はじまり③
「で、他のメンバーは?」
僕はローテーブルを挟んで対面に座りながら、ほのちゃんに訪ねた。
「それが…目星はついているのですが…まだ…」
「声をかけてないの?」
「そうです…先輩に断られたら、やらないつもりでしたので…」
嬉しい。
またもや、にやけてしまいそうになったが、必死に抑えながら僕は言った。
「そっかそっか。ちなみに誰なの?」
「いえ…それは私が責任を持って声かけておきますので…ご心配なく…」
誰なのかを純粋に聞きたかったのだが…秘密なのかな?
「そっか…ありがとう!じゃあお言葉に甘えちゃおうかな」
彼女はやはり僕の目を見ずに、しかし本日初めて笑った。
「…はい!お任せください…!」
すると、彼女はおもむろにギターをケースから取り出し始めた。
「曲、聞いてもらえますか…?」
僕は自然と緊張した。
それは、僕が乗った船を運命づける曲が、これから目の前で演奏されるという事実にだけではない。
ほのちゃんは歌がとても上手なのだ。
それも普通の『歌が上手い』ではない。
彼女は普段から声が小さいが、それは歌を歌う時も例外ではない。
所謂ウィスパーボイス的なやつだ。
それは不思議な魅力を持っており、少しの物音でも邪魔をしてしまう歌声を聞き逃すまいと、自身の呼吸にさえ気を遣ってしまうほどだ。
だから僕は緊張していた。
ほのちゃんの歌を聴くのは久しぶりだし、何より、彼女の書いたオリジナルソングを聴くのは初めてだ。
「お願いします…!」
僕は崩していた足を正し、歌に全神経を澄ませることにした。
「…」
気づいたら曲は終わっていた。
歌詞はなく、ハミングだけだった。
僕は思わず口にした。
「すごい…」
陳腐な語彙力をこれほどまでに悔いたことはない。
とにかくすごいとしか言いようがない。
美しくも儚いメロディーだった。
「これはすごいよ!素晴らしい曲だ!ほのちゃんすごいよ!」
僕は興奮のあまり、ほのちゃんの両肩を掴んでいた、ということはなく、適切な距離を取りながら褒め称えた。
ほのちゃんは両耳を真っ赤にしながら、
「あ、ありがとうございます…」
僕は続けざまに尋ねた。
「歌詞はどうするの?ハミングのままでもめちゃくちゃ良いと思うし、歌詞があるバージョンも聞いてみたいというか…」
ほのちゃんは遮るように言った。
「歌詞は先輩が…」
ん?
「俺が?」
「はい…先輩に書いてほしくて…」
僕は予想外の返答に耳を疑った。
歌詞なんて書いたことない。
別に本が好きとか、ポエムをしたためる趣味があるとかもない。
「な、なんで俺?」
今、僕は相当情けない表情をしていると思う。
「先輩という人間に興味があって…前から面白い人だな…って。だからどんな歌詞を書くのかにも興味があって…」
なるほど。
言っていることは理解できるが、意味は分からない。
僕が面白い人間?
レールの上を走ってきただけの僕が面白いなんて有り得ない。
ほのちゃんは続ける。
「あとで、録音したデータを送りますので…出来たら教えてください…私は他のメンバーに声をかけておきますので…また連絡します。」
そう言うと彼女はギターケースを背負い、玄関へと向かっていった。
なんで俺?
急に言われても
まだOKしてないけど!
色々な言葉が思い浮かんだが、どれも口に出せず。
彼女を見送ることしか出来なかった。
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