第21話 真実

「舞台の上であんな戦闘シーンが表現できるなんて驚きでした!」

「あそこの劇場は、演目ごとに舞台装置まで開発するんだ

 だからあそこまで臨場感ある演出ができる」

「舞台装置の開発……すごい、大掛かりですね」


 今日二人で見てきたものの話に花を咲かせながら、夕食のテーブルを囲む。

 連れてきてくれたレストランは、王都の中でも王室御用達の由緒ある店で、貴族達との会合などにも使われる場所らしい。


 レイと俺は二人きりのテーブルセットを用意した広い個室に通された。

 テーブルの上には、繊細なシェフ達の気遣いが窺えるサラダや、深みのある味わいのスープ、バターと小麦粉の香り高いパンに、見たことのないほどにジューシーなステーキが代わる代わる並べられる。


「どうだ? 口に合うか?」

「こんなに美味しいもの、初めて食べます!」

「ははは! 今日はお前の初めてをたくさんもらってしまったな」

「! 本当ですね

 たくさん初めてのこと経験させていただいて、ありがとうございます」


 キャンドルの優しい灯りに灯されながら、レイの微笑みが深まる。

 きっと俺も同じ顔をしているのだろう。

 でも……


「……囮捜査ってうまくいってるんですか?」


 そう、今日のはデートではない。あくまでも囮捜査だ。


「ああ、もうすぐ来るころだと思う

 デザートはお預けだな」


 レイが優雅な所作で口元をナプキンで拭う。

 レイの言葉通り、突然部屋の外が騒がしくなり、両開きの扉がけたたましく開く。


「リナッ!!!」


 金髪の男が飛び込んで来る。

 素早く席を立ったレイは俺の目の前に立ち、背中側に庇ってくれる。


 入ってきたのは……髪を振り乱し、目の下に濃いくまを作ったエネアだ。


「エネア様……」

「! リナ!」


 名前を呼ばれ、思わず目の前のレイの背中のシャツを掴んでしまう。

 ──怖い。


 昨日の発情状態のエネアを見てしまったからだろうか、それとも、これほど憔悴しょうすいしたエネアを初めて見るからだろうか。


「……殿下、リナを、返してください。

 まさかリナのうなじを噛んだりしていないでしょうね」


 唸るような低い声でエネアはレイに迫る。

 レイは、「大丈夫だ」とでもいうように、背後の俺に手を回してくれる。


「お前と一緒にするな

 リナルドの同意を得ずに、うなじを噛むことはない」

「!! なんだと!?

 リナと私は愛し合ってる!!

 赤ん坊の頃から……小さなベッドの中で、私の手を強く握って微笑んでくれたあの瞬間から、リナは私を愛してる!!

 リナは私の運命の番だ!!」


 エネアの慟哭どうこくを耳にして、今度こそ本当に怖くなってレイの背中にしがみついてしまう。

 赤ん坊の頃から……? エネアは一体何を言っている?


「……今のは、どういうことですか?

 エネア様」

「?!」


 俺たちの背面の給仕係が出入りする扉から、今度はスザンヌがルディウスに拘束された状態で入ってきた。


「……、レイ様これは……」

「リナルド、お前には辛い話かもしれないが、お前は真実を知る必要がある

 どうか、最後まで付き合ってくれ」


 レイがこちらを振り返り、肩を抱いてくれる。俺が倒れないように支えるつもりなのだろう。俺も、両手でレイの衣を掴む。……何かに掴まっていなければ、本当に倒れてしまいそうだ。

 これから、何が話されるのか、嫌な予感に耳の奥でキーンと高い音が鳴っている。


「エネア様……

 私、貴方になんだって捧げたわ

 純潔も、お金も、忠誠心も!!」


 スザンヌがエネアに向かって叫ぶ。


「このΩは貴方が男爵の座を得るための捨て駒でしょう?!

 前男爵を殺すだけじゃ、トマス様の爵位の継承に異議を唱える人間が現れるからって、リナルドだけを残して皆殺しにしたんじゃない!

 一人だけは直系の男児がいないと、爵位放棄書にサインできる人間がいなくなるからって、あの扱いやすいΩを残したんでしょ?!」


 ──なに?

 この女は、何を言っている……?


 ルディウスに拘束されながらも、今にもエネアに飛びかかりそうな勢いで叫ぶスザンヌから、なんとか揺れる視線をエネアに向ける。


 エネアは死んだ魚のような目を、スザンヌに向けている。


「……あの女の話はすべて嘘だ

 空想がまるで現実のように思えてしまっているんだろう

 可哀想に、気が触れてしまったんだな」

「なっ!!

 すべて事実だわ!!

 私は、貴方に純潔を捧げた! 何度も、何度も貴方は私を求めてくれたのに!!


 貴方のためにΩや女たちだって騙し続けた……っ」


「っ、レイ殿下……まさか」

「……ライラにも確認を取った。

 一部ではあるが、拐われた者たちに接触していたのは、スザンヌだ」


 ライラがいなくなったあの日、スザンヌの姿は屋敷にはなかった。エネアは、スザンヌを遣いに出したと言ったのだ。


「まさか……」


 レイにしがみつきながら、エネアを見つめる。

 チッ、と舌打ちし、エネアは今までに見たことのない険しい顔を見せる。


「はぁ、スザンヌ

 お前の忠誠心はその程度か

 残念だよ」


 エネアはぐしゃりと前髪をかきあげる。

 もう天使のようなあの姿はない。殺伐さつばつとした、恐ろしい空気を纏っている。


「殿下、もうおおよその確証は得ているんでしょう?

 茶番は終わりにしましょうか」


 はぁ、とため息をつくようにエネアが告げる。

 ──これは、一体……誰だ?

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