第18話スポットライトの端っこ
「もう、終わろう」
確かにこの状況は、私にとって最高の状況だ。注目され、褒められ、居場所がある。承認欲求は確実に満たされている。
でも、私には似合わなすぎる舞台だ。飢えてやせ細った子供が、豪華なドレスに身を包み、スポットライトに照らされているようなもの。私はもっと、その辺の石ころみたいな、人畜無害な人生が似合うのに。
なのに、私のそんな思いに反発するように、SNSは尋常じゃないほどに伸びていった。
待って、待ってよ。なんていう私の気持ちは、誰も聞いてくれない。皆口々に「次回も楽しみです」「次はいつかな」「もっと聞きたい!」と、ありもしない次回に期待している。
「次なんて……あるわけないでしょ」
画面に向かって、そうひとりでつぶやく。一旦スマホを閉じて、ベッドに放る。
1度忘れようと、気分転換にギターを弾いていたのに、また通知が鳴った。
開いてみると、また渡邉さんからのメッセージだった。
『このたびはリリースが大変好調で、社内でも非常に話題になっています!正直、想像以上の反響に我々も驚いております。つきましては、もしよろしければ次の配信についてもご相談できればと存じます!既存の楽曲の中から、もう一曲候補をいただけないでしょうか?』
予想通りの内容に、ため息すら出てくる。
一度きり。そのはずだったのに。
返信ボタンを押して、迷わず指を動かす。
『申し訳ございません。私としては、一度きりのつもりでしたので、そちらの要求にはお答えしかねます。』
そこまで打って、いざ送信ボタンを押そうと思うと、指が直前で止まる。あと数ミリ。数ミリ押し出せば、終われるのに。
こういう時に限って、私の指は突っ張って、後数ミリを勝手に動かしてくれはしなかった。痙攣どころか、震えすらもぴたりと止んだ。
どこかで、まだ終わりたくないと思ってる私がいる。送信ボタンを押そうとすると手が止まり、代わりに文字削除ボタンを押そうとする手に迷いは生まれない。
そして、私は打った文字を全て消し、代わりに文字を打ち直した。
『……少し、考えさせてください。』
それだけ打って、スマホを閉じる。心の中ではもう決心がついていた。なのに、踏み出す勇気がまだ出ない。考えることなんてないのに、考えるフリをする。誰も見ていない2LDK。誰に向けるでもない、考える演技をした。
そうして、考えるフリをしてぼーっとすること数時間。
時間の感覚が、ふっと消える。時計の針の音だけが、部屋の中で小さく響いていた。
スマホの画面を下にして置いたまま、顎に手を当て、じっと天井を見つめたり、床を見たりの行動を繰り返す。
何も考えていないつもりなのに、頭の中では同じ言葉が何度もループする。
――やめたい。
――でも、やめたくない。
どっちを選んでも、きっと後悔する。そう思った瞬間、なんだか笑えてきた。自分のことなのに、どうしてこんなに他人事みたいなんだろう。
そして、私が考えるフリをして、3日が経った。ようやく、決断の連絡を送る。
『お返事が遅くなってすみません。まだ間に合うなら、やらせてください。』
そう送って、すぐにスマホを閉じる。しかし、十分とかからないうちに、返事が返ってきた。
『ご連絡ありがとうございます!もちろん、まだ間に合います!お引き受けいただけて本当に嬉しいです。社内でも皆、次を楽しみにしていました。詳細なスケジュールや手続きについては、改めて明日メールでご案内いたしますね。まずは、お気持ちをいただけたことに心から感謝いたします。今回も、素敵な作品をご一緒できるのを楽しみにしております!』
十分足らずでこの文章量を書いたということは、おそらく送ってすぐに読んだということなんだろう。渡邉さんは、そんなに私に期待をしているのか。そう思うと、プレッシャーを感じる反面、満足感も込み上げてきた。
それから、また打ち合わせをして、曲を選んで、配信した。
『「音の隙間に、呼吸がある。」ネギマの新曲『スポットライトの端っこ』、本日配信開始。前作とは違う静けさと痛みが、ここにあります。#ネギマ #新曲配信 #MoriMusic』
配信当日の通知の内容。相変わらず私を過大評価したような文字列に、出そうになるため息を必死に押し殺した。自分の意思で出して、それをきちんと売り出してくれているモリミュージックさんに、失礼な気がしたから。
二曲目の配信も、前回同様の大当たり。それどころか、前回の売り上げを大幅に上回る結果となった。おそらく、前回の大きな反響で、私を認知する人間が多くできたからだろう。そこから枝分かれするように人が人に勧めていき、ここでさらに売り上げを伸ばす結果につながった。
『二曲とも好き』
『さすがネギマ先生』
『神作すぎる』
『アルバム出して』
『サブスクとか作れば絶対儲けられる』
そんなポジティブな言葉の数々に、目眩すらしそうだった。一歩間違えたら、自分のことを下手に誇示してしまいそうになるほどに。でも、そうならなかったのは、私の底抜けの自己肯定感の低さのおかげだ。
どうせ、いっときの感情。みんな1ヶ月もすれば私のことなんて興味がなくなるし、離れてく。調子に乗ったら、痛い目を見る。だから、抑えなければいけない。
なのに、渡邉さんも、モリミュージックさんも、私に期待する。次を次をと話してく。いずれこけるのに、諦めない。一体どういうメンタルをしていたらそんなことが言えるんだろうか。不思議でならない。
『アルバム形式でまとめて配信しませんか?』
渡邉さんが、ついにそんなことを言い出してきた。ダメだ。潮時だ。終わらないと、苦しい思いをするのは私。そう、自分に言い聞かせているのに。なぜか、私の心は小躍りしそうなほどに高揚していた。
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