第8話

8-1

 ショーンから奪ったスマホを、ハックが調べ上げている。

 豪奢なスイートルームに響くのは、キーボードの音、銃やその他の道具の手入れや点検の音だけ。大勢が働いているのに私語をすることもなく微かな衣擦れや息遣いが聞こえるのみで、咳をするのも目立ってしまいそうだ。

 新人は居心地の悪さにソファの上で縮こまりながら隣りを窺い、何度もカップに口を付ける。飲んでなどいない。間が持たないから飲むふりをしているだけだ。

 部屋に戻るなりクラッシュはハックに事情を説明してショーンのスマホを預け、新人に「すぐ済むだろうから待っていよう」と声を掛けた。彼女はすぐに彼に何を飲むか尋ね、二人分のコーヒーを淹れ今に至るが、彼の前に置かれたカップは最初の一口以降手を付けられていない。

 「また飲もう」と、そう言っていた。クラッシュと共にショーンに初めて会ったときだ。新人にはクラッシュの交友関係など分からないが、きっと少なくとも酒を酌み交わす程度には仲の良い友人だったはずなのだ。

 落ち込んでいるだろうか。いや、落ち込んでいないはずがないだろう。新人は口に付けたままのカップの上からじい、と彼を見る。室内でもサングラスを外さない彼の表情は分からない。

「そんなに迷わなくとも言いたいことがあれば言っていいぜ」

「え」

 職員たちの方を向いてこちらは見えていないと思っていた彼が振り向いた。

「あんなことがあったんだ、いろいろ聞きたいことがあるんじゃないか? いつもの君なら質問攻めにしてくるところだろう。俺に対してそんなに言葉を選ばなくとも、君に悪気がないのは知っているから何を言ったっていい」

 クラッシュは微笑んでいる。

「……クラッシュもです」

「ん?」

「クラッシュも私に気を遣う必要なんてないです」

「遣ってないぜ。俺が誰かに気を遣うような性格に見えるのか?」

 クラッシュは「ででーん!」と言いながら長い足を組み、両腕をソファの背もたれ目一杯に広げた。しかしL字のソファの違う辺に座っている新人には何も当たらないし、そもそもソファが大きすぎて圧迫感もない。

 新人は彼の言葉に繰り返し頷いた。

「そいつは見当違いってやつだ」

「だってこんなときにまで笑ってくれてるから」

「俺はいつもこんなだろう」

 クラッシュは軽口を叩く。新人は唇を震わせた。

「お、」

「お?」

「お友達がァ……」

 そんなつもりじゃなかったのに、いざ喋り出そうとしたら涙声になってしまった。慌てて取り繕おうとしても、後からぼろぼろと涙が溢れ、嗚咽になって言葉にならない。

 クラッシュがぎょっとするのが見える。ティッシュを探して彼の手がうろうろと彷徨った。「まったく、どこに行ったんだ。さっきまでここにあっただろ」と小さく悪態を吐くのも聞こえている。

 新人は申し訳なくて、涙は止まらないながらも自ら立って走ってティッシュを持って戻った。ふんふん鼻をかみ、なんとか早く泣き止もうとする。

 クラッシュもその様子を見て落ち着きを取り戻すと、自分の膝に頬杖をついて彼女をのんびりと見守った。

「君は人のために泣くんだなあ」

 そう言う彼の表情はさっきよりも柔らかかった。

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