婚約破棄されて辺境に追放された悪役令嬢の私、前世の農業知識を活かしてスローライフを満喫!してたら、村人たちに女神と崇められ国を作ることに!
藤宮かすみ
第1話「断罪の夜会と、待ちわびた破滅の宣告」
王立魔導学院の卒業記念夜会。
シャンデリアの眩い光が、着飾った貴族たちの宝石やドレスを照らし、きらきらと乱反射している。誰もが笑顔で語らう華やかな会場の中心で、今、一つの茶番劇が繰り広げられていた。
「エリアーナ・フォン・リッテンハイム! 君はなんと嫉妬深く陰湿な人間なのだ!」
高らかに響く声の主は、このエルベライト王国の王太子にして、私の婚約者であるジークハルト・フォン・エルベライト殿下。その腕には、今にも泣き出しそうな子鹿のように、可憐な少女が守られていた。
彼女こそ、乙女ゲーム『光の乙女と七人の騎士』のヒロイン、リリアだ。
「リリアが聖なる力に目覚めて以来、君は彼女に数々の嫌がらせをしてきた! 教科書を隠し、ドレスを汚し、挙句の果てには階段から突き落とそうとするなど……断じて許されることではない!」
ジークハルト殿下の糾弾に、周囲の貴族たちが「まあ、なんてこと」「公爵令嬢ともあろう方が」と囁き合う。
うんうん、シナリオ通り。完璧な流れだわ。
内心で安堵のため息をつく私、エリアーナ・フォン・リッテンハイムは、悲劇の悪役令嬢を完璧に演じきっていた。少しだけ目を見開き、唇をわななかせる。けれど決して涙は見せない。プライドの高い公爵令嬢らしい、絶妙な塩梅で。
(やった……! ついにこの日が来た!)
幼い頃、高熱を出したのをきっかけに、ここが乙女ゲームの世界で、自分が悪役令嬢だと気づいてから、この断罪イベントをどれだけ待ち望んだことか。
前世の私は、日本の大学で農学を研究する女子大生だった。来る日も来る日も土と作物を相手に研究に没頭し、気づけば過労でぽっくり逝ってしまったらしい。そんな私が転生したのが、このきらびやかだが窮屈で虚飾にまみれた貴族社会。正直、うんざりだった。
だから、この断罪イベントは私にとって破滅ではなく解放なのだ。
ゲームのシナリオによれば、私はここで婚約破棄され、領地の片田舎にある修道院へ幽閉される……はずだった。けれど、私は少しだけシナリオに手を加えた。リリアへの嫌がらせを原作よりほんの少しだけ悪質に見せかけ、『修道院への幽閉』から『領地の最果てへの追放』へと罰則をランクアップさせることに成功したのだ。
そう、全ては穏やかで自由なスローライフのため!
私がここで下手に反論すれば、話がこじれてしまう。一番の近道は、このまま悪役令嬢の汚名を甘んじて受け入れること。私は完璧な淑女の仮面を被り、一切の弁明もせず、ただ静かにジークハルト殿下の言葉が続くのを待った。
勝ち誇った顔で私を見下ろすリリアの瞳の奥に、一瞬だけ計算高い光が宿ったのを、私は見逃さない。彼女もまた、この日を待ち望んでいたのだろう。平民の自分が王太子の隣に立つために。
やがて、ジークハルト殿下は最後の宣告を口にした。
「エリアーナ・フォン・リッテンハイム! 貴様との婚約は、ただ今をもって破棄する! そして聖女リリアへの悪行の罰として、貴様をリッテンハイム公爵領の最果ての地へ追放する!」
(待ってました!)
心の中でガッツポーズをしながら、私はこれ以上ないほど優雅に、深く、深くカーテシーをしてみせる。「殿下のご英断、謹んでお受けいたしますわ」とでも言いたげな、完璧な礼を。
そのあまりに堂々とした予想外の態度に、ジークハルト殿下も、勝ち誇っていたリリアも、そしてざわついていた周囲の貴族たちも、皆一様に困惑の表情を浮かべていた。何故この女は泣き叫んだり弁明したりしないのだ、と。
ふふ、あなたたちの物語はここから始まるのでしょうけれど、私の物語もここから始まるのよ。あなたたちとは全く別の、土と作物と、穏やかな日々に満ちた、素晴らしい物語が。
壇上の隅で、父であるアルベルト・リッテンハイム公爵が、冷徹な表情で私を見つめていた。けれど、その瞳の奥にほんの一瞬だけ、誰も知らない苦悩の色が浮かんだのを、私は確かに感じ取っていた。
こうして、私の輝かしい社交界からの追放劇の幕は、計画通りに上がったのだった。
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