第9話機会
そして私の専門学生としての生活が幕を開けた。
学校の場所が変わっただけで、私の目に映る景色は何も変わらなかった。同級生たちはすでに友達を作っていて、楽しそうに話して、青春を謳歌している。私はそれをただただ傍観して、暇な時は曲を作るか寝るふりをしている。良くも、悪くも目立ちすぎない生活。透明人間のような、空気のような日々。
そんな何も変わらなかった日々が、歪みかけた瞬間があった。
「ねぇ!あなた、お名前は?」
教室でパソコンと睨めっこして、音楽を作っていると、不意に頭上から明るい声が聞こえてくる。これだけの至近距離で聞こえているのだから、おそらく私に向けられた言葉だったのだろう。
ゆっくりと顔をあげると、丸いキラキラとした瞳で私を見つめる、ポニーテールの女の子がいた。
「え、えっと……蒼葉、凪音です」
「蒼葉さんだね!もし来週の日曜、予定とかなければ、学科のみんなでご飯にでも行かない?」
その日はちょうどバイトも、作曲教室もない。正直こういう付き合いは得意じゃないけれど、下手に断って亀裂を生むぐらいなら参加した方がいいかもしれない。
「あ、予定、ないです……参加します」
「ほんと!?良かった!あ、私鈴木っていうの!よろしくね!」
鈴木さんは、明るくて、優しい人だ。私の小中学生の時によくグループワークでお世話になっていたタイプの子たちとよく似ている。気遣いで声をかけてくれている。それだけだ。
次の週の日曜日、私は学科のみんなの輪に混じって、ファミレスのパーティールームに入った。異様に広い部屋で、みんなテンションが上がって、次々に席を陣取っていく。結果的に私が座った席は、入り口近くの端の席だった。
みんな楽しそうに何か会話を交わしている中で、私はサラダの取り分けも、注文の代理もせず、ただチビチビと運ばれてきた料理とジュースを口にする。たまに話を振られたら、適当な愛想笑いを浮かべて、やんわりと答える。こういうタイプの人間は特別好まれないということはわかっているものの、正直自分にできることなんてこれで精一杯だった。
楽しいわけでも、辛いわけでもない。虚無としか言い表せない時間を過ごし、数時間後、解散になった。
家に帰り、歯だけ磨いて自室のベッドに倒れ込む。ただ学科の人たちとご飯を食べただけなのに、どっと疲労が押し寄せてきて、一日分のため息がこぼれる。
お風呂に入らなきゃいけないけれど、正直これ以上体を動かすのも億劫で、気づけば眠りについていた。
……やっぱり、私に友達作りは向いていないかな。
あのご飯の日にすら誰とも喋らず、それ以降も誰とも連絡をとっていない私は、結局専門学校でも1人音楽制作に熱中していた。
学校内のサークルにも所属せず、家と学校とバイト先の往復。何気なく、これまでと大して変わらない生活が続いた。
そして専門学生としての生活が始まって、数ヶ月が経過。新しい環境にもさすがに慣れ出したころ、私は新たな壁に直面していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます