第39話・ヒーローの正体
清水先輩に椅子に座ってもらい、お茶をのんでもらう。
話を聞くと、どうやら溺れたのは2回目らしい。
その2回とも同じ人に助けられたという感覚があるようだ。
「探し人はいいにしても、特徴わかるかい?」
部長が言うが、
『私自身はあまり覚えてなくて』
溺れていた時の視覚の情報はあいまいらしい。
なので代わりに俺が覚えてる限りを答える。
「髪は茶かこげ茶ですかね? 身長は俺よりちょっと高かったから170㎝くらいで。体格は割と良かったと思います。見た感じは人間族って感じでした」
飛び込みの時の姿勢が綺麗だったので、きっと水泳経験者なのだろう。
「その特徴である程度絞られるけど、まだ情報が少ないなぁ」
亞殿先輩が言いながら椅子をこぐ。
その中で赤延先輩そっと髪の手をあげた。
「探し人とは違うんですけど、気になったことで聞きたくて」
「はい、赤延君」
部長が小さい手で指を差す。
「言える範囲でいいんですけど、清水先輩はどうして人魚じゃなくて人になりたかったんですか?」
確かに探し人には関係がないように思えるが、部室のみんなが聞きたい内容ではある。
声を代償にしてまで陸に上がってきた理由。
それはおとぎ話のように恋する人を探しに来たのか……。
『言うのは少し恥ずかしいんですけど……』
もじもじと身体を揺らす清水先輩。
『私、漫画家になりたくて!』
は⁉
完全に意表を突かれた部員たちを置いて清水先輩が語り出す。
『海にいたころから、陸の漫画が好きで好きで。小さいころから釣り人さんにねだって漫画を見せてもらってたんですけど、そのうち自分も描きたいと思うようになって……!』
ガサゴソと鞄を漁り、色々出してくる。
『こっちが私が描いた漫画で、こっちが今崇拝してる漫画家さんの御本で!』
一番近くにいた亞殿先輩がそれらを受け止めることになった。
「お、おう」
多少引きながらも漫画の原稿を読み始めると、先輩の手がそのうち止まらなくなっていく。
「これおもろいなぁ! 本当に清水くんが描いたん?」
『わぁ、そう言ってもらえると嬉しいです!』
「え、私も読みたい。アド先輩、貸して!」
「ぼ、僕も読みたい!」
「え、なら俺も読みたい!」
これを皮切りに部室は漫画の話しで持ち切りになるのであった。
ちなみに内容は恋愛漫画などではなく、バリバリのバトル漫画だった。
人探しはどうした。
まったくである。
次の日、清水先輩に借りた漫画本を返しに3年生のクラスに来ている。
人がいない1年生のフロアと違って、人が多いこと。
その人たちはみな俺の校章が青であると気づくと微笑んでいくのだ。
妙なプレッシャーを感じる。
さすが一人きりの1年生である。
『多田野君、来てくれたんだ』
駆け寄ってくれる清水先輩に漫画本を返す。
原稿も漫画本もとても面白かった。さすが漫画家を目指すだけの事はある。
漫画本はあこがれの漫画家さんのものらしかったが、それも大変面白かった。
たしか
そんな話に盛り上がっていると、
「げっほげっほげっほ」
と清水先輩の隣の席でむせてる人がいた。
大丈夫だろうか。
パッと見た限り、大人しそうな茶髪の眼鏡をかけた男士生徒だ。
『八王子くんだ。ちょっと体調悪そうで大丈夫かな』
顔も赤いし大丈夫だろうか、と思っていたら、
バターン!と倒れてしまった。
思わず近かったのもあって、助け起こす。
「大丈夫ですか!?」
「ごめん、熱あるみたいで……」
なんとか清水先輩にも手伝ってもらって、八王子先輩を背にかつぐ。
「保健室に行きましょう!」
一応、後方を清水先輩に支えてもらいながら保健室に向かった。
その時、八王子先輩が見た目より筋肉質な体をしていることに気づいた。
そしてこの熱風邪らしきもの。
もしかして?
「透野先生いらっしゃいますかー」
ガラガラとドアを清水先輩に開けてもらう。
「また多田野くんかい。今度は清水くんも一緒とは」
八王子先輩をベッドに下ろして、透野先生に処置してもらう。
「多分、彼は熱風邪だね。数日前に水浸しにでもなったかい?」
そういう透野先生に八王子先輩はビクリと反応した。
数日前に水浸し。
「八王子先輩」
「ん、ん?」
こんな時に言うのは難だけど、
「もしかして、溺れた清水先輩を助けたのは、八王子先輩ですか?」
『え!?』
清水先輩が声を上げる。
「え!? なんでバレた!?」
なんて言ってしまう八王子先輩。
「先輩、見た目そんなに筋肉なさそうに見えますけど、さっき担いだときちゃんとした基礎的な筋肉がしっかりついてるのを感じました。水泳とかされてますよね?」
「う、うん……」
「それにその風邪も5月に2回もプールに飛び込んだから。ですよね」
『あ、人間族からしたら、5月はまだ寒いですもんね』
人魚族は平気だとおもいますが。
『でも、なんで……2回とも?』
そんな清水先輩の問いが沈黙を生む。
だが、八王子先輩がそれを破った。
「心配で見てたんだ……漫画の原稿に付きっ切りであまり寝てないようだったから……」
と清水先輩を見ると、彼女は口に手を当てて真っ赤になっていた。
集中すると無理しちゃうタイプなんですね。
「疲労してるときに慣れない人間の足で水泳は怖いなと思って……」
案の定溺れちゃいましたし。
『でもなぜそこまで気にかけてくれるんです?』
いや、その質問はどうなのだろう。と隣にいる透野先生にも視線を送るが、先生は肩を浮かせた。
「あの、漫画本を持ってただろ?」
『ああ、八重樫晶先生の本ですか?』
「あれ、オレが描いたんだ。八重樫晶はオレのペンネームなんだ」
『え!?』「え!?」
あまりの告白に俺もびっくりしてしまう。
「高校入った頃にデビューして、周りに明かさず漫画描いてきて。それで3年になって清水さんが漫画描いてるって知って気にしてたんだ」
八王子先輩も少し恥ずかしそうに口を手で覆う。
「それがこのところ、2回も助けることになって気恥ずかしくて名乗り出られなかった。と思っていたら今日は僕の漫画本を絶賛してたから、思わずむせちゃって……」
その勢いで風邪で倒れてしまったということか。
「バレるつもりではなかったけど、こうなった以上、清水さんに言いたいことがある」
『は、はい!』
いきなりの崇拝してる漫画家からの言葉に、清水先輩はガチガチに固まってしまった。
「できたら、一緒に漫画について語り合わないかい?」
ふわりと八王子先輩が笑う。
『こちらこそ! よろしくお願いします!』
清水先輩も柔らかく笑った。
「まぁ、風邪を治してからだけどね」
透野先生のナイスタイミングのツッコミに3人で笑ってしまった。
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