陰キャの私、メガネを外せばS級ハンター
@wemmmoooee30
第一部:学園と月影
第1話:雨と地味なクラスメイト
「──以上が、先週確認されたC級ダンジョン『水没した旧市街』の攻略レポートだ。特にワイバーンの亜種は、従来の個体と異なるブレス攻撃のパターンが報告されている。将来ハンターを目指す者は、DAMAの公開データを常に確認しておくように」
退屈な現代史の授業。教師が淡々と読み上げる声だけが、午後の教室に響いていた。
この世界では、歴史の教科書にもモンスターの名前が出てくる。十数年前、突如として世界各地に出現した『ダンジョン』と、そこに巣食う異形の怪物たち。そして、それらを討伐し、人々の生活を守る『ハンター』という職業。
もはやそれは、日常の一部だった。
「はい、先生。その亜種のブレスですが、おそらくは水属性ではなく、より貫通力の高い氷属性への変異ではないでしょうか」
凛とした声が、教室の空気を引き締める。
ハンター育成の名門であるこの高校で、一年生ながらトップクラスの実力を持つ、誰もが認めるエリート。整った顔立ちに、快活な性格。彼が発言するだけで、クラスの女子たちの視線が熱を帯びる。
「ほう、一条。その根拠は?」
「はい。ドロップした素材に『氷結の鱗』が含まれていたという報告を読みました。もしそうなら、従来の火炎耐性の防具では防ぎきれない可能性があります」
完璧な解答。クラス中から感嘆のため息が漏れる。蓮の隣で、
快活な少女──
彼女もまた、蓮と並び称される実力者だ。
光が当たれば、影が落ちる。
そんな華やかなクラスの中心から最も遠い、窓際の後ろの席。そこに、
肩まである重めのボブカット。目元が隠れるほど長い前髪。度の入っていない、野暮ったい黒縁メガネ。いつも少し猫背気味で、その存在に気づく者はほとんどいない。
クラスメイトたちの認識は、おそらく「影山さん」という名前ですらない。「あの、なんか暗い子」程度の、景色の一部。
雫は、誰の視界にも入らないその場所で、ただ静かに息を潜めていた。それが、彼女が望む平穏だったから。
◇
放課後のざわめきの中、蓮は下駄箱でアカリと他愛ない話をしていた。その時、ふと聞こえてきた女子生徒たちの囁き声に、眉をひそめる。
「ねえ、影山さんの靴、見た? いつも泥だらけだし、かかと、もうボロボロだよ」
「わかるー。ハンター目指す学校なのに、ああいう貧乏くさいのって、なんかねぇ」
蓮が視線を向けると、ちょうど雫が古びたローファーに履き替え、俯いたまま校舎から出ていくところだった。確かに、その靴は女子高生が履くにはあまりにもくたびれていた。
(……別に、他人がとやかく言うことじゃないだろ)
釈然としない気持ちを抱えながら、蓮もまた、帰路についた。
その時だった。空がにわかに暗転し、バケツをひっくり返したような豪雨が、世界を叩き始めた。典型的な、ダンジョンの影響による異常気象だ。
「最悪、傘持ってきてない……!」
校門の前で立ち往生する蓮。ハンターとはいえ、制服でずぶ濡れになるのはごめんだった。どうしたものかと思案していると、背後からすっと影が差した。
振り返るより先に、自分の頭上に傘が差し出される。
「え……?」
そこに立っていたのは、影山雫だった。
長い前髪とメガネのせいで表情は読み取れない。彼女は何も言わず、持っていた傘を蓮の手に押し付けた。
「え、いや、でも、それじゃ君が」
返事を待たず、雫は雨の中へと駆け出した。ボロボロのローファーが水たまりを跳ね、あっという間にその小さな背中は雨にかき消されていく。
蓮の手には、一本のビニール傘だけが残された。雫が押し付けてきた、彼女自身の傘だ。
(なんで……)
クラスではほとんど話したこともない。むしろ、避けられているとさえ思っていた。
なのに、なぜ。
雨音だけが響く世界で、蓮は雫が消えていった先を、ただ呆然と見つめることしかできなかった。
彼女の不器用すぎる優しさと、雨に濡れて走り去っていったあの小さな背中が、この瞬間、一条蓮の心に強く、強く刻み込まれた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
面白いと思っていただけましたら、ブックマークや評価(★★★)で応援していただけると、執筆の励みになります。
毎日19:00に更新予定です。
ぜひ、また読みに来てください!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます