ボディメンテナンス師

@TKhurahura0606

ボディメンテナンス師

「いらっしゃいませ。本日はどうされましたか?」

「日ごろからお酒を飲んでてね、ちょっと肝臓が悪くなっちゃったからメンテナンスをしてくれないかしら」

「肝臓ですか…、状態確認は既に実施済みですか?」

「実施済みよ。確認の結果で修理が必要って表示されたから来たのよ」

「今までに肝臓の修理は行ったことありますか?」

「ずっと同じ肝臓を使っているわ」

「なるほど、それではまず受診票の入力をお願いします」


 僕が手のひらに乗るサイズの携帯端末を取り出しボタンを押すと、女性の目の前の空間に受診票の画面が表示される。表示された画面に対し女性は必要事項を入力していく。


「入力終わったわ」

「それでは今回は肝臓の交換でよろしいでしょうか」

「うん、もう思い切って交換しちゃおうと思って」

「そうですか、それでは肝臓を取り出しますのでメンテナンス室に移動しましょうか」


 先ほどまでいた相談室から出て女性をメンテナンス室へ連れていく。

 メンテナンス室のベッドに女性を寝かせ、肝臓の交換作業へと移る。


「それでは痛覚をオフにさせていただきます」


 遠隔操作により女性の痛覚をオフにし、ボディの肝臓あたりを切り開き肝臓を取り出す。取り出した肝臓の色は黒ずんでいた。先ほど確認した受診票では女性の年齢は五十二歳と書かれていたため、お酒を日ごろから飲んでいるのであれば年齢的に交換する時期としてはちょうどいいだろう…

女性に合うタイプの新しい肝臓を取り出しボディへ入れる。


「肝臓の交換が終わりました。交換した肝臓はこちらで処分させていただきます」


 そう声をかけると女性はベッドから起き上がった後、こちらにお礼を言い部屋から出て行った。

 仕事道具の片付けのために僕も部屋を一旦出ることにした。


「今日の仕事はこれで終わりか? 確かお前はこの後彼女と食事に行く予定があったよな。名前はなんだっけな…」


 先に仕事を終えていた父から声をかけられる。

時計を見ると時刻は十八時になっていた。


「きいだよ、舞浜(まいはま)きい。そうか、もうこんな時間か…、じゃあ食事に行ってくるよ」

「わかった。行ってらっしゃい」

「行ってきます」


 仕事が終わったので、僕が交際している彼女、”舞浜きい”とお寿司屋さんで待ち合わせているので、向かうことにした。

 お寿司屋さんへ向かうため、空中移動用の翼を背中に装着する。

 外へ出て助走をつけた後、空を飛ぶ。

 五分ほど飛行を続けると、目的のお店へ到着した。

 僕が到着した後、1分も経たないうちに彼女も空から降りてきた。


「仕事お疲れ様、ありがとう。仕事終わった後来てくれて」

「仕事で特にイレギュラーなことも起きなかったから全然大丈夫だよ。とりあえず店の中入ろうか」

 店内に入り事前に予約していた席へ座る。

「今日はお酒飲む?」

「少しだけ飲もうかな」

「今日終わり頃に来たお客さんが肝臓の交換に来たんだけど、ずっとお酒飲んでたらしんだ。僕は全然お酒飲まないからなんでそんなに飲むのかよくわかんないんだよね」

「私はお酒好きだよ」

「多分、僕の脳はお酒を美味しいと思えないんだろうね。僕はお酒を飲まないから肝臓の交換をすることはないだろうな。旧時代ではお酒好きの人はボディじゃないから、交換できない肝臓で飲んでたって考えるとかなりリスクがあるよなぁ」

「お酒は美味しいけど、私は飲みすぎて気持ち悪くなるほど飲みたいとは思わないな。昔の人は替えが利かない身体でたくさんお酒を飲むなんてすごい無茶な楽しみ方をしていたものよね」

「もう百年以上前のことだから今の僕たちとは感覚が全然違うんだろうね」


 僕たちは過去の歴史をチップで学んでいる。

チップの情報はある一定以上昔のことに関しては文字だけで保存されており、映像としてチップに保存ができるようになってからは映像を脳に取り込むことで学習している。

今では考えられないが、過去の人類は身体を生まれたままの状態でずっと使用し続けていたというのだ。

“ボディ”と呼ばれる人工的な身体が生み出され、多くの人が生身の身体からボディへと移っていった。

現代ではボディがまだ存在していなかった時代を”旧時代”と呼んでいる。


「お寿司来たね」


 僕たちの席へ提供用のロボットがやってきた。

事前に注文していたお寿司のおまかせセットをロボットが運んできたので受け取るとロボットはまた調理室へと帰っていった。

 運ばれてきたセットは以下のようになっている。


前菜:ほうれん草のおひたし

握り寿司:マグロ(赤身)・中トロ・ハマチ・サーモン・エビ・イカ・アジ・ホタテ・ウニ・いくら

汁物:味噌汁

デザート:フルーツの盛り合わせ(メロン・桃・オレンジ)


「私、やっぱりマグロが一番好き。何回食べてもまた食べたくなるのよね」

「僕はサーモンが好きだな。油の乗ったサーモンはやっぱり美味しいと感じるよ。まぁお寿司はどれも美味しいけどね」

「うん、お寿司おいしいよね」


 ボディを使用している僕たちは基本的に”生命ドリンク”と呼ばれる飲料を一日に一リットル飲めば問題なく活動ができる。

“生命ドリンク”だけで済ませる人間もいるが、栄養とは別に味覚での満足度を上げるために様々な料理を口にしたい者も少なからずいる。

過去から引き継いできた遺伝子が食に快楽を求めているからなのだろうか。

または”生命ドリンク”だけでは刺激として満足できず、味覚に変化を付けて単調さを無くしたいからなのかもしれない。

 僕は握り寿司を食べ終わり、デザートに手をかけ始めた。


「このメロンも甘くて美味しい」

「食べるの早いね。私はまだお寿司が四貫残ってる」

「食べるペースは人それぞれだからね。自分のペースで食べなよ」

 食事はあくまで一緒に楽しむためのものだ。変に気を使ってほしくはない。

「─そういえばきいは今日何してたの?」

「ん? 私は家でサッカー見てたよ」

「そうなんだ。それじゃあ明日ちょうどお互い休みだし、サッカーの試合見に行かない?」

「チケットは取れるの?」

「ちょっと待って、今確認してみる」


 電脳世界に入るためにグローブとゴーグルを装着する。電脳世界と呼ばれる空間ではエリアが細かく設定されており、第二の世界として多くの人々が生活をしている。

 現実世界より電脳世界に滞在する時間の方が長い人も少なくはない。

 中にはグローブとゴーグルを必要とせずに電脳世界に入れるボディも開発されている。しかし、コストの観点からあまり普及はしていない。そのため、グローブとゴーグルは必須アイテムとなっている。毎回装着する手間を省いて付けたままの人も多い。

 ただ現実世界と電脳世界の区別をつけるため、僕はグローブとゴーグルを必要な時以外は外すようにしている。

ゴーグルを装着して見える世界は一面が青い世界だ。これは僕が自分のエリアを青い背景に設定しているためだ。

電脳世界では一人一人にエリアという住所のようなものが割り振られている。

 電脳世界はワールドと呼ばれる区画ごとに分けられている。自分のエリアはあらかじめ自動で割り振られるが、エリア移動を希望すれば条件が合い次第移動することができる。また、基本的に他のワールドへの移動は自由にできるようになっている。


 右手の人差し指を下に振るとメニュー画面が目の前に表示される。メニュー画面から”検索”の項目を選択しボタンを押していく。

 きいから見に行きたい試合を確認し、目的のチケットが入手できるかを検索して調べる。


「どうやらチケットはまだ売り切れてないようだ。じゃあ購入するね」

「ありがとう」

「せっかく”優先ポイント”稼いでるんだから使っていかないとね」


 現在、この国で仕事をしている人間は三割ほどだ。

 人工知能を搭載したシステムで整備されたこの世界では人間が全員働く必要はない。

 そのため、主にエンターテイメントに関わっている者や僕のような”国家指定職業”と呼ばれる職業についている者くらいしか仕事をしていない。

 仕事をしていることで受けられる恩恵は旧時代と違い金銭ではない。仕事の対価は”優先ポイント”(単にポイントと呼ばれることが多い)の付与となっている。

 “優先ポイント”の利用方法としては今回のサッカーの試合チケットの購入など用途は様々である。

 ただ、優先ポイントを保有していない者も基本的な生活は保障されているため、無理に仕事をする必要がないと考えるものも多い。電脳世界の利用は基本的にポイントを必要としないため、電脳世界に常にいるような人はポイントに興味がないのかもしれない。

 中には短期の仕事をして優先ポイントを得る人もいるが。


「サッカーの試合は夜からだから、昼は”人体博覧会”に行こうと思うんだけど一緒に行かない?」

「人体博覧会って仕事関係?」

「そう、生身の身体をいろいろ見てボディの改良に役立てようと思ってね。まぁ定期的に行ったりしてるんだけど。きいも一緒にどうかな?」

「私は一回も行ったことないからちょっと気になるかも」

「じゃあ、博覧会に行った後サッカーの試合を見に行こう」

「わかった」


 食事を終えしばらく世間話をした後、店を出てきいと別れた。

飛行して帰宅をすると、リビングでは両親がゴーグルを装着しながら談笑をしていた。


「ただいま」

「おかえり。お寿司屋さんはどうだった?」


 母はこちらに気づき、僕に返事をする。


「美味しかったよ。母さんたちもたまにはお寿司とか行ったらどう?」

「そうね、今度お父さんと一緒にお寿司食べようかな」

「その時は今日行った店の情報を教えるよ」

「ありがと。そういえば、きいさんとは付き合ってどれくらいになるんだっけ?」

「もう五年になるかな」

「結婚とかは考えてるの?」

「三十歳になってまだ交際が続いてたら結婚しようと思ってるよ」


 僕の年齢は二十五歳だ。

 結婚をする平均的な年齢は二十六歳らしい。結婚する理由としては子供が欲しいというものが一番多い。

 僕は今すぐに子供が欲しいとは考えていないため、急いで結婚をする必要はないと思っている。


「明日はきいと外に出かけてくるよ」

「わかったわ。お母さんはお父さんと北海道に旅行に行ってくるわ」

「ああ…、帰りにお土産買ってきてやる」

「楽しみにしてる」


 両親はまたゴーグルを装着し直し電脳世界へ戻っていったので、僕は自分の部屋へ行き明日に備えて早めに寝ることにした。


 翌日、人体博覧会の会場に到着するときいの方が早かったようでこちらを見て手を振っていた。

彼女と合流した後、そのまま会場の建物へと入っていった。


「ようこそ、人体博覧会へ! 人体博覧会についてはご存じでしょうか」

「知ってるよ」

「それでは説明は省かせていただきます。各エリアで説明役のロボットがございますので気になることがございましたらご質問ください」


 入口には中性的な顔をした人型ロボットがお出迎えをしてくれた。初めて来た人に向けて簡単な説明をしてくれるみたいだ。


「きいには僕が説明するからとりあえずどんどん見ていこう」


 そう伝え、近くから順に見に行くことにした。

生身の人体は人工ボディに切り替える際に本人の了承を取って、脳・心臓・生殖機能に必要な部位を取り出した後、身体を保存液に入れ保存されている。

生身の人体は年齢順に並べてあるため、まずは幼児から見ていくことになる。


「赤ちゃんの身体はあんまり見ることがないんだよね」

「確かに私もそんなに見たことないなー」

「赤ちゃんを基本的に外に出さないから、妹や弟がいないと中々見る機会がないよね。僕も仕事で扱うボディは基本的に生身の肉体から人工ボディに切り替える十歳以降の場合がほとんどだからね。生身からの移植は医師が行うから生身を見る機会ってこういうところに来ない限りないんだ」

「私が普段遊んでるちっちゃい子たちはまだ生身の子が多いのよね」


 きいは四~八歳までの子供たちのお世話を普段している。

 彼女が相手にしている子供たちは親がおらず、国の施設に住みロボットたちの元で生活をしている。

 子供たちが育つ過程で大人の人間と関わる機会がないのは望ましくないとのことで国は子供と一緒に遊んでくれる 人間を募集し、”交流者”としての仕事を与えている。

 乳幼児のゾーンから少し進むと旧時代での小学生前後の身体が展示されていた。


「きいが普段見てる子供たちと近い年齢だな」

「うん。今遊んでる子たちの大半はしばらくするとボディになっちゃうんだよね。いつも見てる子供たちも今は危なっかしいけど、ボディになったら丈夫だから安心できるんだろうなぁ」

「僕みたいなボディメンテンナンス師がいなかった頃は多くの生身の人の怪我を直すために病院がたくさんあったらしいね」

「今は生身の人が少ないから、ほとんど子供用って感じだもんね」

「きいは子供たちと普段はどんな遊びしてるの?」

「山頂まで歩いて登ったり、ボール遊びとかしてるよ」

「へぇ、けっこう活発に動いてるね」

「子供のころに生身でたくさん遊んで欲しくてね。ボディになったら感覚が変わっちゃうから、生身のうちにたくさん遊ぶように言ってるの」


 自分も子供の頃に友たちと生身の身体で遊んでいた記憶を思い出した。


「大人になると外出るのが億劫になっちゃうしね」


 懐かしみながら次のゾーン(旧時代での中高生)へ移動する。


「ここは僕たちの見た目と同じくらいの年齢だね」

「そうね、そういえば子供と大人の中間くらいのボディは使わないの?」

「僕の店では基本的には扱ってないね。単純にリスクを減らすためっていうのが大きいね。人工ボディへ移植する回数はできるだけ減らすために十四、五歳に一回だけ大人用のボディへの移植を行うのが一般的だね。身体に損傷がある人は例外的に二回移植を行ったりするけど、必要がない限り不要な移植は行わないって方針だね。移植時に失敗して死亡するケースもゼロではないわけだし」

「そっか、でもそう考えると体が年齢に合わせて変化していくっていうのは生身ならではの楽しさかもしれないね」

「そうだね。きいは”生身至上主義”の人たちのことは知ってる?」

「一応そういう団体があるってことは知ってるよ、そこまでよく知らないけど」

「そこの人たちは人工ボディへの移植を拒んで生身で生き続けてる。見かけるとすぐにわかるよ。まぁ今じゃ一万人に一人くらいって言われてるけどね」


 過去に生身至上主義の人たちがクレームをつけてきたことがあったので、個人的にはあまりいい印象を抱いていない。

 もちろん性格のいい生身の知り合いもいるため、人によるということはわかってはいるが… 

 さらに進むと年を重ねた三十代四十代の肉体が展示されていた。


「肥満の身体もあるな。顔も整ってないし、今じゃあまり見かけない身体だ」

「うん、なんかちょっと新鮮で面白いね」


 ボディを使用している人のほとんど全員顔が整っておりスタイルも良い。

人工ボディを選ぶ際は本人と親で相談して決めることが多く、基本的には見た目が良いものを選ぶため、旧時代で言うイケメン・美人のルックスでスタイルのいい身体ばかりが溢れている。

 ボディの種類は数多くあるが、美形の顔のタイプにも限りはあるので似たような顔の人間が多く存在している。ただ、パーツの組み合わせパターンは様々なため、よく見ると差別化された作りにはなっている。

 また、首の背面にタイプごとの番号が振られているため、タイプと番号で個体を区別することができる。

 稀に顔が崩れていたり体系が異様に痩せていたり太っていたりするタイプを選ぶ人間がいる。

 主にお笑い芸人と呼ばれる職種の人間だ。

 お笑い芸人は他人を笑わせるためにわざと崩れた顔や体系のボディを選ぶのだ。


「仕事でこういうボディも扱ったりするけど、かなりレアだね。きいはこういう見た目の人どう思う?」

「私は別にそんなに見た目は気にしたいかな。章介がこの身体でも多分好きになってたと思う。あと、私じゃなくても今はこういう変わった見た目の方が珍しくてモテるかもしれないよ」

「そういうものなのかな…、おっ、遂に高齢者ゾーンに来たね」

「わっ、皺がいっぱいだ」

「肌の老化で生身だとこうなっちゃうんだ」

「映像では見たことあるけど実際に見るとなんかすごいね」


 何がすごいのかはよくわからないが、映像とは違った印象を受けるのは確かだろう。

旧時代では皆が老化によってこのような見た目になっていたのだろう。


「人体の展示はこれで終わりみたいだ。次は臓器の展示に入るけど、きいは臓器みたいなグロいもの見ても大丈夫?」

「どうしようかな、あんまり見たくないかも…」


 彼女が見に行くかどうか迷っていると、遠くから爆発音が聞こえた。


「緊急事態!緊急事態!来客者はただちに建物から外へ避難してください!来客者はただちに建物から外へ避難してください!」


 館内に避難を促す音声が響き渡る。


「一旦、外へ出ようか」

「うん、ちょっとよくわかんないけど中は危険そうだね」


 館内から外へ出て建物から離れた後、しばらくすると空から武装した集団が向かってきていた。

建物付近に着陸した武装集団は次々と建物へ入っていく。

 この武装集団は旧時代で警察と呼ばれていた組織であり、現在では調査団として国や市民からの要請に応じてトラブルの対応を行う団体となっている。

 館内にいた人たちが近くに溜まっていたが、ロボットたちがもっと遠くへ避難するよう誘導し、それに従いそれぞれ飛んで行ったり歩いて建物から離れていった。

 僕たちも歩いてロボットから目を付けられない地点に移動することにした。


「ちょっとここから建物の様子を見よう」

「でも、避難するよう警告もされてたし、もっと離れた方がいいんじゃない?」

「僕と君のボディは他のものより丈夫にできているからよほどのことがない限り傷はつかないし大丈夫だよ。何もわからないままだとモヤモヤするし何が起きているのか確認させて欲しい」

「うーん、あんまりよくない気がするけど…」


 きいはあまり納得していないようだが、僕が動こうとしないのを見てあきらめたようだ。

 自分のボディには特殊仕様を施しており、目をいじることで設定を変え遠くのものを拡大して見ることができる。

遠方から入り口の様子をしばらく観察し、数分経つと突入した調査団の数名が外へ出てきた。


「ちょっと音声も拾いたいからこれを飛ばそう」

「なにこの蚊?」

「これは蚊の形をした集音機能に特化したドローンだよ。こいつを意識されないくらいの距離まで近づけて会話を聞く」

「それ普通に盗聴だから後で没収するね」

「大丈夫、こいつを使うのは緊急時だけだよ」


 強引に言い訳をしてドローンから音声情報を入手する。


(…っだ調査は続けろ!)

(床に穴が掘られているそうです!)

(中はどうなってる?)

(今数名が中に入って確認しております)

(どうやら臓器がいくつか盗まれたそうです)

(他に何か盗まれたものがないかチェックしろ!)


「どうやら臓器が盗んだ奴らが穴を掘って逃げたみたいだね」

「臓器を盗むってボディは心臓や生殖器以外の臓器は全部人工臓器を使ってるのになんで盗む必要があるんだろ?」

「生身の身体を使っているのかもね」

「さっき話してた生身至上主義の人たちってこと?」

「まだ情報が足りてないからわかんないけどその可能性はあるかもね。調査団が穴の中を調べるのには時間かかりそうだからもうここから離れようか」


 人体博覧会が回れなくなってしまったため、スポーツ観戦まで少し時間が空いてしまった。


「ちょっと時間ができたし、知り合いの所に寄っても行ってもいいかな?」

「別にいいよ」


 きいの了承が取れたので、知り合いの家に向かうことにした。

 彼になんとなく話がしたくなったのだ。


 移動をする前に、飛ばしていた蚊型のドローンを回収する。


「それやっぱり没収するね」

「いやさすがにそれは困る。これ自分で作ったんだけど、作るの結構大変だったんだよ」

「じゃあ絶対変なことに使わないでよ」

「わかってるよ」


 だいぶ警戒されてしまったようだ。ドローンの回収も終わったので、二人で飛行での移動を開始する。


「これから会う知り合いってどんな人なの?」

「仕事の関係で知り合った人だよ。結構変わった人ではあるかな。悪い人ではないけど癖が強いからびっくりはするかも」

「そうなんだ、じゃあ最初はおとなしくしてた方が良さそうだね」


 軽く話をしている間に知り合いの家に到着した。


「なんか家からして中々珍しいね」

「まぁ滅多に見ないよねこんな木造の平屋は。中も畳だしこんな家、今や一パーセントも存在しないだろうね」


 普通の家ではAI認証により来訪者が誰だかわかるようなシステムになっているが、こちらの家では旧時代で使用していたインターフォンを付けている。

 インターフォンを押し中の人間を呼び出す。

 しばらくすると中から平均より背が小さい筋肉質の男が中から出てきた。


「なんだボディ屋じゃねぇか」

「お久しぶりです足柄さん。少しお話がしたくて来ちゃいました」

「おいおい、ずいぶん急だな! まぁ上がってけよ、お茶くらい出してやる」

「それじゃあ、お邪魔します」

「一緒にいるのはお前の彼女か?」

「はい、章介君とお付き合いしている舞浜きいと申します」

「ご丁寧にどうも、俺は足柄 甚大(あしがら じんだい)。見ての通り生身の身体でやらせてもらってる。ボディ屋よ、かわいい子連れてんじゃねぇか」

「ふふっ…、それは皮肉ですか?」

「ちょっとした冗談だ馬鹿野郎」


 きいはさすがにどう応じたらいいかわからない様子でたじろいでいた。彼はずっとこんな調子なので慣れてもらうしかない。


「じゃあちょっとそこで座っててくれ。お茶入れてくらぁ」

「すみません、気を遣わせてしまって」


 畳の座布団の上で座って彼がお茶を持ってくるまで少し待つことに…

きいは家の中をきょろきょろ見回して物珍しそうに観察をしている。


「こういうこと言うのは失礼かもしれないけど結構面白いでしょ」

「確かにとても新鮮かも。足柄さんてもしかして生身至上主義の人?」

「そうだよ。さっきの事件に関して何か少しでも手掛かりになるような情報が得られればと思ってね」

「章介君は気になることがあるとちゃんと調べるタイプよね」

「今回の件に関しては仕事にも少し関係してるし興味があってね」


 そうこう話していると足柄さんがお茶を持ってこちらへ戻ってきた。


「お前たちみたいなボディ使ってる奴らは普段お茶とか飲んだりするのか?」

「昨日、お寿司屋さんに行ったときはお茶を飲んだよ。まぁ普段は食事兼水分補給として生命ドリンクっていうのを飲んでますけど」

「なんだか名前的にも美味しそうじゃねぇなぁ。ところでよ、今日は何の話をしに来たんだ?」

「ちょっと足柄さんの所属している生身至上主義の人たちのことで聞きたいことがあって…」

「それまたどうしてだ?」

「さっきまで人体博覧会へ行ってましてね…」


 そして先ほど起こった人体博覧会での爆発事件について話した。


「なるほどな、臓器が盗んだやつが生身至上主義のやつじゃないかってことできたわけか」

「可能性はあるかなと…、足柄さんの周りでそういった話を何か知ってるんじゃないかと思いまして」

「俺がつるんでるのは基本生身のやつが多いけどよ…、そんな物騒なことしでかす奴らと絡んじゃいねぇよ。でも生身で生きてると治療を受けるのも大変だからよ、闇医者は足元見て結構吹っ掛けてがっつりポイント稼いでるって話は聞いたことあるぜ。そいつらはいつも臓器を欲しがってるだろうな」

「なるほど、闇医者ですか…、闇医者の知り合いとかっていたりしません?」

「俺は正々堂々生身で生きてるからそういう道の外れた奴らとは関わらねぇようにしてんだよ。わりぃけど他をあたってくれよ」

「すみません」

「別に謝らなくたっていいぜ。そういえばお前らは今日この後どうすんだよ」

「サッカーの試合を見る予定です」

「サッカーか。つってもボディ使ってやるやつだろ? あんなのチートみてぇなもんじゃねぇかよ、スポーツはやっぱり生身の方がおもしれぇと思うがな」

「足柄さんはスポーツ観戦とかするんですか?」

「ああ、見るぜ。生身の身体同士の熱い試合をな。あとブルーレイで過去のサッカーの試合とかも見たりするぜ」

「ブルーレイ…」


 きいは聞きなじみのない言葉を聞いてぼそっと繰り返している。


「もう世間ではボディの奴らに合わせたものばかりでまいっちまうぜ。電脳世界ってのもよくわかんねぇしよ。まぁ、もうブルーレイに聞きなじみがないのも仕方ねぇか、生身の電脳世界ってのには入れる奴は見る機会ないだろうからな。でも結構面白いもんだぜ、興味があるならブルーレイディスク貸してやるよ」

「ちょっと気になるので見てみたいですけど、ブルーレイを再生する機器をどこから手に入れられるか調べるところからですかね」

「それなら俺の知り合いで旧時代の機器を扱ってる奴がいるから紹介してやるよ」

「ありがとうございます。一回見てみたいと思います」


 ブルーレイディスクでサッカーの試合を見ることを約束した後、お互いに近況を軽く話し合った。


「じゃあまた何かこっちでもその事件の件に関して分かったことあったらチャットで連絡するからよ」

「助かります。今日は突然お邪魔してしまいすみません」

「たまにはお前みたいなのと話すのも悪かねぇ。ボディ使ってる奴で俺らと関わる奴もそんないねぇからよ」


 僕たちは甚大さんの家を出て、予定通りサッカーの試合会場へと向かうことにした。


「甚大さんって確かに個性的だったけど、いい人だね」

「そうなんだよ、生身至上主義だけどボディを使用している人たちのことを憎んでいるとかではないから話せば結構気さくな人なんだよ」

「私も旧時代のサッカー少し気になるから見れるようになったら一緒に見ようね」


 そうこう話している内に試合会場に到着した。

 サッカーの試合観戦をする大半の人は電脳世界の中で見るため、わざわざ自分で会場に身体を運んでまで見に行く人は少ない。

 そのため会場の広さもサッカーコートを囲んで二十列ほどの席しか用意されていない。

 現代のサッカーは選手全員が競技用のボディを使用しているため、性能面での差はあまりつくことはない。

 ボディの操作精度と戦略面によって勝敗が決まると言っていい。

 そのため、いかに相手の戦術を読み切り、対策を練るかが肝になってくる。

 競技用ボディはスピード、パワーのバランスにより何種類か存在している。パワーが高いものはスピードを遅くするよう調整することで、ボディ間での性能差をつけるように開発されている。

