第2話音圧との出会い

 そうしてまた似たような一日を繰り返すこと一週間。気づけば夏休みは最終日になっていた。一日ゆっくりできる日がまたしばらくないと思うと、少しばかり名残惜しい。といっても、クラスメイトのみんなほど嘆いてはいないが。

「凪音ー、ちょっとおいで」

 寝室でしばらくぼーっとしていれば、仕事から帰ってきた母に階段の下から呼ばれた。素直に部屋を出て、階段を降りると、母はリビングに歩いていく。それについていくと、リビングのソファの上に、私の顔よりふた回りほど大きいプレゼントボックスが目に入った。

「凪音明日誕生日でしょ、これ、プレゼントね。あなたいつも欲しいものないっていうし、勝手に私の方で選んじゃったけど。」

 そう言われて渡されたプレゼントボックスを開けてみると、ワイヤレスヘッドフォンが入っていた。いかつすぎず、安っぽすぎず、つけて歩くのにちょうどいい大きさと重さのそれを手に取った。

「有線のものだとコードが引っかかったりして危ないし、最近こういうワイヤレス?っていうのが多いんでしょ。せっかくだしちょっといいやつ買ったから、大事にしなさいね」

「……うん、ありがとう」

 しばらくぼーっとヘッドフォンを眺める。黒色のシンプルなデザインで、いくつかボタンがある。おそらく、電源ボタンと、音量調節ボタンだ。いちいちスマホを出さなくてもここで音量を変えられるのは便利だ。

 プレゼントボックスをきれいにたたみ、ヘッドフォンを自室に持っていくと、早速スマホとのペアリングを始める。電源をつけて、説明書を読みながら設定を進めていく。とりあえずペアリングが完了し、早速ヘッドフォンを装着し、普段音楽を聴いているサブスクからお気に入りの音楽を流してみる。

 問題なく音は流れるし、むしろイヤホンよりずっと音質がいい。

「でも……ちょっと物足りないな」

 普段イヤホンで聴いている音量だと、歌詞やメロディははっきり聞こえても、少し音が小さく感じた。

 少し音量を上げてみた。カメラのピントが合うかのように、音の輪郭が少しずつはっきりしていく。しかし、満足するところで止めればよかったのに、なぜかさらに音量を上げてしまった。

「うわ、うるさ……」

 確かに、最初はそう思った。でも、だんだんとそのうるさいぐらいの音圧が、心地良く思えてきた。音量を上げた瞬間の殴られるような耳の痛みの後に来る、強い音圧に押しつぶされるような感覚が、逆に安心感をくれた。頭が痛くなるほどの音の群が、私の意識を徐々に奪っていく。その時のぼーっとする感覚が、風呂場でのぼせている時の、あの死んだ気になっている時とどこか似ていた。

 このまま、音圧に押しつぶされて死んでしまえたら、どんなにいいだろうか。本気で、そう思った。風呂場でのぼせていた時とはまるで違う。死んだ気になるのじゃ足りない。本気で、私は音にこの命を奪い去って欲しくなってしまった。

 もしも音圧に殺されるのなら、私は私の好きな音楽で死にたい。でも、いつも聴いているお気に入りの音楽たちでは、死にたくない。私の大好きなアーティストさんたちの奏でるあの音楽は、私のことを認めてくれて、そっと励ましてくれる、そんな優しい曲たちだから。そんな素敵な曲たちに、私を殺すなんて役目、絶対に背負わせたくない。

 そうしてあれこれ考えた結果、私が辿り着いたのは、自分で曲を作ると言うことだった。自分の好きなリズムで、自分の好きな音で、自分の好きな歌詞で、この人生の幕を閉じよう。そう思った。それが、私の作曲家人生の始まりだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る