第9話 レジスタンス幹部

 大樹の根元の扉を開けると、賑やかな子供の声が聞こえてきた。


 そこは学校の教室くらいの広さがある空間だった。天井にいくつものランプが吊り下げられているが、この広さでは薄暗い。不謹慎ながら、その薄暗さがアジトっぽくてちょっとドキドキする。


 部屋の中央には、テーブルを囲んでソファが置かれている。どれも凝った装飾で、お洒落すぎて俺には気後れしてしまう。そのテーブルにはクッキーやケーキがいくつも置かれて、これまた品を感じるティーポットやティーカップが置かれている。


 部屋の奥側は、どうやら厨房になっているようだ。壁に隠れて手元は見えないが、作業している人の上半身が覗ける。


 そして、ソファの周りをまだ小さな子供たちが、グルグルと回って追いかけっこしている。賑やかな声の正体はこの子供たちだろうが……いや、それにしても多いな。


「おう、アリス。ウサギ。ようやく来たか」

「ただいまっ! 遅くなってごめんなさいっ! でもちゃんと迎えに行けたわよ!」

「道中で兵隊に見つかってしまってな。遅れて申し訳ない」


 ソファに座っていた頭に犬耳を生やした女の子が、いち早くこちらに気づいた。

 遅れてしまった二人の謝罪に軽く頷きつつ、俺を見るなり怪訝そうな顔になる。


「あん? 誰だよそいつ? 見たことない顔だな。新しい仲間か?」

「ええっ! 誠お兄ちゃんよっ! 今日から私達の新しい仲間になったの! 皆も仲良くしてねっ!」

「一応、お前たちと同じ<役者キャスト>のようだ。頼りに――はならないが、捨てるのもどうかと思ったので連れてきた」


 その言いぐさはなんだ。お前も似たようなもんだろうが、ウサギめ。

 いや、何も否定できないんだけどな。さっきアリスに頼らせてもらうって言ったばかりだし。


「へぇ。え、<役者>? ――男で!?」


 遅れて意味を理解したのか、犬耳の子はぎょっとした顔で俺を見てくる。すると、ソファに座っていた人たちは皆、似たり寄ったりの反応で俺を見てきた。


 こんな目でここまで注目を集めると、さすがに居心地が悪い。ここにいる男が俺だけってのもまた。ただしウサギは除く。


「ああ~。気になるのは分かるが、あまり気にしないでやってくれ。戦えもしない臆病者で、すぐ泣くからな」

「誰が泣くかっ!」


 まるで臆病だから戦えないみたいな言い方は止めろ。俺は戦い方が分からないだけだ。

 そっちの方が役立たず感が強い気もするが……。


「さて誠。順に紹介しよう。いまここに座っている者達が、レジスタンスの幹部だ。まず、そこの犬耳の少女がパピー。アリスに次ぐ戦闘要員だ。強いぞ」

「ん、よろしくな。まさか男がこの世界に来るなんて思わなかったよ」


 犬耳の少女パピーは、からっとした口調でそれだけ言った。言葉遣いはちょっと乱暴な気はするが、気の良い子なのかもしれない。

 戦闘要員と言うだけあってか、半袖で腹が丸出しのシャツにショートパンツと、動きやすそうな格好をしている。いや、防御力がなさすぎる気もするが、大丈夫なのかそれで。


「その隣の小生意気そうなのがマウス。泳ぎが得意」

「マウスです。よろしくです。でも誰が生意気です!?」


 マウス、という少女はウサギに食って掛かった。


 明るい茶色のローブを着て、裾から細長い尻尾が見える小柄な少女だ。名前からしても、明らかにネズミだろうな。女の子がネズミ役を押し付けられたと考えると、ちょっと可哀想な気もする。


 真面目そうな顔つきだが、小さい身体でウサギに怒っているあたりは、確かに生意気に見えないこともない。


「そこの神経質そうなのがピジョン。警戒心が強く、敵を探すときには本当に頼りになる」

「誰が神経質よっ。私は慎重なだけよっ。皆を守るためにもねっ!」


 白いマントを羽織った少女は立ち上がり、ウサギに抗議するようにそのマントをはためかせて、ふんぞり返った。一瞬だが、確かに鳥が羽ばたく姿が見えた気がする。なるほど、これは確かにハトだ。


「そしてそこの笑っているのがチェシャ」

「ぬふふ……チェシャだよ。よろしく」


 チェシャ、と呼ばれた子は、縞模様の服を着た猫耳の子だった。そして、彼女はニタニタとした笑みを浮かべ、俺をじっと見つめている。

 な、なんだ? 俺は何かおかしいのか?


