第13話誤爆
「だめ、これも没」
1つとして、自分の死に相応しい一曲はできない。毎日、毎日時間さえあれば作業をして、1ヶ月に一曲のペースで出来上がっている。量をこなしているわけじゃない。質にも十分拘っているつもりだ。必死に作業をしていたら、いつの間にか一曲完成している。
作った曲は、一応削除せずに自分のパソコンのフォルダにしまっている。日に日に膨れ上がっていくフォルダの内容。その全部が、駄作と考えると、なんだか虚しい気持ちになってくる。
「……もう寝よ」
気づけば時刻は日付を超えて午前1時。あくびがこぼれてきたし、明日も仕事なので、大人しく寝ることにした。
どうしたらいい曲を作れるんだろう。そんな悩みは、一瞬自分の脳内に浮かんだが、睡魔に勝つことはできず、私は夢に意識を落とした。
そうして社会人としての日々が過ぎていき、この生活にも慣れてきた。
毎日同じ時間に起き、歩いて会社まで向かい、仕事をこなして、歩いて帰る。帰ってからは作曲作業。
業務内容はそこまで複雑じゃない。データ入力と楽曲の整理、余った時間で簡単な雑務。ほとんどが定時で終わるほどの作業量で、残業になったとしても1時間かかるかかからないかぐらい。
ブラック企業で溢れかえるこの日本では、なかなかの優良企業だと思っている。
定期的に行われる飲み会さえなければ、私にとって理想の会社なのだけれど……。
「カンパーイ!」
月に一度の定期飲み会。社会人生活の中で、唯一の不満だ。
はやく帰って作業したい。そんな思いを飲み込んで、とりあえず和を乱さないことに専念する。なるべく辛気臭い雰囲気を出さないように、愛想笑いを浮かべながら、零れそうなため息を、お冷で流し込む。
嫌なら来なければいい。そういう人もいるのだろう。断れるものなら断りたい。この場を楽しめるだけのノリも、嫌なことをはっきり言えるだけの積極性も持たない私だから、必死に息を潜めるしかない。
「蒼葉さん、飲みたいものある?」
「あ、じゃあ烏龍茶を……」
「はいよ、すみませーん!烏龍茶1つ!」
また優しい先輩のお世話になりながら、2時間上手くやりすごす。酔っ払ってフラフラな上司たちを尻目に、早歩きで家に帰った。
本当に、「とりあえず生で」という文化を作った人間を呪いたい。あれのせいで、必ず1杯は酒を飲む羽目になっている。別に、お酒に特別弱いという訳でもないので、構わないけれど。
家に帰り、寝る支度だけ済まし、睡魔が来るまで作曲作業を行う。コツコツと時間のある限り音を組んで、またひとつ曲が生まれた。
――でも。
「没。」
その曲が向かう先はフォルダの中。失敗作の掃き溜めに、またひとつ失敗作が積まれた。
ひと段落ついて、眠くなったので、枕に頭を思いっきり押し付ける。
「はぁー……」
飲み込み続けた一日分のため息が、私の部屋に放たれる。弱音を吐くほど苦しくもないけれど、成功はしていない。何もかもが中途半端で、虚無感だけが残る。
なんとかなる。そういう気持ちで生きていかなければ壊れてしまうけれど、漠然とした不安は残り続ける。その不安をどうすることもできないまま、私はまた夢に身を落とした。
そして、生活に支障が出るほどでは無いが、なんとなく頭から離れないこの不安を抱えて生きて、約3年が経とうとしていた。
社会人生活3年目。これまで大きなトラブルはなく、大抵が内々で解決できるような小さなものだった。
仕事でのミスもほとんどなく、データのズレが起きていても早期に発見できて、すぐに修正できた。
飲み会では相変わらず息を殺して、その場の空気になり、大したいざこざは作っていない。
曲は相変わらずいい出来のものが作れない。なんだか音が単調なような気もすれば、歌詞とメロディが上手く合わない時もある。
納得のいくものが作れないことに対する苛立ちからか、音を入力する手が重く感じる。年齢のせいもあって、少し疲れも溜まりやすくなってきたかもしれない。ギターを弾く時間も、学生の頃と比べたら格段に少なくなった。
いっそ、音楽から1度離れた方がいいのだろうか。ただがむしゃらに作っていても、結局何も変わらないのだろうか。
そんな気持ちになりながらも、きっと離れることなんてできないと諦める。音楽以外のものには一切の熱も注げなかった私なのだ。家に帰って、何をしろっていうんだ。
強いて言うなら読書は好きだけど曲を作り出してからはそっちの方が好きになった。きっと読書をしていても、ギターやパソコンが目に入るたび、ソワソワして内容なんて入ってこない。
私はその後も曲を作り続けた。失敗作ばかりが毎月私のフォルダを埋めていく。時折、ギターだけを弾いた数時間ほどの動画も、そこに放り投げられていく。