 また、飛行しながら行う空中でのラグビーのようなスポーツも存在しており、そちらも高い人気を得ている。


「そろそろ試合が始まるみたいだ」


 サッカーの試合が開始した。

 どうやら、スピーディーなパスワーク主体のチームと個人技多めでシンプルにパワーの高いシュートをガンガン放っていくチームの対決となった。

 きいはパスワーク主体のチームが好きなようだったが、試合展開はパワー重視のチームが押していた。

終始パワー重視のチームが押したまま4対6という結果で、きいが応援していたチームは敗北してしまった。


「惜しかった、相手の読みが冴えててパスが止められることが多かったのがきつそうだったね」

「そうだね、あれだけパスを止められちゃうと中々厳しいよ。負けちゃったけど、生で見るとバーチャル空間で見てる時より一緒になって戦ってる感じがして楽しかったな」

「それなら良かった。またサッカーの試合見に行こうよ」

「うん」


 サッカー観戦を終え、きいとは会場を出て、それぞれ帰宅した。

 早めに解散した理由としては、僕はサッカーの試合に関しては特に肩入れしている特定のチームがあるわけではなかったので勝敗を気にしていなかった。

 きいは自分が応援していたチームが負けてしまった後だったので、どう話したらよいかわからなかったというのも理由の一つである。

 それと、仕事で取り寄せている部品の受け取りを明日の早朝に行う予定なので早めに帰らなければいけなかった。

2 乱される日常


 翌日、予定通りお客さん用の部品を受け取るため朝七時に起床した。

 通常営業を開始するのが朝十時からのため九時前に起きる生活をしているため、普段と比べると早めの起床である。 

 起きてから二時間が経過した。

 既に受け取りの予定をしていた午前八時からは一時間が経過しているため、運送業者に確認することにした。

 ゴーグルと手袋を装着し電脳世界へ入り、業者へ通信を試みる。


「こちら運送会社虎足(とらあし)の田中です」

「今日の午前九時にボディの部品の受け取りを予定していた非田です。まだ部品が届いていないので状況を確認させていただけないでしょうか」

「連絡ができておらず申し訳ございません。現在そちらにお荷物を運んでいた担当の者に話を聞いておりました。どうやら運搬中に車のタイヤが急にパンクをしたということなのでタイヤを見ると穴が開いていたとのことです。銃で狙撃された跡がついていたので状況を確認していたところです。お荷物をそちらに届けられるのは午後になりそうなのでご了承ください」

「銃ですか…」


 現在、調査団以外の銃使用は認められておらず、わざわざ車のタイヤをパンクさせるためにそこまで犯すものがいるとは驚きだ。


「私たちも事件性がどのくらいあるのかがまだわかっていないので、調査団に被害を報告して調べていただいております」

「それじゃあ、とりあえず午後には配達お願いしますね」


 通話を終え、午前中には届かないことが分かったため、午後の営業に向けての準備を始める。

 まずお客さんの予約状況を整理することから始める。

 今日は予約が六件入っており、スケジュールは埋まっている。

 内容としては部品交換が四件とボディに関する相談が一件、後は検査が一件といった具合である。

 交換用の部品の確認と検査に使用する各器具の状態確認を行う。それらが終わり、少し時間が経つと最初の予約をしていたお客さんがいらっしゃったのでそちらの対応を行う。


「いらっしゃいませ、こちらへどうぞ」


 業務の途中で無事に部品を受け取り、そのままこの日最後のお客さんの対応も無事終えることができた。


「お疲れ、部品が届くの遅れたみたいだな」

「お疲れ、父さん。そうなんだよ、本当は午前中に受け取る予定だったんだけど、なんか運送中の車のタイヤが銃で撃たれたとかなんとか」

「ん?よくわからないな」

「僕も状況はよくわかってないよ。ただ、結局犯人についてはまだ特定できてないらしい」

「そうか、早く犯人を捕まえてもらわないとな」

「そうだね、しばらく情報提供がなかったら自分なりに調べてみるつもり」


 その後、一週間が経ち、配達を妨害した犯人の情報は入ってこなかった。

 そして、その間も直接的な妨害をたびたび受けていた。

 取り寄せ予定の部品が移動中に破壊され使い物にならなくなることもあったため、業務にも悪影響が出ている。


「さすがに動かないとな…」


 今日は休日のため、犯人を自分でも探すことにした。

 情報を収集するため、電脳世界にアクセスする。


「まずは情報屋にあたるか」


 電脳世界には情報屋と呼ばれる人たちが存在する。

 普通に生活している限りあまり関わることはないだろうが、以前仕事で紹介してもらった。

 それ以来、どうしても調べてもらいたいことがある際に頼らせてもらっている。

 情報屋のいるワールドは普通の人がほとんど入ることのない隠れ家のような場所になっている。そのため、紹介してもらわない限りたどり着くことはないだろう。

 僕がお世話になっている情報屋は大体そのワールドの中で同じ場所にいるため、とりあえずそこへ向かうことにした。


「お久しぶりです」

「久しぶり! ボディメンテナンス師君」

「はい、今日はトイトイさんに調べてもらいたいことがありまして」

「調査の依頼ね。まぁ今日は忙しくないし受けてあげるよ。前は確か中々手に入らないボディを手に入れるために、 

そのボディを持っている人を探してたんだっけ」

「あの時はありがとうございました」

「別に礼はいらないよ。ちゃんとそれに見合うだけの優先ポイントはもらったからね。ポイントさえもらえれば仕事をするよ。俺はポイントに関心がなくつつましく生活している人たちの気が知れなくてね、ポイントが無くても生きてはいける世の中ではあるけどやっぱりやりたいことを全部やろうとするとポイントなんていくらあっても足りないもんさ。欲が無いってのはそれだけつまらない人間ってことだと思ってるよ。俺は天才だから知能を持て余してるんだけど、ポイントはすぐ使っちゃって全然持て余さないんだ」

「僕はあんまり欲がある方ではない気がするので、つまらない人間かもしれません。トイトイさんはポイントを普段何に使用されているんですか?」

「俺はまず生命ドリンクってやつが好きじゃなくてね、いつもご飯はポイントを使って美味しいものを食べることにしてるよ。後は電脳世界でもポイントを使うといろいろと娯楽の幅が増えるってものでね、仲間内でポイントを賭けてしょっちゅうギャンブルをやってる」

「ギャンブルですか…、具体的にはどんなことをしてるんですか?」

「ギャンブルなんてものはね、中身は何でもいいのさ。メジャーなものであればスポーツの試合でどっちが勝つかとかだけど、特定のワールドにその日に何人来るかとかでもいいしね。ただ、ギャンブルの醍醐味ってのはお互いに大事なものを失う可能性があるっていう所でさ。ポイントに価値を見出している同士で賭けるのは面白いけど、どちらかがポイントに対して冷めたスタンスだとなにも面白くなくなっちゃうのさ」

「なるほど、僕にはあんまり向かないかもしれないですね…」

「価値観は人それぞれでいいとは思うよ。まぁそろそろ本題に入ろうか、今日は何を知りたいんだい?」

「ここ一週間で僕が仕事で使う部品の受け渡しを妨害している者がおりまして、犯人を捜しているんです」

「ふーん、ボディメンテナンスの仕事を妨害する奴ね…、とりあえず妨害の詳細を教えてもらえるかな。いつ起きたか、どんな手段だったか、調査団からはどのような説明を受けたかとかね」

 トイトイさんに今まで受けた被害について話した。また、僕が分かっている限りの情報を伝える。

「なるほどね…、調査団はやっぱり動きが遅いね。彼らは情報収集が遅い癖に確定してからじゃないと全然教えてくれないからね。分かったよ、今もらった情報を元に調べてみる。明日の二十時くらいにまたここに来てくれるかな? 調査結果をその時教えるよ。ポイントは全部終わってから請求するよ」

「ありがとうございます。それではまた明日」


 情報屋への依頼が済み、特にこれといった予定もなかったので、映画を見るために自分のワールドへ戻ることにした。

 自分のエリアに着き、どの映画を見るか調べている途中、自分の身体が揺れる感覚に襲われた。

 電脳世界ではゴーグルを通しての視覚・聴覚情報、グローブを通しての触覚情報以外を得ることはないため、身体 全体が揺れる感覚は現実の身体への干渉が原因である。

 電脳世界へのアクセスを終了し、ゴーグルを外す。

 僕の身体を動かしていたのは母親だった。


「母さん、どうしたの?」


 普段生活していて自分の部屋に親が入ってくることはほとんどないため、なにか特別な理由があるのだろう。


「お父さんが…、お父さんが倒れちゃったの…、今救急車を呼んでるんだけど、ちょっとボディの状態を確認してくれないかしら」

「わかった、父さんは今どこにいるの?」

「仕事の調べ物をしている途中で倒れたみたい…、お父さんの作業部屋にいるわ」


 話を聞いた後、すぐに父の状態を確認するため作業部屋へ向かう。

 仕事用の店舗は普段生活している自宅の横に位置しているため、自宅を出て作業部屋に着くのに時間はかからなかった。

 父のボディを調べ異常がないか確認する。


「うん、ボディの状態に異常はない。ということは原因は脳か心臓ということになるね」

「そんな…」


 母は言葉を失い呆然としていた。

 程なくして救急隊員が父を病院へ運んでいった。

 母は父に寄り添い一緒に車へ乗り込む。車の中に入れる人数にも限りがあるので、僕は移送される病院へ飛行して向かうことにした。

 車の移動よりも飛行による移動の方が直線距離で向かえるため、僕の方が先に病院に到着した。

待機室で両親が到着するのを待つ。

 待っている間は気持ちが中々落ち着かなかった。

 しばらくすると、救急隊員が病室へ父を搬送していった。


「これから診察が行われますので、もうしばらく待機室でお待ちいただくようお願いいたします」


 そう伝えられ、一時間程経過した。

 そして医師から診察結果を伝えられた。

 脳の機能低下が原因で意識を失ってしまったらしい。

 最低でも一ヵ月は病院で安静にする必要があるため、父が担当しているボディメンテナンス業務は自分が代わりに行うことになる。

 ボディメンテナンス業務を一旦休業することも考えたが、現在抱えているお客さんのうち、特に緊急性の高い方の対応を優先的に行い業務は継続することにした。

 病院から戻り、今後の仕事についての方針を考えながら一日を終えた。


 翌日はまた一部の部品は届かなくなりつつも、可能な限りお客さんの対応を行い、一日の業務を終えた。

情報屋と予定していた時刻に合わせ、待ち合わせをしていたエリアへ向かう。


「やぁボディメンテナンス師君」

「こんばんは。犯人はわかりましたか?」

「まぁ、そんなに急ぐもんじゃないよ。ところで君は犯人はどんな人間だと思う?」

「えっ…、そうですね、僕をよく思ってないのは間違いないでしょう。過去、僕に対して恨みを持った人ですかね。またはボディメンテナンスの仕事をよく思っていない人とか」

「それはそうだよね、部品を狙うってことは君自身かボディメンテナンス業に対してマイナスの感情を抱いている人だ。君が過去に傷つけてしまった人だったり、生身至上主義の人たちかもしれないよね」

「回りくどいですね、もう普通に調査結果を教えてくださいよ」

「分かったよ、教えるさ、教えるとも。ただ、まず順を追って話していこうか。ボディの部品を取り寄せてるときに配送中の車のタイヤが射撃された件だが、射撃した人が移っている映像が見つかった。今の時代、外に出てたらどこかしらで映像が残ってしまうから、犯人の姿を見つけるのは難しくなかったよ。目以外は隠してる格好だったからボディの特定はできなかったけど、使用していた銃の情報から犯人が使用していた弾丸の購入履歴を漁ってみた。国内では銃の所持は禁止されているから購入者がそもそも少ない。後は直近でわかる限りの購入者たちの動きと前に聞いた妨害の内容を照らし合わせたところ、一人に絞ることができてね。そいつの情報を掘っていったら、証拠も手に入れることができた」

「誰だったんですか?」

「君は自分以外のボディメンテナンス師をどのくらい知っているかな?」

「そうですね、一番知名度があるのは世界に展開している超大手ボディメンテナンスショップの立ち上げ人、マディスト・ペパミントですかね。後は店舗をいくつも立ち上げてる人は何人か覚えてますね」

「じゃあ身近なライバル的存在は?」

「比較的近くに店舗があるのは国谷かけし(くにたにかけし)さんですかね。軽く挨拶はしたことありますし」

「彼が犯人だよ」

「えっ…!」

「まぁ驚くのも仕方ない。競合相手とはいえここまで強引に妨害してくるなんて思わないよね」

「はい。別に彼の店とは少しくらいは客層が被っているかもしれませんが、妨害しなきゃいけないほどの影響はないはずですから」

「影響が出たところで、ポイントが稼げなくなるだけだしね。俺もポイントにはこだわってるけど、捕まるような下手打つくらいならポイントはあきらめるからね。だって捕まったら電脳世界にはアクセスできないし、娯楽の大部分を制限されるんだぜ? 俺にとっては死ぬようなもんだね」


 今回の業務妨害の件で犯人をある程度予想した時、競合相手である彼を一度思い浮かべはしたが、犯行に及ぶには動機が弱すぎると考えていた。そこまで恨みを買った覚えもなかったのでなおさら謎である。

 …おそらくだが、トイトイさんは何らかの犯罪は既に起こしまくっていると思う。そもそも、情報屋という存在がグレーではあるので潔白ではいられないはずだ。


「ところで犯人は特定できたわけだけど、これからどうするのかな? 調査団に情報提供しろって話なら難しいよ。情報屋ってのは手段を選ばず、情報を早く正確に手に入れるからね。調査団みたいなお堅い集団に情報源を教えるわけにはいかないのさ」

「わかってますよ。一旦、僕が国谷さんのところに直接行って話をしようかと思います」

「また、俺にできることがあったら協力するよ、ポイントはちゃんといただくけどね」

「ありがとうございます」


 トイトイさんにポイントを渡した後、明日に備え今日は早めに眠ることにした。


 翌日、営業は早めに切り上げ国谷さんの店へ向かった。

このまま妨害を受けながら業務を続けるわけにはいかないため、できるだけ早く事態を解決しなければいけないのだ…


「いらっしゃい。悪いけどね、もう今日は営業終了するからまた別の日に予約してくれないか?」

「国谷さんお久しぶりです。ボディメンテナンス師の非田です」

「ああ、非田さんか。どうしたんだ急に? 仕事は?」

「仕事は早めに切り上げました。ちょっと話があるんですがいいですか?」

「ちょっとこの後用事があるから後にしてくれないか」

「それでは明日の朝、話を聞きに来てもいいですか?」

「それは困るな…、じゃあ軽く話聞いてあげるから要件を教えて」

「僕の店の営業妨害してるの国谷さんですよね?」

「…え? 何のことだ?」

「最近、ウチで扱っている部品の取り寄せで妨害が入ってるんですよ。犯人があなただってことは掴めていまして…、それでどうして妨害をするのかなと思って」

「いや、知らないよ、なんで俺だって決めつけてるんだよ! ちゃんとした証拠はあんの?」

「ありますよ」

「まずそれを見せてもらおうか」

「国谷さん、あなたは妨害の実行犯を雇って妨害を行っていましたね。だから実行犯が特定できても、あなたには中々繋がらなかったかもしれない」

「だから俺が誰かを雇って妨害したって証拠を見せろよ」

「これです」

 僕が携帯端末のボタンを押すと、国谷さんの前にとあるポイント履歴画面が浮かび上がった。

「画面にはあなたの固有IDが表示されております。そしてここに誰かへのまとまったポイント移動の履歴が残っております。これは誰でしょうね?」

「お前…、なっ、なに他人の履歴見てんだよ! そんなことして許されると思ってんのかよ!」

「もちろん、調査団や国の許可はもらって確認しております。そして、それがどういうことを意味するのか分かりますか? もうあなたの犯行はバレているってことですよ。あなたのところに調査団が来る頃には既にあなたの処遇が確定してます」

「っう……」

「僕と一緒に同行して自首しましょう。今なら被害者である僕が口添えすることで刑は多少軽くなるでしょう。ただ、僕はあなたがなぜこんな乱暴な手口で妨害をしたのかが気になります。あなたに恨みを買った覚えがないんですよ」

「あれだよっ…、目障りだったんだよ…、お前の店がよ」

「僕の店とあなたの店はそこまで干渉することはなかったはずです」

「おっ…、お前にとっては俺の店は気にならなかったのかもしれねぇけどよ、俺にとっては十分目障りだったんだよお前の存在がな。ポイントの問題じゃねぇ、気に食わなかった。それだけで理由になるんだよ。まぁ、でも仕方ねぇよな…、仕方ねぇ…、お前と一緒に自首するぜ、…なんか悪かったな」


 調査団の名前を出して強引に自首を促してみたが、想定外にすんなりと自首を受け入れるようだ。

 動機に関してはいまひとつ腑に落ちないところではあるが、これは国谷さんがそういう人だという風に考える方がよいのだろうか。


「じゃあ明日自首しに行くわ。悪いけど一緒に付いて来てくれよ」

「はい、もうこんなことしないでくださいね」

「わかったよ」


 翌日に自首しに行くことを約束してもらえたので、自宅へ帰ることにした。

そして、明日のお客さんとの調整をつけてから眠りについた。


 日付が変わり、国谷さんとの待ち合わせ場所へ向かった。

 一時間ほど経過しても国谷さんが現れることはなかった。

 彼の連絡先にいくら連絡しても返信は帰ってこなかったので、店にいないか確認をしたが不在のようだった。

 そこから一ヵ月が経過した後、調査団から伝えたいことがあると連絡を受けたのであった。

3 動き出す敵


「非田さん、報告が遅くなり申し訳ございません。あなたへの業務妨害の件での調査結果をお伝えします。犯人の特定に時間がかかってしまいましてね、またその犯人も依頼をされていたようでした。その依頼主というのがあなたと同じボディメンテナンス師の国谷かけしさんです」


