第8話 シスコンの疑いあり
兵隊たちを返り討ちにして、俺たちは森に入った。
遠くから見て広い森だと思っていたが、中に入ってみればさらに驚く。
人の背丈ほどの小さな木から、空へ届きそうな巨木まで入り混じっていて、森の木々はサイズも形もバラバラだ。
そしてそれは、森に住む生き物も同じ。俺よりも一回り大きなリスが木に隠れてこちらを伺っていたり、ウサギと同じサイズの蝶がひらひらとそこらを飛んだりしている。
ここまで大きいと、どんな生物であろうと危険だ。俺よりもでかい蜘蛛が、巣を作っているのを見た時はゾッとした。正直なところ、一人で歩くのは怖い。
今は誰よりも頼もしい奴が傍にいるから、問題ないが。
「こっちこっち! さぁ、早くいきましょ!」
「アリス。兵隊達も追い払ったのだから、そう慌てるな。君が側にいないと、誠が怖がって泣いてしまうぞ」
「誰が泣くか」
さすがにそこまで臆病じゃねぇよ。
離れないでいてほしいのはその通りだが。
「あら、ごめんなさい。でもこの森はそこまで怖くないわよっ! 乱暴な子も少ないし、少し脅かせば逃げてくれるわっ!」
「いや、君を基準に語られてもな……」
兵隊たちを鎧袖一触するような子の発言だ。当てにならん。
「アリス。コイツは弱いぞ。この森ですら生き残れん」
「あら、そうなの? あまり戦い向きの力じゃなかったのかしら?」
「いや、戦い向きじゃないというか、そもそも使えないというか」
使おうとしても、形にならなかったからな。やれると思ったのに、あれは一体何だったのか……。
ウサギは重いため息を吐き、ぼやくように言う。
「まったく、あの時は本気で焦ったぞ。とても<
「仕方ないだろ。来たばかりで分からないことだらけなんだから……というか、そのキャストってなんだよ」
いや、役者の意味はわかるけど、なんで俺もそう呼ばれるんだ?
「ああ、そういえば伝えてなかったか。この世界は物語の世界だ。同時に、この世界に引き摺り込まれた者は、世界の登場人物として扱われる。つまり、なんらかの役に当て嵌められることになるのだ。このアリスのようにな」
「本当の私は、髪の色も何もかも違うのよ。ここに来た時に、こうなっていたの」
「へぇ、そうなのか」
まぁ、言われてみれば不思議ではないか。ただの人間にあんな真似が出来る筈がない。姿形が変わってしまったからこそ、出来るようになったと思えば。
「グリモニアに引きずり込まれた誰しもが、何らかの物語の登場人物の役を演じることになる。ゆえに<役者>。外から来た者を私達はそう呼んでいるのだ」
「なるほどな……ん? でも登場人物ってそんなに多いわけじゃないよな?」
何百人もいたら、演じる役が無くならないか?
「それはあくまで主要人物の話。名もないモブならいくらでもいる。街にはそういった仲間が潜伏している」
ああ、そういうことか。それなら納得だ。
「お前も何らかの<役者>に当てはめられているはずだ。意識すれば、自分が何者かわかるはずだが、どうだ?」
「どうって言われても……」
俺は悩みながらも、自分の中に意識を向ける。
だが、何も感じなかった。
「駄目だ。全然わからない。というか、たぶん俺の姿は現実と何も変わってないぞ?」
「ちっ! どうなっているのだ。それだけの力があるのに、お前本当に<役者>か?」
「それは俺が知りたいよ」
こんな危ない世界だ。戦う力があるなら使えるようになっておきたい。でもどうしようもないんだよな。
「いいじゃない。戦えないのなら仕方ないわ。大丈夫よ。私が守ってあげるから!」
「んん……あまりにも情けないが……」
危ない世界だからこそ、自分でも戦えるようにはなっておきたい。
だけどそれがいつになるか分からないし、手段を選んではいられないか。
大事なのは結衣を救うこと。その為なら俺のプライドなんかどうでもいい。
「今の俺は何もできないから、戦えるようになるまで、守ってもらってもいいか?」
「ええ、もちろんよ! 私に任せて!」
「そうか。ありがとう。頼りにしてる」
「――ええっ! どんどん頼っていいわよ! お兄ちゃんは私が守ってあげる!」
お兄さんだったのが、急にお兄ちゃんになった。一気に距離を縮めてきたな。
だけどお兄ちゃんか。懐かしい響きだ。久しぶりに呼ばれたけど、悪くないな。
「いきなり口説き始めたか。やはりロリコン……」
「口説いてねぇよ! 普通のやり取りだったろうが!」
百歩譲ってもシスコンだろ! いや、シスコンじゃねぇけど!
