推しの更新が止まったので、人間を狩ります

御金 蒼

推しの更新が止まったので、人間を狩ります

 吸血鬼といえば、貴方は何を想像します?


 血がご飯。

 ほぼ不死身。

 お日様苦手。

 ニンニク苦手。

 コウモリになる。


 そんなお伽話のよう存在が、本当にいるんです。

 例えば、カクカクシカジカな事情により日本在住の由緒正しき高位吸血鬼ノスフェラトゥ、スフレ=フォン=ベルフィーヌ嬢とか。


 現在、中をフワモコにしたお気に入りの棺桶の蓋を開けっ放しにして、中で血も飲まず朝陽を浴びて力尽きているが……。


「お嬢様ぁぁぁぁあああ!?」


 彼女の身の回りの世話をする(※外見だけ)若き執事、ジルは心臓が飛び出す勢いで叫び、急いで部屋のカーテンを閉めた。

 流石に日光をちょっと浴びたくらいで即死はしないが、長時間浴び続けるのは宜しくない。


「知らない本が増えてる!! また買ったんですか!?」

「んにゅ………………くーzzzz」

「いや起きましょうよ! 今起きる流れでしたよね!?」

「……んぅ、しんかん」


 思わず、ジルは埴輪のような表情になる。


「次の新巻出るまで……寝る」


 棺桶からはみ出ている大きな枕に顔は埋まったまま。

 見えている薄桃色の頭だけが小さく揺れる。


 付き合いがもう200年にも及んでいるジルは、声で分かる。

 死ぬほど落ち込んでいると。


「面白くなかったんですか?」


 ビシリッ、と。ジルの頬が切れ、背後の壁にも亀裂が入った。

 ジルも吸血鬼だ。頬くらい秒で治る。

 しかし、壁は直らない。


「面白くない本など無い」


 相変わらず顔を上げないスフレ。

 しかしその片方の肘から上だけは上がっており、人差し指がピンと真っ直ぐ一本、斜め上を向いている。

 丁度、亀裂が入った向き。


「全世界の筆者に謝って」

「はい、ごめんなさい」


 例え、10代前半の小さな見た目だろうと。

 昨日から着たままのゴスロリ風ふりふり黒ワンピのままであろうと。

 飲まず食わずで読書に徹夜で没頭していようと……。

 階位が違い過ぎてお話にならないジル芋虫は、正座して静かに頭を下げた。


「ねぇジル、聞いてくれる?」

「はい、何なりと」

「書籍化してるお気に入りのWEB小説がね」

「はい」

「更新、止まったの」


 ━━うわぁ……推し連載停止ショックだったかぁ。


 ジルは顔色を青くする。

 同じ事が、既に何回かあったのだ。


「だからね……栄養補給しようと思って」

「お嬢様、栄養はちゃんとご飯でとりましょ?」


 赤ワインのような血液の入ったグラスが、スフレの手の届く位置に置かれる。


「━━とりあえず、WEBで摂取できない書き下ろしエピソードを補給しようと、本買ったの」


 ……が、スフレはグラスに手をつけない。

 見向きすらしない。

 話を続ける。


「書籍版も……神でした」

「さ、さようで……あの、ご飯どうぞ」

「私のご飯は活字。活字でなければ、栄養補給不可」


 ※ンな訳無い。


 ━━今回、ヤバい。


 ジルは両手で顔を覆って天を仰いだ。


 ただでさえ、WEB版でだけでもハマって満足していた作品が、書籍版も読破する事により余計にハマり、応急処置的な栄養補給では欲求を抑えられなくなった。


 それが、スフレの言い分である。


「……感想欄にね、要らないコメント書いた人が居たんだって」

「へ、へぇ〜」

「それでね……作者さん、書く気が無くなっちゃったんだって」

「びょ、病気とかじゃ無くて良かったのでは?」


 ビキィッ。

 壁、本日2回目の悲鳴。


「毎日更新が、週一になって。

 週一が月一になって。

 そして三ヶ月、更新が止まって。

 それで『良かった』?」


 ━━わぁ、この温度差、南極とマグマ……。


 吸血鬼の時間は、ほぼ永遠。

 そして大体が暇を持て余す超上流階級に巣食っている。

 そんな彼女等だからこそ、一度何かにハマると極める。

 金も時間もある羨まし過ぎるライフスタイル。

 故に、ハマっている対象を極められない状況(※満足するまで極めた場合は除外)━━ただ待つは地獄だ。許容出来ない。


「コメント欄て、読み手が見れるとこは見れるでしょ?」

「はい」

「だからね、探したの」


 何を? コメント。

 スフレは棺桶の中からスマホを取り出す。


「見つけちゃった♡」


 ━━見つかっちゃったかぁ〜。


 ジルは額を押さえた。


「笑っちゃうよ。表現の自由と公害荒らし履き違えてんじゃ無ェよ……って」


 みしり。スマートホンから、鳴ってはいけない可哀想な音。


「別にね、自分が好きな作品、同じ温度で好きになってとか言わない。感じ方は十人十色だもん」


 読んでて何か引っかかる事があるなら、それを質問してみるのも良いと思う。

 苦手な表現あったなら、控えめに苦手って伝えるか、静かに離れたら良いと思う。


 可愛い声が正論を紡ぐ。


「でもね、


 人格否定の暴言の羅列は、人としてアウトでしょ」


 刃のように真っ直ぐな言葉。

 壁に入る亀裂など最早可愛いもの。

 心なしが屋敷が小さく揺れ始めている。


「お嬢様、お嬢様! 建物揺れてます!」


「面白い物にさぁ、『面白い』って事を相手が不快に思わないよう伝えるんで良いじゃん。好きな小説にさ『これ大好きです』って伝えるんで良いじゃん。『イチオシ! 貴方の作品が活力!』って、応援するのがウィンウィンな関係じゃん。


 ━━何でソレが出来ないかなぁ?」


「お嬢様揺れ!」

「…………ふぅ」


 ようやく静まる屋敷。

 胸を押さえてヘタリ込むジルにはコレと言って構わず、スフレは一旦、スマホを棺桶内の定位置に戻す。


「誰かが、悪い事や意地悪した訳でも無い人を傷つけてるとこって、見てて気分最悪だよね」


 ようやく、スフレの可愛らしい顔が上がった。


 長い睫毛。薔薇のような赤い瞳。

 桜の花びらみたいに柔らかな唇。

 そのミルク色の頬に掛かる髪を、そっと耳にかけながら、


「で、こんな書き込みした人間、狩ってきて。生捕りで」


 彼女は物騒な命令をした。


「コンビニでチキン買ってきてみたいなノリ!?」

「私のご飯にするから」


 ようやく、グラスをグイッと一気に煽ったが、これは数日ぶりの食事だ。小腹も満たされない。


「住所も電話番号も名前も顔も分かってる。Limeで送るね」


 悪質な書き込みをして吸血鬼に生き血を啜られるだなんて、誰が想像出来ようか。


 しかも、創作物でよくある牙を立てられても痛くない魔法の仕様は、現実には存在しない。

 皮膚と血管を注射や点滴など目じゃ無い太い歯でブチ破られて、血液があらぬ方に逆流するのだ。

『痛い』で済めば、だいぶ良い方だ。


「ううぅ〜、畏まりました。お嬢様の仰せのままに」


 部屋から出て行くジルを見送ると、少し機嫌が戻ったらしいスフレは、まだ読みかけだった小説を手に取った。


「待ってるよぉ……」


 白い指先がめくる頁の音が、決して大きくは無いのに響く。


「ゆっくりゆっくり、じわじわ味わって。私の娯楽を奪った時、何を考えていたのか、教えてもらうからね」


 きらきら星でも歌う子供のように。

 彼女の声は甘く、怖いほど優しかった。




*完*




あとがき


 面白そうな企画を目にしたこと。

 夢中になった長編連載が更新されず、とても寂しい気持ちになった事がきっかけで生まれた作品です。

 書き手の皆さま、推し作品の更新を待つ読者の皆さま。お互いにゆるやかに、でも前向きに楽しんでいけますように。

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