第3話 野望、再び
――この子はまさに魔法に愛された子! 神童だ!
アルバート・フォン・クロンシュタットの才能の深さは、自身も名の通った魔法使いであるクロードの血を大きく沸き立たせた。
だが、その喜びはあっという間に打ち砕かされる。
「ごちゃごちゃとわかりにくい説明をするな!」
高度な理論を教えようとした瞬間、アルバートの表情が嫌悪で歪んだのだ。
その才能に比べると、本人の学習意欲はとても貧しいものだった。
高い才能ゆえにアルバートはあっという間に簡単な魔法をマスターし鼻を高くしたが、それ以上への背伸びは興味を持たなかった。同世代たちよりも少し高い位置をキープし、労せず見下すことに喜びを覚えていた。
(なんともったいない!)
手を伸ばせば、いくらでも高みの果実を得ることができるのに!
彼の才能をどうにか伸ばしたいと考えたクロードは少年の才能を伸ばそうと必死に言葉を尽くしたが、そのたびに暴言を吐かれ、時には物を投げつけられ――
やがて、諦めてしまった。
情熱も希望もとうの昔に失い、もう家庭教師としての責務を無気力に果たすだけの日々を送っていたら――
「もっと高度な授業をしてくれないか?」
アルバートが、急にそんなことを言い出した。
一瞬、クロードは魔法使いとしての喜びを覚えかけたが、その感情の高まりにすぐ蓋をした。
(しょせん、気の迷いよ)
あるいは、タチの悪いイタズラか。
気持ちを奮い立たせて答えたとしても、必ず手痛いしっぺ返しを食うだろう。そう予見するほど、クロードのアルバートへの気持ちは完全に冷めていた。
そうやってやり過ごして数日が過ぎ――
クロードは、困惑していた。
授業における、アルバートの態度が完全に変わってしまったのだ。
(お坊ちゃまが……こんなに真面目に?)
授業中の集中力が、段違いだった。メモを取りながら、真剣に話を聞いている。質問も的確で、理解度も驚くほど高い。
言葉遣いも、貴族の範疇において、とても常識的かつ丁寧な物腰だ。
集中力ゼロで話半分に授業を受け、暴言を吐きまくっていた人物とはまるで別人だ。
彼の変化は授業中だけではない。
メイドたちからもこんな話を聞いた。
「最近、坊っちゃまはずいぶん優しくなった」
「『ありがとう』って言われた! 今まで言われたことないのに!」
「あ、私も! たいしたことしてないから、逆に恐縮しちゃった!」
「いつも嫌な目つきだったけど、表情が急に柔らかくなったよね」
「頭でも打ったのかしら?」
「もうずっとあんな感じだったらいいのに!」
人が変わったようなアルバートの様子は、すでに屋敷中で噂になっていた。
これでもまだ罠だろうか?
うっかり信じた相手を嘲笑うための?
いや、アルバートは悪知恵の働く子供だが、これほど何日も自分ではない何かを演じられるほどの根気強さなど持ち合わせていない。
この変節は、本気と思って間違いないだろう。
その事実を確信すると、クロードは、胸の奥で何かが熱くなるのを感じた。
(今ならば、私の夢見たものが手に入るかもしれない!)
それは『最強の魔法使い』をこの手で作ること――
その夢は魔法に関わったものとして、『そこそこ優秀』で終わってしまったものとして、究極の願いだ。
最初にアルバートの天賦を見たとき、クロードの胸には己の手で『魔法の権化』を育みたいという野望が確かに燃え上がっていた。
消えかけた炎が今、再び燻り始めている。
(ふはははははは! その夢が、再び!)
貴族の子供に対するお上品な教育などではない――
本当の、魔法狂いの人間の教育というものを叩き込んでやろう!
クロードは口元に、上等な肉を見たときのような笑みを浮かべた。
「アルバート、よかろう。お主に魔法の真髄を叩き込んでやる!」
クロードの口元に、肉食獣のような笑みが浮かんでいた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
クロードに『高度な授業を!』と懇願してから1週間後――
「坊っちゃま、先日、授業のレベルを引き上げて欲しいという気持ちを教えていただきましたが、それは今でも変わりませんか?」
おっと、きたきたきたきたきた!
ニヤニヤしてしまいそうなのを必死で抑える。
こういう切り出し方は、そうだよな?
「もちろんだ。僕は僕の限界を知りたい。これでは満足できない」
「オホッ!」
喜びの声がクロードの口から漏れる。
そして、爛々と目を輝かせて言葉を続ける。
「いいでしょう。それでは、今日より講義の難易度を上げます。わからない部分もあるでしょうが、適宜ご質問をお願いします」
「わかった」
俺は小躍りしたい気持ちを抑えつつ、尊大に首肯した。
やった!
最初の関門を突破だ! コツコツと積み上げた信頼が役に立ったぞ。クロードの授業に打ち込み、古代魔法を習得するための実力をつけるとしよう。
全ては計算通りだが――
なーんか、やたらとクロードの目の輝きが怪しすぎるのが気になるな……。鼻息も妙に荒いし。
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