第15話バズ

 最近、作曲作業をしていたり、ギターを弾いていると、時折手が引きつる。疲れている状態で、さらに自分を追い込むようにギターを弾いているからか、腱鞘炎のような症状が出ている。

 演奏や作曲の時はもちろん、先ほどの文章を打つときも、指が突っ張った。

 病院に行くべきなのかもしれないけれど、日常に大きな支障は出てきていないし、腱鞘炎なら軽く休めればそのうち治るだろう。そう思い、その日は作業を中断した。

 それから休み休み曲を作っていても、月一で完成する作曲のペースは変わらなかった。

 家と会社の往復に、曲の投稿が追加される日々。そんな生活にも慣れてきた。

 コメントも2桁後半になりだしてきて、スマホが頻繁に震えるので、Me tubeの通知は切った。家に帰ってから、コメント1つ1つをきちんと読もうと思う。

 だけど、その通知を切っても、何度もスマホが震える。それは、母の連絡だ。

『元気にしてる?ご飯ちゃんと食べてる?』

『無理してない?体壊さないでね』

『年末年始以外にも帰ってきていいからね』

 どれも、私を気遣ってくれる言葉の数々。仕事の簡単な内容や、定期飲み会の話は簡単にしているが、毎晩作曲作業をしていること、ましてやそれをMe tubeに投稿していることまでご丁寧には話していない。

 ……自分の体が不調だということも。

 己の自殺のために曲を作っているから、曲調や歌詞がどうしても危うくなる。そんな曲を両親が聞いたら、きっと心配で押しかけてくるだろう。

『大丈夫だよ。ちゃんと食べてるし心配しないで』

『予定次第でそっち帰ってくるから』

 簡潔に返事をしてスマホを閉じる。年末年始やお盆には顔を見せているせいか、親がこちらに押しかけてくることは今のところない。連絡も欠かさず返しているので、両親も余計な迷惑はかけまいと、実家で静かに見守ってくれているのだろう。

 両親のことは嫌いじゃない。むしろ、感謝しているし、普通に好きではある。

 好きなのに、素直に頼ることができない。いや、好きだからこそ、頼るのが怖い。弱音を吐いて、見放されたり呆れられるかもしれない。そんな恐怖が、どうしても心を開くことを躊躇わせる。実際には、親に突き放されたことなんて一度もない。むしろ、私が何か頼ろうとすれば、嬉しそうに尽くしてくれた。いつだって私のことを最優先にして、愛情を注いでくれていた。

 それでも、その恩恵を自分が受けていいのかという気持ちが、胸の奥でずっと消えない。まともに友達も作れず、何かと心配ばかりかけ、音楽にのめり込んでからは経済的な迷惑までかけてきた。

 私は私のコミュニケーション能力のなさで、自分自身を「無価値な人間」とラベルづけてきた。自分ですら自分の味方をできない環境の中で、唯一私のことを認めて愛してくれた両親にこれ以上の迷惑をかけて見放されたら、いよいよ誰からも見てもらえないゴミ人間に成り下がる。

 連絡が来れば返すし、年末年始にはちゃんと顔を出す。でも、それ以上は踏み込まない。仕事のことも、音楽のことも、深くは話さない。そうして、私は両親との距離を、つかず離さずと保ってきた。

 そうして、両親からの連絡をかわしながら、相変わらずの日常を送り続ける日々を繰り返していると、目を疑うようなことが起きた。

 いつものように曲を投稿しようとMe tubeを開くと、今まで見たことのない数の再生数と高評価、そしてコメントの数。今までは多くても5万再生が限度だったのに、いきなりほとんどの曲が100万再生近くまで昇っている。

 何が起きたか分からずに、とりあえず一番再生数が高い、一番最初に誤爆した曲のコメント欄を開いてみる。

『haruさんの歌ってみたから来ました』

『haruには申し訳ないけど、本家の合成音声の方が好き』

『haruさんが気に入るのも納得!素敵な曲ですね!』

 新規の視聴者のほとんどが、この「haru」という人物から経由してきている。haruって誰だ、歌ってみたって何のことだ?そんな思考で頭をぐるぐると回転させる。

「あ」

 1つ、思い出したことがある。一週間ほど前に、私のpuwitterに、一件のDMが来た。

『はじめまして。突然のご連絡すみません。実はネギマさんの曲を「歌ってみた」として投稿させていただきたいのですが、著作権的にご迷惑がかからないか確認したくて……』

 DMの送り主はharuという有名な歌い手。投稿は1つも見たことはないけれど、度々街中でポスターだとかに登場しているのぐらいは見かけるぐらいの有名人だ。そんな人物からの丁寧すぎるほどの文面に、私は少し面食らった。わざわざこんな駄作に許可を取る必要なんてないのに。

 適当に文字を打ち込む。

『フリー素材みたいなものなので、好きに使ってください』

 送信ボタンを押すと、それでやり取りは終わり。向こうからの「ありがとうございます!」という返信をちらっと見て、特に気に留めることもなく、私はスマホを閉じた。

 そんなやりとりも、数日後には忘れてしまっていた。

 確かに相手は有名人だ。でも、こんな駄作を歌ったところで、別に私が注目されるなんて思ってもいなかった。全く予想もしていなかった展開に、やや困惑をしてしまう。

 puwitterでの評価はどうなっているのか、好奇心半分で見てみたら、案の定、私のハンドルネームが急上昇にランクインしていた。

「えぇ……」

 一体、こんな曲の何がいいんだろう。そんな疑問や、困惑はありつつも、心のどこかでは、認められたという高揚もあった。

 チャンネル登録者もその前までは数千人だったのに、いきなり数十万人まで増え、Me tubeの公式から、記念品が贈られた。

 段ボールの中から顔を出した銀色の記念品に、震える自分の指が反射していた。

 いきなり有名人の仲間入りをさせられたようで、嬉しさよりも不安の方が大きかった。見たことのない数のコメントは、すべてに目を通すことも難しく、次の曲への期待は大きなプレッシャーに変わる。有名税という言葉が頭をよぎり、この世界で本当に生き抜いていけるのか、恐怖さえ感じていた。

 それから何日か経過したものの、やはり注目される日々には慣れない。有名歌い手や、SNSを始めた有名歌手、その他のインフルエンサーから著作権の連絡が舞い込んでくる日々。1つ1つに返信するのが面倒で、puwitterに、自分の曲を歌うのに確認はいらないから、好きに歌っていいというつぶやきをして固定する。

 現実では、今まで以上に息を潜めて生活をする。幸い、どのSNSでも顔を出してはいなかったから、会社の人や同級生、両親にも私が「ネギマ」だということはバレていない。曲も、合成音声に歌わせているので、自分だということがバレることはないだろう。

『アルバムとかは出さないんですか?』

『布教したら友達もハマってくれました!』

『CD出してくれたら学校の放送で流したいです!』

 どんどん私を有名人に仕立て上げようとするコメントに、私はどう反応したらいいか分からず、ただ眺めるだけで終わった。

 そうしてスルーをし続ける日々にも、早々に終止符が打たれてしまった。

 また、一件のDMが入ってきた。固定のつぶやきを作ってからは、著作権の連絡はこなくなったから、今回はファンの直接のメッセージだろうか。そんなことを思いながら、DMを開く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る