第39話自答
知りたかった。あの人が、好きなものを。
あの人が好んで選んだ技法を、音を、声を。よく知って、それを使って、届けたかった。
俺は、いつの間にかそれを、模倣が正義だと勘違いしていた。あの人のコピーになることが正解だと思い込んでいた。
俺は、俺の音であの人を救わなければならないのに。
俺はギターを握る。あの人を真似たストロークで、弦を弾く。何年も研究したせいで、あの人の音が、そのまま染み付いている。
ギターを持ったまま、自室を出て、妻を後ろから抱きしめた。
「俺のギター、弾いてみてくれない?」
妻は驚いた顔で俺のことを見上げる。そして、恐る恐る、俺の手に握られているギターを手に取ると、優しく弾き始めた。
ぎこちなくても、ギターを優しく扱いたいという意思はよく伝わった。それだけでも、胸が少し満たされた。
もちろん、妻が弾くギターからは、先生の音はしない。でも、それでいいような気がした。
妻の手をよく観察する。あの人を真似た俺の手つきと、何が違うのか。力か、指の形か、手の動かし方か。
妻は俺の視線に、少し恥ずかしそうにしながらも、ひたすら弦を弾く。
「ありがとう。もう十分だよ」
そう言って妻の手からギターを受け取ると、再び自室に籠る。俺は、あの人のストロークを真似て、しかし、指の力は俺が弾きやすい加減で弾く。いつもよりも、少し力強い音がした。
きっと、これでいい。これが、俺の音なんだ。
それから俺は、しばらく模倣をやめた。自分の歌詞を、自分の音を追求した。
辞書を買って、自分の好きな言葉や響きを書き出していく。
ルーズリーフが真っ黒になるぐらい、文字をとにかく書き連ねた。
腱鞘炎のような症状も出たが、そんなことは気にしていられない。
そんな日々を続けて数ヶ月、妻が慌てた様子で部屋に入ってきた。その手には、妊娠検査薬が握られていた。
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