初はなんともなかったんですよ。でも数ヶ月、一年と過ごす内に、ゆっくりとではありますが、確実に自分の何かが変わっていく自覚がありました。今では時々こうして振り返らないと、自分が変わっているということすら忘れかけるほどです。それほどまで自然に、自分が“クリス”になっているんですよ」
クリスは怖いくらい真剣な表情で、俺を見つめてきた。
「分かりますか? 自分がいつの間にか<役者>に成り切って、自分自身を忘れていってしまうこの恐怖が。僕なんかはまだマシな方です。【不思議の国のアリス】は狂った世界観が基本の物語ですからね。狂ったキャラクターも多いんです。そういう<役者>に当てはめられた人は、もうほとんど自分のことを忘れている人もいます」
クリスの話を聞き、俺は自然と顔が強張るのを感じた。
俺は思った以上に甘く見ていたのかもしれない。
彼女達はすでに、相当に追い込まれている。
「もう我慢の限界なんですよ。まだ誰も死んでいないから、慎重にやろう。なんて悠長なことは言っていられない。これ以上この世界に留まる恐怖に耐えきれないんです。誠さん、あなたも妹さんを助けるために本気なのでしょうが、僕らからすればまだ甘い。たとえ殺してでも、たとえ死んだとしても、この世界から抜け出したい。僕らはそれくらいの覚悟なんです」
これは……何を言っても止められないな。
彼女自身の瞳もまた、恐怖と狂気に染まっている。
止めようとすればそれこそ、俺まで敵として見なされかねない。
「すまなかった。クリスの言う通り、俺の覚悟が足りなかったみたいだ。どうか許してほしい」
「いえ、いいんです。僕も責めている訳ではないんです。ただ僕らも必死だということを、分かって欲しかっただけなので」
沈んだ空気を軽くするように笑って、クリスはウサギと打ち合わせを始めた。
どこに爆弾を仕掛けたのか。武器の調達をどうするか。人員をどう割り振るか。
作戦の詳細を聞きながら、俺はやっぱり迷う。
本当にこの計画は進めて良いのか?
もちろん彼女達が限界だというのは分かっている。俺が結衣を救うためにも、この方法に乗るべきだと理性では判断している。
だが最悪、本当に死人が出る可能性がある。この打ち合わせは進むにつれ、彼女達が死に近づくことになる。
この世界ではまだ死人が出ていない。改めて考えると奇跡のような状況だ。なのに、本当にこれでいいのか?
もっと他に、穏便に解決する手段があるんじゃないのか?
そんな手段があるなら、アリスたちはとっくにその方法を実行しているだろう。そうと分かっていても、考えずにはいられない。
答えが出ない問題に頭を悩ませ続けていた、その時だった。
「――ポッ!?」
ピジョンが急に、甲高い声を上げた。
初めてハトっぽい声を聞いたな……。
「どうしたピジョン? 急に変な声を出して」
「今は真剣な打ち合わせ中ですっ。それはただの悪目立ちですっ」
怪訝そうなパピーと、呆れるマウス。
そんな二人の視線に気づいていないかのように、ピジョンはダラダラと汗を流し始めた。
「かっ、囲まれているわっ! どこにも逃げ場がないかもっ!」
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