第31話理由
そしていよいよ、入学式を迎えた。楽しみすぎて、いつもよりも早く起きてしまう。
流石に実家から通うのは無理があるから、俺は入学を機に上京し、一人暮らしを始めた。近すぎず遠すぎない、学校から八駅離れたアパートだ。
さすが東京。ワンルームだけでも家賃が7万も行く。流石に生活費全てを親に任せるのも申し訳なくて、家賃だけは負担してもらって、そのほかの費用は全て自分のバイト代でまかなうことにした。
決して広くないし、壁も薄くて、隣から誰かの生活音が聞こえる。でも、確かな自由を、その時実感していた。
そして、いよいよ入学式を迎えた。この日が待ち遠しすぎて、いつもよりも早く起きてしまう。
ギターと必要なものを抱えて、最寄り駅まで歩いて向かう。これだけ早く起きたのに、すでに通勤、通学をする人たちで、駅は溢れかえっていた。
満員電車でもみくちゃにされながら、なんとか学校までつく。学校のすぐ向かいには、綺麗な桜が何本も並んでいた。
受付を済ませ、自分の席に着く。
壇上に立つ校長の声が、体育館の天井に反響していた。マイクのノイズが時折混じって、言葉の輪郭を曖昧にする。
「えー、みなさん、まずはご入学、おめでとうございます。これからみなさんは音楽を学び――」
そんな校長の話は、全くと言っていいほど頭に入ってこなかった。ずっと、胸の中はソワソワしていて、ある1つの考えだけが、俺の頭を支配していた。
これからは、きちんと先生の音楽を、知識として知ることができる。
あの人の音に、ちゃんと近づける。なんとなく似てるとかじゃない。明確にあの人の好きな音が作れる。あの人が使った音を知れる。
――あの人を救う手がかりが、ここにある。
気づけば入学式は終わり、俺たちは自分たちの教室に案内された。
「これから、よろしくお願いします」
担任の先生の挨拶と共に、その日の入学式は終わった。気を抜いた生徒たちが、ざわざわと駄弁りはじめる。
「なぁなぁ、これから飯行かね?」
「いいなそれ!みんなで入学祝いしようぜ!」
どこかの男子の言葉に、みんなが賛同した。俺も、その話に乗った。
「かんぱーい!」
まだ真っ昼間なのに、まるで夜の飲み会のような、賑やかな音頭がその場を彩る。みんなのグラスのぶつかり合う音が、部屋に響く。
片手に収まったリンゴジュースを、一口飲んだ。
「あんた、名前なんて言うの?」
隣の男子が、そんなことを聞いてくる。俺は愛想良く微笑んで、自己紹介をした。
「潮海月。満潮の潮でうしお、海に月って書いてみつきって言うんだ」
そう言いながら、自分の名前の漢字を指でなぞりながら話す。
「へぇ〜!かっこいい名前だな!俺は山田翔って言うんだ。飛翔の翔でかけるだよ!」
「翔くんね。覚えたよ。君もかっこいい名前なんだね」
そして、俺たちは他愛もない会話を交わしながら、ジュースとご飯を口にした。気づけば宴会はお開きの時間になっていた。
「楽しかったな!またこうやって集まろうぜ!んじゃまた明日!」
主催の男子生徒の言葉を最後に、みんなそれぞれの帰り道を歩んでいく。
「あ!海月くんは帰り道こっち?よかったら一緒に帰ろうよ!」
翔がそう俺に話しかけてくる。
「うん、いいよ」
2人で並んで帰りながら、少し会話をする。
「海月くんはさ、なんでこの学校に入ってきたの?」
「……憧れてる人がいてさ」
「憧れてる人?」
「そう言う翔くんはなんでこの学校に入ろうと思ったの?」
「俺?俺はな、ビッグなアーティストになりたいんだ!」
翔は高らかにそう叫ぶ。それがなんだかおかしくて、少しだけ笑ってしまう。
「なっ、笑うなよぉ!」
「ごめん、でもそんなに勢いがいい人なかなかいないからさ」
唇を尖らせて拗ねたように言う翔。その様子がまた微笑ましくて、ずっと笑ってしまう。
そして2人で喋っていると、駅に着いた。電車に乗って、自分たちの駅で降りる。時計を見ると、まだまだ夕方だった。俺はすぐそこの公園のベンチに座って、背中に抱えていたギターを取り出す。
弾くのは自分のオリジナルではなく、ネギマ先生の「眠る海」。静かな夜の海をイメージしながら、弦を弾いていく。
俺は、練習も兼ねて、先生の曲をたまにこうして弾いている。その度に、先生への想いが、より強くなっていくのを感じる。
そして同時に、どうしようもなく悔しさが込み上げてくる。
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