第21話・性癖あれこれ
「でも好きになったんですよね? 変態でも」
俺が言ってみると、酒井先輩はこちらをみてゆっくりと頷いた。
「根はしっかりしてるし、顔は可愛い。別に男だからとて、言うことがなかったんだが」
『変態だったと』
部員の心が重なる。
「うむ。だからどう扱ったらいいか分からなくてな。拒むべきか、受け入れるべきか悩んでおる」
酒井先輩はそういって大きくため息をついた。しっぽもペシンペシン床を叩いている。
なかなか難しい問題になってきた。
とはいうものの、やっぱり、
「本人と対話しないとそこらへん分かり合えないのではないかな?」
部長の一言が部室に落ちた。
「ほ、本人も呼ぶのか?」
動揺する酒井先輩だが、部長は段取りを決めていく。
「多田野君、たしか鶴田君は野球部だったから、グラウンドに呼びに行ってもらえないかな?」
「了解っす」
あわあわする酒井先輩を横目に、鶴田先輩を迎えにいった。
「え!? 酒井くんが呼んでる?」
部活中の鶴田先輩を呼んで話を伝えると、みるみる顔が笑顔になっていく。
まともそうに見えてもこの人が……
とは思いながら頷いた。
「今、こいあい倶楽部に来れますか?」
「行く! 野球部にちょっと抜けるって言ってくる!」
言って顧問と部長のいる方向に向かっていく。その様子は尻尾を振るワンコのようだった。
その背中に「この人が……」という目を向けてしまうのは仕方ない。
「呼ばれてきました! 鶴田です!」
元気な挨拶をしているが、廊下は疾走していた。他の先生に怒られたのはいうまでもない。
「はやっ」
赤延先輩が思わず声を上げた。
「酒井くんが呼んでると聞いて! 爆速で来ました!」
本当に全力疾走してました。この人。
「鶴田、来たのか……」
酒井先輩はなんだかやっぱり悩ましい。
亞殿先輩が鶴田先輩の椅子を用意する。
「どうぞ~」
「ありがとう!」
もう、絶好調の元気いっぱいである。
来る途中で聞いたけれど、本来はこういう性格らしい。前回は悩んでいて大人しかったそうな。
「それで、鶴田君は酒井君に恋愛感情を抱いているって?」
「はい!」
部長の言葉に元気よく答える鶴田先輩。
「最近よく酒井君にアピールしてるとか」
「はい!」
「そこで、自分を締め上げてほしいと言ったとか」
「はい!」
あー、やっぱり言っちゃったかー。
部員と酒井先輩が目を閉じて天を仰いだ。
「いや、本当はですね」
ここで鶴田先輩の訂正が入る。
おや?
「僕を丸呑みしてほしいな、って思ったんですけど、酒井くんの負担が大きいかなって!」
さらに上級者だった。
そう考えると締め上げる方はだいぶ平和的かもしれない。
「調べたら丸呑みって、ボラレフィリア、略してボアっていう性癖の一つらしいです!」
知ることに戸惑いを生じるものってあるんだなぁ。
「だからボアはちょっと無理だろうから、あえて緊縛というか、締め上げの方がいいかなと思って!」
妥協を見せるのは偉いと思うけど、設定するレベルが違う気がした。
「……で、酒井くんはどう思う?」
「……正直、丸呑みも緊縛も締め上げも怖いデス」
「ということなんだけど……」
その酒井先輩の反応に鶴田先輩はキョトンとしている。
「やっぱり……」
落ち込んだだろうか?
「段階を踏まないといけないね!」
諦めてなかった!
「怖い、調教される……」
怯え過ぎて近くにいた俺の背後に酒井先輩は逃げ込んできた。
とはいえ、
「でも、酒井先輩は鶴田先輩の事が好きなんですよね?」
言うと驚いたように身体をビクリとさせて、酒井先輩は赤面していく。
「そ、それはそうなんだが……」
その言葉と共に鶴田先輩が酒井先輩の手を取った。
「もしかして、僕たち両想い……」
絵面はとても可愛い系とイケメンで耽美で美しいのではあるが。
「それはそうなんだが……!」
酒井先輩を天に向かって叫ぶ。
「締め上げとか、ほどほどに頼む……うぅっ」
泣いてしまった。
そして、
「これって両想いですよねぇ!」
鶴田先輩の雄叫びが部室に響いた。というか、俺の後ろでワチャワチャするのやめてください……。
それから、二人はどうにか冷静に話し合い、無事にお付き合いを始めたらしい。
鶴田先輩の性癖はアレなものの、無理強いは一切してないという。
付き合い方として、これが正しい付き合い方! なんてないと思うけれど、相手を尊重することは大事だと思う。
まぁ、俺はまだ付き合った事は一回もありませんが。
いつか俺にも彼女ができるのかな。
見た目としては噛んだ子は綺麗だったな。これは記憶の美化だろうか。
なんて考えていると、透野先生がコーヒー片手に部室にきた。
「そりゃあ、君達には鶴田くんのフォローしてほしいっていったけどさぁ」
酒もないのにくだをまいている。
「そんなヤバげな性癖、開花させるとは思わないじゃん」
鶴田先輩の性癖告白は透野先生にもしていたらしい。
俺たちも思いませんでした。
「んで、今週、鶴田くん腕とあばらを骨折だってさ」
部員一同アチャーである。
「ヤったね……」
「ヤったなぁ」
「ヤっちゃったわねぇ」
「ヤっちゃいましたね」
それしか言えない口になってしまった。
「しかも骨折して痛いだろうに超笑顔なの。私、怖い」
透野先生がコーヒーをあおる。
透野先生は知らないが、あの後、どっちがタチでどっちがネコになるか、この部室で言い合いをしていたのは部員だけの秘密にしておこうと決まった。
タチネコ問題はタチが良いという両者の戦いだったが、酒井先輩が負けたことを追記しておく。
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