第21話居場所
会社を辞めて作業をする時間は増えたけれど、曲の更新頻度は変わらない。1日に作業できるだけの時間が、病気になってから格段に減ったから。でも、現状維持ができているだけ、まだマシだと思おう。
結局作業を続けるのは難しそうなので、SNSの反応を見ることにした。
やはり、閲覧数はとんでもないことになっていた。いいねも、コメントも、新曲投稿の報告の時以上に増えていた。
一旦それを無視して、私はまず、渡邊さんのDMを確認した。
『投稿の方、拝見しました。まずは、無理をなさらないでください。我々にとって、ネギマ様は大切な才能なのです。できれば、失いたくはありません。現在、SNS上でネギマ様の投稿が大きく拡散されております。弊社にも、ネギマ様を心配するような問い合わせがたくさん届いております。ご本人の状態を確認できないまま判断し、返答するわけには参りませんので、一度、ネギマ様の現状を教えてはいただけないでしょうか?電話が難しいようならこちらのDMでも構いません。よろしくお願いします』
少し、胸が痛んだ。私は少しだけ、発信者としての配慮が欠けていたのかもしれない。自分が有名人であるという自覚を、ろくに持っていなかったのかもしれない。
その結果、モリミュージックさんにもファンのみんなにも、多大な迷惑をかけてしまった。考えなしな自分の行動を公開し、急いで返信をした。
『ご迷惑をおかけして申し訳ございません。私自身、自分の現状をきちんと理解しきれていないので、説明が難しいのですが――』
そして、私は自分の現状を話した。少し前から、指の痙攣や、腕の筋肉のつっぱりが多くなったこと。それを疲れだと思って放置していたこと。2ヶ月前、いよいよ全身が金縛りのように動かないことが多くなったこと。会社を退職したこと。病院には行っていないけれど、なんとなく、自分の先が長くないことを悟ったこと。その結果、あの投稿に至ったこと。
病気については、どこからどこまでが症状だったのか、わからないからとにかく思い当たるところを言ってみた。
自分で頭の中を整理するように、メッセージは何個かに分けて送信した。1つの文章に、まとめられる気がしなかったから。
それから数分後、渡邊さんから返信がきた。
『状況は大体わかりました。説明してくれて、ありがとうございます。もし、本当にお身体の状態が深刻なら、今後の配信や契約の件は、一度停止することはできます。ネギマ様が再開したければ、我々は喜んで再始動いたします。今後の活動も、強制する気はございません。』
『本音を言えば、音楽活動は続けてほしいと思います。ネギマ様の才能を、このまま埋もれさせるのは、とても惜しいのです。ネギマ様の先が長くないというのなら、何よりも優先してアルバムを制作したいぐらいです』
『……少しだけ、個人的な話をさせてください。私は、初めてネギマ様の曲に出会った時、本当に震えました。haruさんの歌ってみたであなたの曲が拡散されてから、あなたの曲を聴いて、私はひどく感動したんです。そして、とても悔しくなったんです。あなたのような才能のある方が、今まで埋もれていたことに。私はその才能を、もっと前に押し出して発信したくなったんです。だから、私は、私が本気で推したいと思った天才が、ただただ沈んでいく様を見るのは嫌なんです。どうか、このわがままが通るのなら、我々とともに、活動を続けてください』
3つに分けて送られた長い文章たちを、私はぼーっと読んでいた。本当に、本気でこの人は、私のことを天才だと思ったんだ。私の才能に、期待したんだ。もうあとは枯れるしかない私を目の前に、まだ歩みたいと言ってくれるんだ。
もちろん活動を辞める気なんてなかった。でも、ここまでしっかり期待されたら、余計に火がついてしまうというもの。
私は、スマホを手に取り、返信を打ち込んだ。
『ありがとうございます。もちろん、音楽活動は続けていくつもりです。これから、最期まで、よろしくお願いします』