「ああ、別にお前に変なところがあるわけじゃないぞ。そいつはチェシャ猫。常にそういう笑みを浮かべているやつだ」

「あ、ああ。そういうことか」


 そういえば、アリスにはそういうキャラがいたような気がする。

 少し不気味だが、まぁそういうキャラになったなら、仕方ないだろう。あまり気味悪がらないようにしよう。


「えっと、よろしくな」

「うん、うん。よろしく」


 ニタニタとしながら、チェシャはこくりと頷いた。やはり良い印象ではない笑い方だが、別に俺が気に入らない訳じゃないようだ。


「そしてこっちが、マーチとハットだ」

「マーチです。お兄さん、よろしくねっ」

「ハットです。よろしく」


 マーチはぼさぼさな頭にウサギの耳が生えた女の子。そしてハットはシルクハットを被り、それに合うクラシカルなスーツを着た女の子だった。シルクハットに付いている10/6のバッジは日付か? 何か意味があるのか?


「男だ。本当に男だ。ジュルリ。へへっ、久しぶりの雄に涎が出てきやがったぜっ。ウサギらしく乱れに乱れてやろうかっ」

「女の子しか来ないはずなのに、どうして男の人が来たんだろうね?」


「分からないけど、別にどうでもいい! 雄ならなんでもいいっ!」

「現実の親が泣くぞー。うん、でもそうだね。なんでもいいよね。……そ、そそそっ、そんんなななことより、体が震えてきやがったっ! よよよっ、寄こせっ! 水銀を寄こせっ! 私が私でなくなる前にっ!」


「おっといけない。ほら、水銀みたいな蜂蜜だよー。これ飲んで元気におなりー」

「おっ、おおっ! こいつであと一日は戦えるっ……!」


 なんかヤバいのがいる。

 ドボドボと蜂蜜がたっぷりと入れられたお茶を一気飲みして、ハットは震えを止めて晴れやかな顔をしている。完全に反応が薬物中毒のそれなんだが。


 そしてそれ以上にマーチはもっとヤバい。こんな性欲を隠さない女を見たことがない。この世界にいるということは、最高でも中学生くらいだろ? こんなのに狙われていると思ったら体が震えてきた。


 なんというか、独特すぎる二人だな。正直、近寄らない方がいいかもしれない。

 

「そして最後に――」

「私の番ですわねぇ!」


 一番奥の一人用ソファに座っていた女性が、ウサギが言う前に立ち上がった。

 少女たちが集まっている中、一人だけ年齢が高い。二十代前半くらいか?


 パーティーでしか着ないような豪華なドレスを纏い、昔の貴族を思わせる紅い髪の立派な縦ロール。そしてなぜか片手に子豚を抱えている。いや、本当になんで?


「私は公爵夫人! そしてこの子は私の子供のピッグ! 仲良くしてあげてもいいわよっ!」


 今にも高笑いしそうな偉そうな態度だが……子豚が子供って言ったか?


「以上が幹部のメン――おっと、忘れていた」


 ウサギが続けようとしたところで、抗議するように厨房の方から料理が投げられた。


 皿に乗ったケーキが、テーブルの中央に放物線を描き、カチャンッと小さく音を立てて着地する。普通なら皿が割れるし、ケーキが崩れてもおかしくないと思うが、そうならないのはこの世界が特殊だからか。


 その飛んできた方を見れば、キッチンの中に俺よりも背が高そうな細身の女性がいた。目は眠っているのかと思うほど細く閉じられているが、まるで問題ないように調理を続けている。


「最後に、私達に料理を作ってくれるコックだ。彼女は元々、公爵夫人の専属だったが、今はレジスタンスの一員として働いている。怒らすなよ。ある意味で一番怖いぞ」


 そうなのか? 物静かでとてもそうは見えないが。

 ……いや、そういう人ほど怒らせると怖い、というのはよくある話か。


「えっと、よろしく」

「…………」


 俺の挨拶に、彼女はコクリと頷き、また調理に集中し始めた。

 見た目通り物静か……というか、無口な人なのかもしれない。


「以上がレジスタンスの幹部たち。そしてこの私と、リーダーのアリスが加わり、このメンバーでレジスタンスの方針を決定している」

「改めてよろしくねっ! お兄ちゃん!」


 ほとんどが少女たちで構成された、レジスタンス。

 見た目で侮りそうなものの、こんな世界でたくましく生きている彼女たちに、思わず気圧されてしまった。




 


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