 調査団の人から事前に情報屋から聞いていた情報を伝えられる。


「そうですか。 国谷さんとは既にお話しされているんですか?」

「それがですね、国谷さんに確認を取ろうと思っていたのですが一ヵ月近く彼の所在が掴めていないのです。引き続き彼の捜査は続けますが、一旦現状を報告させていただきました」

「ご報告ありがとうございます。そうですか…、私のお店もここ一ヵ月被害は受けていないので、事態がどうなったのか気になっておりました。犯人は逃亡したのでしょうか」

「そちらもまだ何とも言えません。電脳世界に入った場合、個人情報が残るので今のところ電脳世界へはアクセスしていないと思われます」


 調査団の方から報告を受け、国谷さんが失踪したままであることがわかった。

 実は裏で自分の方でも情報屋に追加で依頼し、国谷さんの所在を探っていたが国谷さんと依頼されて犯行を行っていた者の消息がつかめない状況であった。

 そのため、この件については完全に消化不良となっている。


 また、父の容態に関してはまだ安心できる状態ではない。病院から退院はしているがとても仕事を行える体調ではないので自宅で安静にしている。

 現状、業務妨害はなくなったので一人でできる限りの業務を行っていた。

 ただ、今日は休日のため、久しぶりにきいと会う約束をしている。

 彼女と日ごろからよく行く公園で待ち合わせをしているので向かうことにした。


「こうやって直接会うのは久しぶりだね」

「うん、ちょっと最近まではいろいろ立て込んでて動けなくてね」

「章介のお父さんの調子はどう?」

「一応安静にしていれば生活はできるくらいに回復してるよ」

「よかった。でも、お店の方は妨害があったりお父さんが倒れたりで大丈夫なの?」

「まぁ僕ができる範囲のことをして何とか続けられてるよ」

「落ち着くまでお店を休業にしても良かったと思うけど」

「それも考えたけど、ボディメンテナンスの仕事は人の身体を扱ってるから、休んだ分生活に困る人が増えてしまうからね。できるだけ一人でも多くのお客様の相手をしたいんだ」

「あんまり無理しないでね」

「わかってるよ。そっちは最近何かあった?」

「んー…、直接何かあったとかじゃないけど、不穏な話は聞いたかな。普段一緒に遊んでる子供たちの保護者たちから聞いた話なんだけど、最近子供用のボディが無くなる事件が増えてるんだってさ。章介君は何か話聞いてない?」

「ここ最近は自分周りのことでいっぱいだったから、外部の情報はあんまり拾えてないなー」

「そうなんだ…、子供のボディが狙われてるからさ、子供たちにもなにか被害が出たら嫌だなって心配なんだよね」

 きいの普段行っている”交流者”の仕事は保護者の代わりに子供の安全面を考慮しながら一緒に遊ぶというものなので、子供のことを第一に考えなければならない。

子供の安全が脅かされる可能性のあるニュースを聞いてしまったら心配になるのも当然だろう。

「僕の方でもちょっと情報を集めてみるよ」

「いや、そこまではしなくていいよ。調査団の人たちも動いているだろうし、ただでさえお父さんの件で忙しいんだからそんな暇ないでしょ」

「でも、僕の仕事にも関係してくるかもしれないし気にはなるな…、でもそうだね、とりあえずまだ自分からは動かないようにするよ」

「うん、物騒な話はこれくらいにしよ。そうそうこの間、友たちがさ…」


 きいとはその後、他愛のない話をしたり、一緒にご飯を食べて過ごした。


 そこからしばらく経ったある日、調査団から連絡が来た。

 電脳世界内で話がしたいので指定したエリアに来て欲しいとのことだった。

 自分のエリアで読書をしていたところだったので、読書を終え待ち合わせのエリアへと移動する。


「すみません、非田さん。前に同じメンテナンス師の国谷さんから業務妨害を受けていたと思うのですが、非田さんと国谷さんの間で以前に何かもめごとみたいなことはございましたでしょうか?」

「いえ、特に彼とはこれといって深い関わりはありませんでしたが」

「そうですか、実はですね、あなたの件以外にも国中でメンテナンス師同士の揉め事が増えているのです。そして、被害者に話を伺うと先ほどのあなたと同様に被害を受ける覚えがない旨の回答ばかりなんですよ」

「そう言われても、本当に私は自分から恨みを買った覚えはありませんね」

「いえ、あなたを疑っているわけではありません。ただ、こうもメンテナンス師同士での事件が増えていることに調査団や国の”最要人さいようじん”たちも不思議に思っているのです」


 最要人とはAIが候補者を絞り、その中から国民投票により選出される人々だ。

 現代では、世界の多くの国がAIの力を借りて国民を統治している。

 しかし、当然AIだけに任せていては人間にとって望まない方向に進むことがあるため、一部の人間をAIの上に置いている。

 僕たちの国ではAIを監視・調整している人間が十人存在している。

 彼らは”最要人”と呼ばれ、国を統治しているのである。

 任期は3年となっており、任期が更新されるかどうかは国民審査により決まる。

 枠に不足が出た際は都度投票により補充されるのである。最要人は調査団の活動内容も把握し、方針にも関わっている。


「こちらをご覧ください」


 調査団の方が手で記した先に国全体のマップが映し出された。

 マップには十数個のマークが付いており、その内の一つに僕の店も含まれていた。


「これが現在、被害を受けているボディメンテナンス店を示したものでございます」

「結構数が多いですね」

「ええ、この数の事件がそれぞれボディメンテナンス師同士の問題というのはさすがにおかしいでしょう」

「そうですね、さすがにありえないかと…、そういえば国谷さんの所在は掴めましたか?」

「そちらもまだ分かっておりません。それもこちらとしては気にいることの一つです。どうにも今、国で不穏な雰囲気が漂っているのです。まだ表にはあまり出していないのですが、この国だけでなく他国でもボディに関する被害が増えていると報告が上がっております」

「いいんですか? そんな大事な情報を私に話してしまって…」

「ボディメンテナンス師であるあなたは知っておくべきかと思いましてね。あと、このまま被害が広がればいずれ情報は出回ることでしょう。今回あなたと連絡を取った理由として、今ボディメンテナンス師が何者かに狙われているということを知っておいて欲しかったのです。ボディメンテナンス師は人間にとって不可欠な存在です。今起こっている事件に関して調査団としても力を入れて解決すべく動いておりますが、非田さん自身も警戒はしておいていてください」

「ご連絡ありがとうございます。私にできることがあれば協力させてください」


 調査団との会話を終え、想定以上に事態が大きくなっていることを理解した。

 自分のエリアに戻りどう立ち回るのが良いか考えていると、見慣れない相手から通話が来ている表示が出ていた。

 通話元はきいの職場の同僚であった。

 きいを通じて少し会話をしたことがある程度の関係のため、連絡を取るような間柄ではない。

 突然の通話に困惑しながらも応答する。


「お久しぶりです相田あいださん、どうしました突然?」

「はぁっ…、きいが、きいがね…」

「息が荒いようですが、大丈夫ですか」

「きいが攫われたの! 私、何もできなくて…」

「えっ…、すみません、一旦落ち着いてください。きいが攫われたって誰にですか?」

「分からないの! ボディの識別番号が塗りつぶされてて…」

「まず、きいとどこにいたんですか?」

「きいと一緒に、子供用ボディを扱ってる病院に行って話を聞いてたの…、そしたら急に武装した人たちがたくさんやってきて、病院内に合った子供用に用意されていたボディを破壊したり、その場にいた人たちをみんな攫ってっちゃたの。その中にきいもいて…」

「相田さんはその時どこにいたんですか?」

「遠くでみんなが攫われていくのを見てから、急いで逃げて調査団に連絡したの。結局、調査団が到着するころにはそいつらみんないなくなってたんだけど…」

「襲ってきた奴らのボディの特徴は何か覚えてませんか?」

「えっ…、えーっと…」

「身長とか」

「身長は175㎝くらいの人が多かったと思う。あと髪型は短い人が多かったかも」

「ありがとうございます。きいは必ず僕が連れ戻します。相田さんはあまり派手に動かず注意して生活を送ってください」

「ごめんなさい…、私結局何もできなくて…」

「捕まらないでくれたおかげで僕はこの件を知ることができた。調査団に連絡しているなら、あっちも動いてくれているだろうから十分役に立ってますよ」

「ありがとう…」


 そうして、相田さんとの通話を終えた。

 きいを攫った犯人たちとボディメンテナンス師を争わせている黒幕はおそらく同じだろう。

 近年でこの国、いや世界中で大きな事件は起こらなくなっている。いや、実際は起こってはいるが、ボディの丈夫さとAIの情報処理能力と電脳世界による意識の共有化が進んだことにより事件が速やかに解決されて行っている。