その私の返信に対し、渡邊さんは、「はい!ありがとうございます!」と返事をする。たった14文字しか書いてないくせに、なぜかその表情まで想像できてしまいそうで、少しだけ笑みがこぼれた。
少し元気をもらえたので、私はまた作業に戻る。ギターを何度も、何度も弾いて、痛む指を無視して、音を作り続ける。夜までずっと続けていると、そのうち指が麻痺しだしてきて、何も考えられなくなってきた。
渡邊さんの熱量は想像よりも高く、アルバム制作や、グッズ、コラボカフェなどの企画進行が異常な速さで成し遂げられて行った。企画は全て当たり続き。あと残り少ない生涯で使いきれないほどの収入が入ってきた。
ほとんどは渡邉さん率いるチームの方々が進めてくれて、私は家に引きこもって曲を作ったり、希望を文字で打ち込むだけ。たったこれだけの仕事しかしていないのに、私はお金をもらえて、おまけにたくさんの人の注目まで浴びる始末。どう考えても釣り合わない。
やれることならもっと色々頑張りたい。でも、今の私の体でできることがこれしかないのがもどかしい。たとえ何かをやろうとしても、ただただ足を引っ張るだけとわかっているから、何もできない。ただ、頼まれた通りに曲を作って、やって欲しいことがあったら文章にして送るだけ。もうここまできたら、裏で恨み言を言われるぐらいはしないといけない気がする。
そして、これだけ私は渡邉さんたちに負担を減らしてもらっているのに、体はどんどん壊れていって、ついに1ヶ月に一曲のスパンすらも保てなくなってきた。更新頻度は上がることなく、むしろ着実に落ちていくばかり。ベッドから作業部屋に行くまで、通常の三倍は時間をかけていた。
そんな体で食材の買い出しに行くことなんてできず、ほとんどが出前か定期便の弁当のみ。
まれに体がうまく動く日はあるので、その日は電車で実家に帰り、心配をかけないようにしてきた。行きと帰りの時間が長いから、スマホで曲や合成音声の調声をしてうまく活用していた。
使えない体で、極力更新頻度を保とうと、必死になって曲を作った。やらなければいけないという気持ちだけは十分にあるのに、私の気持ちに反して、体はどんどん動かなくなってきた。
筋肉が勝手に強張ることによって眠ることが困難になり、夜に眠れない分、日中に眠気が襲ってくることが多くなった。作業中もうとうとしたり、パソコンの前で突っ伏して寝ることが多くなった。
不規則な生活は精神的にも悪影響で、気持ちもすり減り、症状も悪化の一途を辿っていった。最期ぐらいは、迷惑をかけないでいきたいのに、私はずっと迷惑ばかりかけている。
なのに、渡邉さんたちはずっと、「無理しないでください」「ネギマ様の体調が優先です」「希望があれば制作を一度中断できますから」なんて、ただただ優しい言葉をかけてくる。甘えたくないのに、その言葉を見るたびに体の力が緩むのを感じる。そして、そこで無意識にも安心している自分に、さらに嫌悪感が増してくる。
少しずつ、一曲作るのにかかる時間が伸びてきて、気づけば曲の更新頻度は2ヶ月に一曲のペースになってきた。
明らかに更新スピードが落ちた私の曲に対して、視聴者たちも私に温かい言葉をかけ続けてきた。
『ネギマ先生のペースで頑張ってください』
『ちゃんと待ってるから、焦らないで』
『先生の曲が聞けるなら、一年だって待ちますから』
渡邉さんたちはまだわかる。一緒に作業をして、いろんなことを成し遂げてきた仲間だという意識から、優しい言葉をかけたくなる心理は理解できる。でも、どうして視聴者たちは私をここまで励まそうとするんだろう。顔も、声も、性別すら明かされてない他人に、どうしてそこまで必死になれるんだろう。
嬉しさでいっぱいになる反面、そんな疑問が拭いきれなかった。
疑問はあったものの、優しい言葉たちに触れたおかげか、その日の夜は体が強張ることなく、ゆっくり眠ることができた。
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