第11話 クリア条件

 誰もが納得するエンディング、か。


「そういえば、会った時に言っていたな」

「うむ。覚えているようで何より」


 いや、さすがに聞いたばかりだから覚えているわ。

 ただ、それでも気になることがある。


「誰もが納得するエンディングとは言うけど、結局それはどうやって決まるんだ? というか、そんなものあり得なくないか?」


 どんな名作だろうと、ケチをつける奴がいるように。

 どんな駄作だろうと、絶賛する奴もいるだろう。

 皆が皆、誰もが納得するエンディングを迎える物語なんてありえないんじゃないか?


「ほう、なかなか鋭いではないか。しかしそれは簡単な話だ。この世界の全住民による多数決。それによって決められた物が、便宜上誰もが認めるエンディングとして扱われる」

「多数決か……」


 厳密な意味で誰もが認める、って訳じゃないんだな。

 マジョリティ側が決定権を持つ。まぁ分かりやすくはある。

 ある種の残酷な現実に納得していると、ウサギは続けた。


「この世界の住民にはそれぞれ、投票権のようなものがあると考えてくれればいい。投票権を持つキャラクター達の意思を世界が汲み取り、多数派が納得するエンディングが正規ルートとなる。といったところだ」

「なるほど。半分の住人を味方に付ければ、その気になればどんなエンディングにも持っていけるわけだ。やっぱり戦わずに済むこともできそうじゃないか?」

「そこはいくつか問題があってだな。まず、エンディングを決めるためには、投票権は過半数では足りない」


 俺の安易な考えに釘を刺すように、ウサギは続けた。


「世界の終わりを定めようというのだ。それには圧倒的な優勢を作らなければならない。過半数という拮抗状態では世界も納得せん。最低でも七割。できれば八、九割は欲しいところだ」

「それは……一気に話が難しくならないか?」


 <役者>だけなら、現実に帰還するために同じ方向を向くことができる。だが、この世界にはここで生まれた住人もいる。


 そいつらも含めて八割近い合意を集めないといけないとなると、そう簡単にできることではないだろう。


 その労力を想定し、俺は途方にくれた顔をしていたのかもしれない。

 そんな俺の不安を杞憂だと言うように、ウサギは笑った。


「なに、心配するな。この八割の合意というのもまた、そのままの意味ではないからな」

「ん? どういうことだ?」


「簡単に言えばな。それぞれが持つ投票権というのは、その人物毎に価値が異なるのだ」

「それは……人の価値は平等じゃないって話か?」


「そういうことだ。なんだ貴様、不服そうだな。もしや、『人は皆平等だ』という戯言を信じているタチか?」

「いや、さすがに現実は弁えているよ」


 表立っては言えないが、実際のところ換えが効く人間と効かない人間では、その価値は違うだろう。

 まぁ事実はどうあれ、皆が平等という綺麗事の方が俺は好きだ。というか、自分が特別と思い込んでいる奴が、イケすかないってだけだが。


「たとえばだ。私と貴様、どちらがより価値のある存在か、確かめるまでもないだろう?」

「まぁ、それはそうだな」


 こいつが十人いようが、俺の命には及ばないのは間違いない。


「私は女王の召使いである白ウサギ。れっきとしたネームドキャラだ。対し貴様は<役者>であるかも定かではない存在。当然、投票権の価値も変わってくる。私が1ウサギとすれば、貴様は0.0001ウサギと行ったところか」


 ああ、なるほど。価値ってのは命じゃなくて、この世界での重要度って意味か。それなら役割のあるこいつの方が、価値があるのは当然だな。

 だとしても、こいつが俺の一万人分とかほざくのは納得いかないが。


「とまぁこのようにだ。投票権の強い奴らを仲間に引き込めば、自分達の望むエンディングを通しやすくなるのだ。その点、こっちにはアリス――主人公がいる。それだけでこちらが優位なのだ」

「なんだ。それじゃあアリスが平和なエンディングを選べば、それで解決なんじゃないか?」

「そうねっ! でも、そうしたくてもできないのよっ!」


 アリスは楽しそうにそう答えた。いや、なんでだ?


「こっちには確かに主人公がいる。だが、あっちには悪役がいる。投票権においてアリスに匹敵する存在だ」


 ウサギは疲れたように息を吐き、答えた。


「結局のところ、投票権の最後の一押しを得るには、敵対勢力のネームドキャラを説得するか、打倒するしかないのだ。そしてここに限らずどの世界も、エンディングを迎えないように物語を歪めている存在がいる。ということはだ、<役者>である貴様らがこの世界から解放されるには、自然とそやつらと敵対する構図になるのだ」


 投票権と言いながら、結局そうなるのか。

 最後に物を言うのは力だということは、この夢の世界でも変わりないんだな。


「なるべく世界の全員が納得するような、美しいエンディングを目指す。その上で、歪みを作った原因であるキャラクターを説得、あるいは打倒する。これらを踏まえた時、取るべき行動は大まかに二つに分かれる。厳密に言えば三つだがな」


 ウサギは一つずつ指を立てて続けた。


「一つ。限りなく原作に近い形で、エンディングを目指すパターン。こちらは本来の終わりに戻すのだから、誰もが納得しやすいだろう?」

「うん。まぁそうだろうな」


 歪みを正して回帰するのだから、文句を言われる筋合いはないな。


「二つ。歪んだならば歪んだなりに、心情的に納得できるエンディングを目指すパターン。元に戻せないのなら仕方がない。新な美しいエンディングを探ろう、ということだ」

「うん。まぁそれも分かる」


 というか、元に戻せないならそれしかないだろうし。


「こちらは意外と難しいぞ。どのように歪んだのか? 住人たちは何を求めているのか? 喜劇か、悲劇か? はたまた別の何かか? 目指すべきエンディングが分かったとして、どのように持っていくか? そこに辿り着かせるまでの計画性が求められるな」


 それは確かに難しそうだな。

 作家のような想像力に構成力。そして実行する交渉力、武力が必要になってきそうだ。


「その世界は、どちらのパターンが丸く収まるのか? それを考えた上でベストな選択をしなければならないわけだ。ここを間違えたら、下手すれば一生かかっても出られない可能性があるからな。気をつけろよ」

「お、おう。分かった」


 意外と重要な要素なんだな。覚えておこう。


「ところで、厳密には三つ、なんだよな? 最後の三つ目は何なんだ?」

「む。聞きたいか? あえて言わないでやったんだが」

「いや、そりゃ聞きたいだろ。というか聞かなきゃダメだろ」


 どんな方法か知らんが、正しい選択をとるなら知っておかなきゃだめだろ。当たり前だろうが。

 苛立った俺になんとも思ってないような顔で、ウサギはあっさり答えた。


「異なる思想は決して交わらない。敵対勢力は全員皆殺しの虐殺ルートだ。反対意見が無くなれば、自然と自分達が多数派となる。どんなエンディングも思いのままだろう。――こっちにしておくか?」

「い、いや。止めておく……」


 そりゃ選べんわ。本当に気遣いで言わなかったのか。分かり辛いんだよ。


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