 そんな中、ボディに狙いをつけた大きな事件が立て続けに起きているので、犯行グループの規模は大きいと思われる。

 ただ、圧倒的に情報が足りない。

 犯人たちのボディの識別番号は隠されており、身長が175㎝のボディは数多く存在する。

 正直、相田さんの外見情報からでは、犯人たちの特定にはたどり着かない。

 とりあえず、また彼に聞いてみるとしよう。


「いやはや、すっかり常連客になってきたねボディメンテナンス師君」

「すみません、情報屋で知ってる人がトイトイさんしかいないもので」

「こっちとしてはポイントを稼がせてくれるお客さんは基本的に歓迎さ」

「ポイントならいくらでも渡します。今回は緊急で調べてほしいので」

「どうやら、切迫するほどに追い詰められているようだね。話を聞こうか」

「僕の彼女が攫われたので犯人を特定してもらいたいのです」


 僕は先ほど相田さんから聞いた状況をそのままトイトイさんに伝え、近頃起きているボディメンテナンス師同士の揉め事についても触れ今回の件と関連しているのではないかと考えていることを伝える。


「はー、なるほどねぇ。そっか、もうそんなことになってるんだ…、そいつらの噂は情報屋界隈では前から出回っててね。正直俺はこの件に深入りはしたくないと思ってる」

「トイトイさんは前に僕が調査依頼した時には、この黒幕について知ってたってことですか?」

「噂は聞いていたよ。でも、なんでこの前教えてくれなかったんだって言われても困るよ。俺の仕事は依頼者が求める情報を与えることであって、自分からぺらぺらと情報を与えることではないからね。あと、自分で積極的に深く調べているわけじゃないから持っている情報の程度も低い」


 トイトイさんを責める気はなかったが、黒幕の情報を既に知っているのだったらあらかじめ教えて欲しかったとは思っていた。

 そこを見透かされる形で先に話さなかった理由を話してくるのだから中々やりづらい相手だ。


「まあ、俺が今持っている噂程度の情報とこの件に関して詳しい人を紹介してあげるよ。紹介料としていくらかポイントはもらうけどね」

「助かります。今はとにかく犯人につながる情報が欲しいので」

「まずは知ってる情報を軽く話すけど、あんまり信じすぎないでほしい。あくまで噂の域を出ないレベルだからね。今、この国、いや世界中でとある団体の動きが目立ってきている。そいつらの動きに共通する点はボディを無くそうとしていること」

「ボディを排除する動き…、生身至上主義の中の過激派によるものでしょうか」

「いや、噂によると生身至上主義の人たちも攫われる被害にあっていると聞く。生身至上主義者はそう数が多くないから、身内を非常に大切にしている。過激派と言っても、身内に手を出すとは考えにくいね。とはいえ知っている情報はこのくらいのものだから、後はこの人に聞いてよ」


 そう言うと、僕の元へプロフィール情報が送られてきた。

 電脳世界ではお互いのプロフィール情報をまとめ、知り合った際に交換するのが一般的である。

 旧時代では紙の名刺が使われていたようだが、現代で紙を使用することはほとんどない。

 電脳世界のセキュリティに不安を抱いているいくつかの団体が重要文書を紙で保存しているくらいである。

 プロフィール情報には個人が自由に情報を書き込んでおり、本人以外がプロフィール情報の受け渡しをすることは基本禁止とされている。

 しかし、プロフィールの取り締まりを全て行うのは難しいため裏では普通に出回っているのである。

 トイトイさんから送られてきたプロフィールには名前に”GIGA”と書かれており、連絡先も記載されていた。

 とりあえず、攫われているきいを一刻も早く助け出すためにはこの人を頼るしかないのだ。

 人気のない場所にエリアを移動した後すぐに書かれていた連絡先に通話をかける。


「誰だ?」

「はじめまして、情報屋のトイトイさんからあなたを紹介していただきました。ボディメンテナンス師をしている非田と申します」

「非田? 本名か?」

「はい、あなたはGIGAさんで合ってますか」

「俺がGIGAで間違いない。本名を名乗るなんてだいぶ頭が平和な奴だな」

「今はとにかくあなたを信じるしかないので、こちらの隠し事は少なくしようと思いまして」

「何の用だ?」

「僕の彼女が子供用ボディを破壊している団体に連れ去られました。あなたなら何か知っていると聞いています」

「奴らのことか。…お前は彼女を救うためなら死ねるか?」

「死ぬつもりはありませんが、救うためなら何でもやりますよ」

「ふん、まあいいだろう。明日、俺たちは奴らの拠点に乗り込むつもりだ。お前の身辺情報を渡せ、そのチェックが通ればお前も仲間に入れてやる。コマは多くて困らないからな。ただ、お前は戦えるのか? 雑魚を連れて行ったところで足手まといだ」

「戦闘能力は人並みではありますが、職業上ボディへの知識はあります。戦闘では役に立つはずです」

「ただ知識があっても動けなくては意味がない。お前のペアとなる動ける奴を見つけてこい。お前の世話をする奴をこっちが手配する余裕はないからな」

「わかりました」


 GIGAさんとの通話は終わり、時間と場所が記載されたメッセージが届いた。

集合時間は明日の正午、それまでにペアとなる戦力を見つけないといけない。

 現在の時刻は午後五時、連絡が取れる格闘家数名に現状と明日の予定を伝え協力依頼のメッセージを送る。

 好意的な返事をくれたのは”家町徹(いえまちとおる)”」と”布川(ぬのかわ)ケン”の二人であった。

 仕事上、プロの格闘家のボディを扱うこともあるため、格闘家とのつながりがあった。

 しかし、今回のような危険な依頼に付き合ってもらえるほどの関係値を築けていないことは分かっていた。

 それでも、二人から好意的な反応をもらえたのはありがたかった。

 こちらの誠意を見せるため電脳世界だが、直接姿を見せて話をさせてもらうことにした。二人と待ち合わせたエリアに向かう。


「お久しぶりです。メッセージの件ですが彼女さんが攫われたって本当ですか?」

「はい、彼女だけではなく他にも多くの人たちが攫われてます。今は少しでも早く救出にへ向かいに行く必要があって急なお願いをしてしまいました」

「非田さんにはボディの修理でお世話になってますんで協力させてもらいますよ。明日は練習の予定しかなかったんで、実戦練習代わりに攫ったやつらをボコボコにしてやります」