失敗に失敗を重ね、成功の兆しなんて1ミリも感じない。私の胸を刺激するのは、ただの不安だけ。心がすさんでいく感覚に、私は漫画の主人公のように抗うことはできなかった。
そして迎えた何回目かの飲み会。今日は定期飲み会と、会社の売り上げが過去最高になったという祝いの場を兼ねて開かれた飲み会だ。
社長や部長などのお偉いさんたちが、今日はいつにも増してはしゃいでいる。私も嬉しいことには嬉しいが、頭の中は音楽のことでいっぱいだった。早く帰って作業をしたいけれど、作る曲がまた不良品になるかもしれないという恐怖が、頭の中を支配する。
「今日はお祝いだね!」
隣で優しい先輩がそう声をかける。不安に悪くなりそうな目つきを、なんとか愛想笑いで誤魔化して、頷く。「何か飲む?」という問いかけに対し、首を縦に振って、私は梅酒をもらった。
しばらくもらった梅酒を眺める。水面に浮かぶ自分の顔が、どうしようもなく惨めに見えた。
――なんかもう、どうでもいいか。
ほぼ自暴自棄になっていた私は、一気にお酒を喉に通した。梅の爽やかな酸っぱさと、アルコールの匂いが、味覚に刺さる。普段ちびちび飲んでいる私の姿を知っている先輩は、少しだけ不安そうな顔を浮かべてこちらをみていた。
「だ、大丈夫?そんないきなり飲んだらあぶな……」
「……っと」
「え?」
「もっと、お酒持ってきてください。大丈夫なので」
酔いが回っていないにも関わらず、愚かな選択をとった私。気味が悪いほどに冷静な頭で、 バカの発言をしていた。
先輩は、最初は説得しようとしてくれていた。でも、私はことごとくそれを突っぱねた。今は、何も考えたくない。自分は失敗していると、思いたくない。全てを、酒に沈めたい。たったそれだけの浅はかな考えで、私は自分の脳と肝臓を犠牲にした。
その日私はいろんなお酒を注文して飲んだ。ビールと、焼酎と、あと何か。もう思い出せない。いつもよりも沢山飲んだことだけ覚えている。
2時間後、飲み会がお開きになり、家路を辿る私の足取りは、ふらついていた。さすがにみかねた先輩が、タクシーを呼んで家まで送ってくれた。ひっく、ひっくと、しゃっくりをするたびに酒臭い息が鼻をつく。
「あざーす……」
ぼーっとする頭で先輩にお礼を言って、無事に自分の家に辿り着き、倒れそうになりながらもなんとかリビングまで辿り着く。
いつもの癖でパソコンを開く。でも作曲はせず、今まで作った曲を聞き返していた。まず、ついこの間できた最新の曲を聞いてみる。
「あれ、意外とこれいいな……」
聞いてみると、当時聞いた時に感じたような不快感はなく、思ったよりもいいものができていた。もちろん、完璧じゃないけれど。
眠くなってきたし、酔って頭もふわふわしたので、歯磨きだけしてベッドに転がり込む。お風呂は、今日だけは無しにしよう。明日朝起きたら入ればいい。
私は、そのままベッドで夢に意識を落とした。
その日の夢は、なんだか妙にリアルだった。舞台は自分の家。外は暗くて、でも、妙に周りがよく見えた。何かに導かれるように、パソコンを開く。まともに思考もしないまま、またあのフォルダを開く。
やっぱり、悪くない出来だと思う。
「これ、夢だもんね」
別に深い意図があったとかじゃない。なんとなく、興味本位みたいなもので、私は普段見る専に使用しているSNS「Me tube」に、自分の曲を投稿した。
だって夢だもの。何をしたっていいんだから、普段やらないことをやったっていい。それで、何か影響があるわけじゃないんだから。
「……ん」
気づくと外は明るくて、カーテンの隙間から光が差し込んでいた。二日酔いで頭が痛む中、ゆっくりと体を起こし、スマホを開く。
ホーム画面には、メッセージアプリに公式アカウントからのメッセージが数件と、普段よく使う店の公式アプリの情報がいくつか。変わり映えのしない無機質な通知に、唯一、異質なものがあった。
『この曲、すごく好きです。次の投稿も楽しみです』
よく見ると、Me tubeからの通知だった。でも、こんな類のメッセージが送られた経験もなければ、送られる心当たりもない。
とりあえずその通知をタップして、アプリを開く。すると、1つの動画に飛び、コメント欄に先ほどの文字がそのまま書かれているのが目に入る。
動画の音声が、そのまま頭に流れてくる。妙に聞き覚えのあるその音声の正体に気づくのに、さほど時間はかからなかった。
「私の……曲?」
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