第25話・忙しい彼女
ちょうど、こいあい俱楽部の部室に入ろうとした時、遠くから聞こえてくるものがあった。
「やだってば、いかない!」
「いいから! 行こー!」
男女の言い争うような声が徐々に近づいてくる。
思わず足を止めてそちらに顔を向けると、二人の男女がこちらに近づいていた。
「お、誰かいる! やぁ! こいあい俱楽部の人ぉ?」
「そ、そうですけど」
「あぁ、もう逃げられなくなるぅ」
一人は長身の金髪ロングの赤目のイケメンだった。ちょっと言動がチャラい。
そして項垂れている女子は、黒髪を一つの三つ編みにしている、見た目クールビューティーだった。
どちらも校章が赤い。
「こいあい倶楽部のご入用ですか?」
「そう、めちゃくちゃ必要!」
「私はどうでもいいけど」
「とうこ、そういうこと言わない!」
なんだか賑やかだが、お客さんらしいので中に案内する。
「オレは3年の桜井
「私も3年の小嶋
二人に挨拶してもらい、本題へと入る。
吸血鬼は噛みついた彼女以来の種族だ。
「で、お悩みというのは……?」
部長が問うと、桜井先輩が手を上げた。
「瞳子と付き合いたいんだけど、どうしたらいいですか?」
「つきあってなかったんかーい」
思わず亞殿先輩がツッコミを決めた。
様子はもう付き合ってる風な雰囲気なのだけど、これで付き合ってないってあり得るんだ……。
「私は付き合う気はないわよ。忙しいし」
小嶋先輩はツンと桜井先輩をかわす。
「と言ってるけど?」
部長が桜井先輩に聞き返すと、彼はイヤイヤと身体をゆらした。
「ヤダヤダ! 俺は瞳子と付き合いたい! 惚れたの! 大好きなの!」
おそらく17歳、いや、もっといってるかもしれない青年が、ワガママをいうのはちょっと面白くもあった。
「と言ってるけど?」
2回目の部長の聞き返しに、小嶋先輩はため息をつく。
「まぁ、別に思いを寄せられてるのは、嫌な気はしないけど」
「ホント? やった脈あり!」
桜井先輩は手を打って喜ぶ。
「けど! 私は勉強に趣味に忙しいの! 付き合う暇なんてないわよ!」
「キャイン!」
あの勢いのラブコールと一蹴できるのは何気にすごい。
「失礼だけど、勉強に趣味にという話で、目指すものでもあるのかい?」
部長の質問に、小嶋先輩がぱっと目を上げる。
「私、パティシエ、いえパティシエールになりたいんです」
「ああ、お菓子作りの専門家ね」
赤延先輩が一言入れる。パティシエールは確か、パティシエの女性版だったはずだ。
「そう、この学校の卒業後はそのために専門学校だって入らないといけないし、国家資格も取らないといけないし、色々大変なのよ。だから忙しいの!」
と桜井先輩をぶった切るが、
「それって卒業後の話でなくて?」
亞殿先輩の鋭い一撃が小嶋先輩を襲う。
「う……」
「在学中の今はまだ余裕あるんちゃう?」
その流れに乗ってみるか。
「ということは、他に何か夢中になるものがある……?」
「うぅっ……」
小嶋先輩がもだえ苦しむ。
「瞳子、オレ以外の男がいる!? だから忙しい!?」
さらに桜井先輩も乗っかってくる。
小嶋先輩が前のめりに苦しむが、
「そんな男なんていないわよ!」
「キャイン!」
桜井先輩を鳴かせる一喝が飛び出す。
だが、その顔は赤い。
「ただ、その、新しい趣味が楽しくて……」
もごもごと口ごもる。
『新しい趣味?』
全員の声がきれいに重なった。
「コ、コスプレを少々……」
ああ、アニメとか漫画とかのキャラクターになりきって、いろんな仮装するやつね。
「でも、小嶋先輩なら色んなキャラのコスが似合いそう」
赤延先輩がいうと、小嶋先輩が食いつく。
「そう! そうなの! やってみると色んなキャラのコスができて楽しいのよ!」
食いつきの勢いが激しくて赤延先輩が若干引いている。
「そ、そんなの!」
沈黙していた桜井先輩が声を張る。
「そんなの、オレだってコスプレつか、変身できるし!!」
ボン!
と桜井先輩が煙に包まれ、スッと煙が消える。
そこには吸血鬼の衣装をまとった桜井先輩が現れる。本格的というか、本物の吸血鬼なんだから似合わないわけがない。
「どう、これ!?」
「おおー」
部員一同はその変身に歓声と拍手を送った。だが、小嶋先輩は腕を組む。
「そうじゃないのよ」
ピシャリと言い放った。
「コスプレは作る所から楽しいのよ。一発で変身するなんて野暮よ!」
ビシィ! と指をさされ、桜井先輩ががっくりと肩を落とす。
でも桜井先輩も負けてない。
「じゃあ、衣装一緒に作ろ! オレいいモデルになるよ! イケメンだし! 長身だし!」
おおっと、自分を売り出してマネキンにすることもいとわない。これは愛ですね。
これに対して小嶋先輩は、
「……」
腕を組んで考え込んでしまう。
「たしかに彼のルックスはピカイチ。だけど自分で着るのが楽しいのであって、これは……。いや、ジャンル合わせとしてコンビキャラで並ぶのもアリか……。手間はかかるけど、手伝うって言ってるし……。でもなぁ、費用としては二人分になるわけでしょう? いや、全額彼に払ってもらうか。お金持ちとか言ってたし。いやそれもコスプレの一つの楽しみであって」
高速詠唱みたいなオタク特有の早口が繰り広げられる。
「瞳子、どうよ!」
えっへん、と胸を張る吸血鬼衣装の桜井先輩。本人が言うだけあって、やっぱり絵になる。
「ちょっとまって、今考えてる」
小嶋先輩は桜井先輩を見ることもなく、しごく真剣に答えた。ちょっと桜井先輩が可愛そうだ。
「桜井先輩、どうせなら、小嶋先輩の推しキャラに変身したらいいじゃないですか」
赤延先輩が言うと、ギュルン! と小嶋先輩が驚異的な反応を見せた。
「私の推しは『超絶かわいい男の娘』だけど、アンタ変身できるの!?」
その時、時は止まった。
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