「着いたぞ。ここがアジトだ」
そのまま小一時間程、さらに森の奥に進んだところで、一際デカい木を前にしてウサギは言った。
見上げれば、先が見えないほど高い。一体どれだけの高さがあるのかと感心するが、ここがアジトと言われてもピンとこない。
「ただの木だよな? こんな所がアジトなのか?」
「早とちりするな。今はまだ隠されているだけだ」
隠されている? どこに?
そう疑問に思った俺の頭上から、落ち着いた女性の声が投げかけられた。
「おや、アリス。それに白ウサギ。ようやく帰ってきたのね」
声がした方を見上げれば、ぎょっと体が固まった。
目の前の大樹の幹、その真ん中に顔が現れ、こちらを見下ろしている。表情は穏やかだが、ここまでの大きさと木の顔ということで、気味悪さの方が上回る。
驚いたけど、この世界はこれが普通なんだよな。別にこいつが初めてって訳じゃないんだし、早く慣れないと。
「あら? 見かけない顔ね? そちらの方はどなた?」
「ただいまっ! 帰ってきたわよ! お兄ちゃんは私の新しいお友達よっ!」
「私達の新たな仲間になる。早速だが、入口を開けてもらってもいいか?」
アリスとウサギの返答に、大樹は柔らかい笑みで返した。
「そう。分かったわ。今入口を開けるわね。でもその前に合言葉を。根っこに?」
「「根絶剤」」
待てや。
「葉っぱに?」
「「枯葉剤」」
「木のうろには?」
「「カミキリムシ」」
「年輪に?」
「「――おおっ、偉大なる大樹の歴史あり」」
「はい。通っていいわよ~」
「「わーいっ」」
ゴゴゴッ、と巨大な根の一部が蠢き、隙間が出来る。その奥には扉が見えた。アリスとウサギは嬉しそうな声を上げ、両手を上げてそこに懸け寄って行く。
なんだよこれ。どっから突っ込めばいいんだよ……文句を言うつもりはないんだが、それでいいのか……?
いや、もうどうでもいいか。深く考える方が疲れるタイプだ、これは。
溜息を吐き、瞼を揉みつつ、俺も後を追う。すると、俺の前が根っこによって塞がれた。
「え? なんで?」
「貴方は合言葉を言ってないわ」
「俺も言うのか!? あの頭のおかしい合言葉を!?」
というか何も教えられてないんだが!? いや、さっきのでいいなら覚えているけど!
だけど目の前で二人が答えたんだから、融通利かせてくれてもいいんじゃないか?
「それじゃあいくわよ。合言葉――山?」
ふざけてんのか?
さっきと全然違うじゃねぇか! 当てずっぽうで当てろとでも言うのか!?
マジでやるしかないのか? 普通に考えたら山ときたら川だよな? だけどようやく分かったきたけど、こいつら普通じゃないんだよな。
そしてさっきの合言葉の傾向からすれば、山ときたら――
「――火事?」
「このエコロジストがぁ!!」
なんかブチ切れられた。
駄目なのかよ。あとエコロジストならむしろ良いだろ。意味分かってんのかこいつ?
「山ときたら川だろ! 逆張りのつもりか!? しかも樹木に対する返答にそれが出てくるとはどういう神経だぁ! テメェの樹液は何色だぁああああああ!?」
「そもそも樹液が出ねぇんだよ……」
「大樹さーん! お兄ちゃんに合言葉を教えてなかったわ! 通してあげてちょうだいっ!」
「あらそうなの? それじゃあ通っていいわよ~」
「通すのかよ……」
アリスに頼まれ、マジギレしていた大樹はコロッと笑顔に変わった。
なんだんだよこいつら。俺の頭がおかしくなっちまう……。
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