第10話上半期作品講評会
それは、上半期作品講評会。入学してから数ヶ月間、この学校で教わったことを活かして、一曲作り提出するという課題だ。私は、必死に教わった技術を活かして、曲を作った。歌詞も、この課題のためにひたすら言葉を選んだ。
そして、提出期限までになんとか完成し、提出が終わった。
一週間後、課題の評価が返ってきた。震える手で評価シートを開く。
『テクニックは◎。授業で教えたことをきちんと生かすことが出来ている。しかし、教えられたことに、忠実になりすぎ。蒼葉さん自身の個性が出ていない。』
達筆な文字で書かれた総評に、膝から崩れ落ちそうになる。みんなも少し厳しめの評価を貰ったのか、残念そうに嘆いている。
「お前評価どうだった?」
「表現激しすぎだって。楽器の主張が強すぎて、歌詞が潰れてるって書いてある」
「私は甘ったるいって書かれたー。恋愛ソングだということを差し引いても、もう少し控えめの方が映えるってー」
無個性で、真面目すぎる私からすれば、自分の思うままに表現して、それを指摘される方が羨ましく思える。
「みんな評価シートは貰ったな?下半期作品講評会はその反省点を踏まえた上で作ること!それじゃ、今日はここまで」
「ありがとうございましたー」
先生の言葉を合図に、みんなで挨拶をする。評価シートを家に持ち帰って、ひたすら楽器とパソコンに触る。
個性……個性ってどうやったら出せるの?私ってどういう人間なの?何も分からないまま、ただがむしゃらに音を繋げた。
聞けば聞くほど、味がないように思えてならない。つまらない。駄作だ。
心を落ち着かせるために、好きなアーティストの曲をかける。しかし、それすらも私を責めたてているように聞こえる。全てが私を追い詰めて、息が苦しくなってしまう。
「どう……したらいいんだろう」
あんなに大好きだったギターの音も、必死に作ったメロディも、辞書がボロボロになるまで探し当てた言葉たちも。全部、全部、味を失ったガムみたい。
悔しい。こんな評価を受けてしまうほど、自分の曲に味を出せない自分が、とても、悔しい。
これが、スランプというやつなのか、それとも、ただ単に技量不足なのか。教わったことはちゃんとできていても、センスがなければいいものは完成しない。
たしかに私の曲は、自己満足だ。誰かに聞いてもらうわけでも、作曲1本で食べていく気もない。でもこの評価は、素人の私が自惚れて下す判断よりも、ずっと正確なものだ。
「う……うあああ!」
誰もいない自宅で、大声をあげてギターの弦を思い切り弾く。
乱雑な音が部屋に響いて、溶けていった。
普段、あまりこうやって大声をあげることがなかったから、息が上がってしまう。こんなふうに癇癪を起こしたことなんて、幼稚園の時ですらほとんどなかった。物心ついた時から、あまり叫んだり泣きわめいたりすることはなく、両親から「手のかからない子だった」と何度も言われた。
まさか18にもなって、こんな幼稚な癇癪を起こすなんて、思ってもみなかったけど。
「癇癪……か」
少し、思いついたことがある。やってみるだけの価値はあるだろう。
私は次の日の学校帰り、思い切ってカラオケに寄った。バンド用のスタジオルームを借り、ギターをかき鳴らしながら、自作の歌詞を叫ぶ。
映像も、BGMも消した部屋には、ただ私の声とギターの音だけが響いていた。
「ウェッ、ゴホッ……」
曲を終えた途端、むせ返り、荒い息をつきながらギターを壁に立てかける。体力はごっそり奪われたけれど、逆に頭は冴えていた。
――感情をさらけ出すこと。それが曲に個性を与える。
私は今まで我慢ばかりしてきた。迷惑をかけないように、目立たないように。だから我を張る方法をすっかり忘れてしまっていたのだ。
小さい頃から、欲しいものも、わがままもなく、親に心配されるくらいおとなしかった。誕生日やクリスマスにもらうのは、スーパーに並ぶ普通のお菓子。それで十分幸せだったし、友達を作るために流行を追う気力もなかった。
気づけば、私は「無価値な人間」と思い込むようになり、せめて迷惑をかけない生き方を選んでいた。
でも――。
感情を叫んだこの瞬間、幼稚に見えるほどの無遠慮さこそが、私に必要なものだった気がした。
それから数ヶ月間は、教わったテクニックよりも、自分の感情を優先して曲を作った。叫んで、泣いて、笑った。今まで作った曲よりは抑揚が生まれたけれど、なんともいえないものばかりが出来上がった。
「なんで……なんでうまくいかないの」
自分は才能がないんだ。感性は勉強して手に入れられるものではない。やっぱり、私に音楽なんて似合わなかったんだ。でも、今更似合わないってわかったところで、逃げられない。やるしかない。これから私は、ずっとどうしようもないものばかり作って、ろくに評価もされないんだ。
そんな絶望ばかりが押し寄せてきて、ギターを持つ手が緩んできた。やがてギターはするりと指から抜けていって、床に無機質な音を立てて倒れる。その動きをなぞるように、床に倒れ込んで、私は眠りについた。
次の日曜日、私は作曲教室に向かって、先生に相談をした。
「先生。私の曲は、つまらないですか?」
「……どうしたの?」
そんな会話から始まり、私はことの経緯を説明し、これまで作った自分の曲を聞かせた。
「うーん、そうね、凪音さん、少し中途半端なんじゃない?」
「中途半端……?」
「いまいち感情が出しきれないのに、感情的に歌おうとするから、納得のいかない出来になるんだと思うの。きっと、個性がないって評価されていた時の曲の方が、今作っているものよりも、マシって思ってるんじゃないかしら?」
先生の言葉に、何も返せなかった。正直にいえば図星だ。私はあの日の作品の方が、今よりもずっといいと思っている。
「凪音さんは静かな性格だものね。感情を出すにしてもぎこちなくて、でも個性を出すには感情を出すのがいちばんの近道。このジレンマがきっと、凪音さんの曲が殻を破りきれない原因だと思うの」
「私……どうしたら?」
「感情を無理に外へ出そうとするんじゃなくて、あなたにとって自然な形で音にしてみたら? たとえば、静けさや小さな声、細やかな変化も立派な感情表現よ」
先生のその言葉は、ストンと胸に落ちるようだった。
そうだ。これまで私は、感情を表すには外へ向かって叫ぶしかないと思い込んでいた。言葉で人に伝えるなら、それが一番わかりやすいのかもしれない。けれど、自分の中で静かに沸き上がるものを、そのまま音に変えてみれば――それこそが、私だけの個性になるのかもしれない。
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