第5話・スタミナ玉子焼き

「まず、猫の獣人の彼の名前は……」

「猫又だ……」

 部長の言葉に苦しいながらも、体を起き上がらせて訂正を入れてくる。

「おっと失礼。猫又の彼は2年のサッカー部の尾野崎おのざきけん君だね」

「……はい」

 一応、危機は脱したとはいえ、その声は弱弱しい。

「うん。そして付き添いの子が……」

「サッカー部のマネージャーをしてます、2年の夢原ゆめはらしおりです」

 と、女生徒さんは挨拶してくれる。

 とりあえず、尾野崎先輩への処置を終え、生薬を飲ませて一息ついたところだった。

 夢原先輩も泣きそうな混乱から、少し回復した彼の様子を見て、ようやく落ち着いたらしい。

「治療してもらえて、本当によかったです。ありがとうございました」

 深々と頭を下げる。

 その頭を赤延先輩が優しくなでた。どうやらふたりはクラスメイトで友人とのことだ。

「しおりは思いつめやすいんだから」

「津音ちゃん、ありがとう」

 夢原先輩が落ち着いたのは赤延先輩の功績もあったようだ。

「それで、尾野崎のことやけど、なんでこうなったん?」

 亞殿先輩の一言でその場がシンとなる。

「それは、私がいけなくて!」

「いや、それは俺の責任だ」

 夢原先輩の言葉に尾野崎先輩の声が覆いかぶさった。

「健くん!」

「……マネージャーには関係ない。俺の体調管理の責任だ」

 言ってそっぽを向いてしまう。

 なにやら色々と立て込んでいるらしい。

 思わず俺たちも目を合わせて、心の中で肩をひょいと上げた。

 その中で部長は果敢にも二人の世界に入っていく。

「ともあれ、再発防止のためにも、話は聞いておかないとね」

 その言葉に尾野崎先輩もぐうの音がでない。

「……その、夜食後のサッカーの練習の途中で、彼がなんだか具合悪そうだなと思ったら……倒れてしまって」

「ふむ。気持ち悪いのと吐いて安定したのと、原因はその夜食にありそうだね」

 部長が言うと夢原先輩の顔が青くなっていく。

「しおり、その夜食の内容、言える?」

 だんだんと蒼白を通り越していく夢原先輩がぽつりぽつりと喋る。

「えっと、ハンバーグと、スタミナ玉子焼きと、鮭とタラコのおにぎりと……」

 夜食にしてはボリュームがすごいが、たしかサッカー部は獣人も多かったから、ぺろりと平らげることも可能だろう。と聞いていてふと頭の端に違和感を覚えた。

 ハンバーグ、スタミナ……食べるのは獣人……

「全部、私が作ったんです。私、何か変なものを混ぜちゃったのかも……」

 ブルブルと震えだす夢原先輩に、

「べつに! これはオレが体調悪かっただけで! しおりが悪いわけじゃ……!」

 と尾野崎先輩はフォローするが、少し無理がある。

「この状況じゃ、ちぃと無理あるなぁ」

 亞殿先輩が代弁してくれた。

「あのー」

 その中で俺が静かに挙手をする。

「はい、多田野君」

 部長が指してくれた。

「スタミナ玉子焼きって、材料何が入ってるんですか?」

 今それ必要なん? と亞殿先輩が言いそうだったが、言葉の裏が分かっているのか黙ってくれている。

「えと、スタミナ玉子焼きっていうのは、卵に長ネギとかニラとかニンニクとか、精の付きそうなものを混ぜて焼いただけの玉子焼きなんだけど……」

「長ネギ、ニラ、ニンニク……量はどれくらいですか?」

 再び質問すると、夢原先輩は少し微笑んだ。

「それが、部員全員でつまめるように大量に作ったんだけど、健くんが腹が減ったっていって、全部一人で食べちゃって……そういえばハンバーグもだいぶ食べてたような……」

 そういって全員の視線が尾野崎先輩に集まるが、彼は知らんぷりをしているようだった。

 多分確信犯だ。

『ソレ』「だね」「やね」「ですね」

 三人の声が重なった。

「え?」

 女子二人だけが理解できていなかった。

「尾野崎先輩は猫又の獣人ですよね」

「……そうだ」

 ツンとしているが、尻尾が2本プラプラと揺れて見せてくれた。

「こういうと失礼かもですが、尾野崎先輩は猫に性質が近いんだと思います」

「猫? まぁ、そうよね」

 赤延先輩が頷く。

「で、夢原先輩はペットは飼った経験ありますか? 猫とか犬とか」

「えぇ、今まで鳥なら飼ったことあるけど……犬猫は無いです」

 突然の話の振りに驚きながらも話してくれる。

「そう、僕は犬猫どっちも飼ったことあるんですが、猫を飼ったことあると知ってるんですよ」

「何が?」

 女子二人だけがそう返す。

「猫ってネギとニンニクを与えちゃダメなんですよ」

「え!?」

 女子二人は驚きながら顔を合わせると、知ってた? 知らない! と顔を振り合っていた。

 そして部長、亞殿先輩、尾野崎先輩は沈黙を守っている。

「たしかネギとかニンニクを与えると、赤血球だかを溶かす作用があって、大量に与えると死の危険性もあるんですよ」

 犬猫を飼うときに『飼育のいろは』なんて本を読んでいて、それを思い出しながら話す。

「ハンバーグにも玉ねぎ使ってた……」

 もはや呆然とした夢原先輩の呟き。

「そう。玉ねぎもダメなんですよ。長ネギも」

「でも、前にも作って来たことあるの! その時は特に何もなくて……!」

「きっとその時は、一人が口にする量が少なかったか……」

 チラリと尾野崎先輩を見ると、ツンとした目線とぶつかった。

「今回は尾野崎先輩がめっちゃ食べた所為でしょうね」

 言うとみんなの視線が尾野崎先輩に集まる。

 そして、尾野崎先輩は観念したように息を吐いた。

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