「ありがとう。お礼として今度ボディのメンテナンスをさせてもらうよ。あと、家町さん以外にももう一人協力してくれる人がいて、その人も少し遅れてここに来るよ」

「そうですか、戦力は多い方がいいですからね」


 家町さんの近況を軽く聞きながらしばらく待っていると、好意的な返信をくれたもう一人の人物である布川さんが現れた。


「非田さん、お久しぶり!」

「布川さん、来てくださりありがとうございます」

「もう一人って布川さんだったんですか? 今のプロ格闘技界で国内ランク1位の布川さんが来るなら心強いっすね」

「ああ、家町君もいたのか。家町君も国内で11位まで順位を上げてきてるじゃないか。君のことは私もかなり意識してるよ」

「自己紹介はいらなそうですね。お二人にはメッセージでお伝えした通り、明日一緒に敵の拠点に向かいます。すみませんが、ご協力お願いします」

「もちろん。そんな悪党無視することなんてできないさ。私と家町君がいればなんとかなるだろう」

「俺たちに任せてください!」


 頼もしい協力者二人を得ることができた。

 協力者との顔合わせを終え、明日に備え対策を練り就寝することにした。


 翌日、指定されていた集合場所に向かった。

 既に待ち合わせ場所には家町さんと布川さんが集まっていた。

 GIGAさんから指定されていた場所がコンビニを指していたので店の前で待っていると、店の中から黒服の男がこちらへ向かってきた。


「GIGAさんの紹介で来た人で合ってますか?」

「はい」

「それでは付いて来てください」


 そう言うと黒服の男はコンビニのバックヤードまで移動した。


「招待メッセージの確認をさせてください」


 GIGAさんから送られていた今日の集合場所等が記載されたメッセージを黒服の前に映し出す。


「確認しました。それではこちらお入りください」


 黒服はバックヤードの床に指を押し付けた。

 床は4名ほどが入れるほどの広さだけ開いた。

 穴の奥は暗くてはっきりと先がどうなっているか見えない。


「いや、入るって言ったって階段もないし、こんな狭い空間で飛ぶこともできないし、落ちろっていうんですか」

家町さんが困惑した様子で黒服に尋ねる。

「こちらを両手で壁面に当ててください。当てる強さによって落下速度を調整できます」


 黒服からエアホッケーのマレット(プレイヤーが持つ器具)のような形をした道具を受け取り、言われるがままに穴の中へ入っていく。

 先頭として自分が入る。

 壁に謎の道具を押し当てながら落ちると緩やかに落ちていった。

 しばらくすると、後から二人も落ちてきた。


「飛行とはまた違った感覚でちょっとドキドキするな」

「三人いるともう動けなくなるな、ここ」

「とりあえず落ちたけど、どこにつながっている感じっすか?」


 ほの暗い中、周りを見渡すと扉を見つけることができた。

 扉を開けてみると、広間には大勢の人間が集まっていた。

 先行して中に入ると、続いて他の二人も中に入ってきた。

 周りの様子をうかがっていると、サングラスをかけた男がこちらに話しかけてきた。


「お前が非田だな、俺がGIGAだ。他二人はお前から事前に情報をもらったパートナーとなる戦力だな。非田だけちょっと話があるからこっちへ来い」


 電脳世界ではGIGAさんの顔は見ることができなかったので、初顔合わせである。

GIGAさんから呼び出され、広間の隅へ移動する。


「話って何ですか?」

「今からメッセージを送る。その内容を確認しろ」


 ゴーグルとグローブを付けメッセージの内容を確認する。

 そこには同行してもらった格闘家二人について書かれていた。

 一人は問題なく信用できる人物であると書かれており、もう一人はボディブレイカーズ側と通じている可能性がある、そういった内容であった。

 また、”敵をあえて泳がして情報を探るため二人とも同行させる”とも書いてあった。


「まぁ正直これだけ大勢いたら誰が何を考えているかわからない。基本的に信用はするな。最後は自分だけ信じろ」

「…ここにいる人たち全員で拠点に乗り込むんですか?」

「いや、この中から拠点ごとに分かれて同時に突入する。E1国以外の人たちにも攫われた人がいるから世界中の人が集まってる」


 E1、それが僕たちの国の名称だ。

 現代では世界中の国の国名はアルファベットと数字で統一して名付けられている。

 旧時代では僕たちの国は日本と名付けられていたが、他の国も人口や影響力を考慮してA1~Z1で改名されている。

 強い協力関係を築いている国はA1、A2、A3など先頭に同じアルファベットが付けられている。

 多くの国でボディが使用されているため、一目見ただけでは見た目でどの国の人か判別できないが、国ごとに好むボディの造詣に偏りがあるため職業柄E1でない人がなんとなくわかるのである。

 国籍はボディの識別番号と電脳世界でのエリアIDと紐づいているため、電脳世界では所属ワールドを確認すればわかるようになっている。

 現実世界では自国の言葉以外もボディの言語変換機能を使用することにより自国の言葉に変換され聞き取れるようになっている。

 しかし、変換がうまくいかない場合は不自然な言葉が使われるので、それによって言語の壁を感じることがある。

 この一帯を見渡すと、ボディや聞こえてくる会話などからE1以外の国から来ている人も少なくないと分かる。


「やはり世界中で敵の動きが派手になっているっていうことですか?」

「まぁな。ただ、奴らの母体はE1にいる。だから今のうちに元を叩いておかねぇと手遅れになっちまう」

「じゃあここから目的の拠点ごとに分かれて移動を始める流れになりますかね」

「いや、拠点に向かう前に全体へ周知事項の伝達があるから、一旦一緒に来た奴らのところに戻って待っててくれ」


 二人の元に戻り、しばらく周知が行われるのを待った。


 数分が経過すると、スピーカーから広間全体に誰かの声が響いた。


「お待たせしました。私はマディスト・ペパミントです。ボディを扱って世界中で店舗を持たせていただいております」


 自己紹介が行われると広間にいた人たちがざわついた。


「マディスト・ペパメントってめちゃくちゃ有名人じゃないっすか! 本物ですかね?」

「さすがにこんな大勢の前で偽物が話を始めないんじゃないか」

「でもわざわざE1のこんなところまで来るなんて信じられないですね」

「そんだけ今回の件はデカいってことじゃないっすか?」


 いきなりの大物登場で僕たちも半ば信じられない状態だ。


「すみません、今は時間が惜しいので静かにしてもらえないでしょうか」


 そう落ち着いて口調で注意を受けたため、次第に場は静まっていく。


「まず、最初に軽く現状をお話ししないといけません。世界で起こってる被害状況と私たちがこれから乗り込む拠点にいる相手がどういった者たちであるかについてです。先に被害状況から説明しましょう。ここに集まっている皆さんは何かしら被害を受けた方、または被害を知った方だと思われます。そして、おそらくその被害内容はボディに関係していることでしょう。今、世界中でボディに対しての被害が増加しております。その内容は直接的なボディや部品の破壊であったり、ボディメンテナンスの仕事に関わる妨害がメインでした。ただ、そこからエスカレートしボディの破壊に加えて人間を拉致する動きも見せています。私が持っているいくつかの店舗も被害を受けております。従業員の中にはボディを傷つけられたり、攫われた者もいるのです。そのため、私は奴らの頭を抑えるため各地で同志たちに周知を行っているのです」


 なるほどボディメンテナンス界の大物が出てきた理由はこれか…

 調査団から世界中で被害が出ていると話は聞いていたがどうやら本当に敵は派手に動いているようだ。


「次に相手の素性についてですが、捕らえることのできた数名の話を聞く限り組織の思想としてはボディを排除することを目的としているようです。私たちはボディの破壊活動を行っていることから相手団体のことを”ボディブレイカーズ”と呼んでいます。まだ、組織のトップを捕らえることはできておりません。奴らのトップの名前は『木田蛇蛇きだじゃじゃ』という男です。世界中で被害が拡大する前に木田蛇蛇を何としてでも捕まえたいのです。そのため、あなたたちには自分や関係者に危害を加えた敵が構えている拠点へ向かっていただきます。できる限りの情報を収集して、あなたたちのそれぞれにとって最も関係性が高いであろうと推測される情報をこれから提供します。…今まで私たち人類はボディという便利な身体を得たことで、どこか危機感を失っていたのかもしれません。ただ、今は戦わなければいけないのです。どうかご協力をお願いいたします」


 マディスト・ペパメントさんが話し終えたタイミングで、携帯端末が振動したのでゴーグルとグローブを装着し確認する。言われていた通りこれから向かう拠点についての情報や注意事項の内容がまとめられたメッセージが届いていたため、それらを頭に叩き込む。


「じゃあもう拠点に向かえばいいんすかね?」

「GIGAさんに確認するので少し待っていてください」

「さっき話をしてた人っすね。その人がリーダー的な人なんですか?」

「僕に今回の集まりのことを教えてくれた人だよ。リーダーかどうかはわからないけど」


 今後の流れを確認するためGIGAさんの位置情報を確認し声をかけた。


「GIGAさん、拠点へ向かう際の流れってどうなってますか?」

「これから俺たちは2~4人単位で分かれて目的の拠点へ向かう。俺は既にパートナーがいるからお前たちは3人で移動を始めてくれ。この広間からにはテーマパークへとつながっているいくつかの出口が存在している。時間をばらけさせながら地上へ出てから、すみやかに移動を始めてくれ。テーマパーク内での飛行は禁止されているから外へ出てから飛行してくれ」

「わかりました。ただ、もし途中で”彼に”裏切られた場合に援護をお願いしてもよろしいでしょうか?」

「ああ、連絡してくれたらすぐにそちらへ向かう」


 GIGAさんは会話を終えると先に移動を開始した。

いろいろと不安はあるが、二人の元へ戻り先ほど伝えられた内容を二人にも共有する。

 周りの様子を見ながら地上へ出ると、周りには人気のアニメキャラクターたちが描かれているお店やアトラクション施設がたくさん並んでいた。


「二人はテーマパークとかって普段来たりしますか?」

「俺は彼女とたまに来たりしますよ。やっぱ電脳世界でデートするのと現実でデートするのだと感覚が違いますからね。現実の方は刺激があっていいっすよね」

「確かに電脳世界では基本的に視覚と聴覚以外の感覚は機能してないから、現実の方が刺激が大きくなる分記憶にも残りやすいよね」

「小難しいことはよくわかんないですけど、やっぱ外がいいっすね」

「布川さんはどうですか? テーマパーク来ますか?」

「私はあまりこういう所には来ないかな。普段アニメとかを見ないから来ても楽しめない気がするしね」

「布川さんは真面目そうっすよね」

「趣味が少ないだけだよ」


 軽く雑談をしている間にテーマパークの出口を過ぎた。

 テーマパークを出た後はすぐに飛行し、拠点へと向かう。

 拠点を指している地点へと向かうと、そこにはお寺が建っていた。


「このお寺に奴らがいるってことかな」

「まだ民間人が少しいるようだけど避難できているかどうか気になるな」

「事前の注意事項で先行して突入するのは代表者と他数名で、他は周辺で待機するようにと書いてあったからお寺には入らず周辺で様子を見ましょう」


 一旦、お寺には入らず周辺の人が少ないところへ着陸する。ここからではお寺の内部は見ることができない。


「寺の中の様子がわからないと動きづらいっすね」

「攫われた人たちの安全が確認され次第連絡が来る手筈になっているから、連絡が来るのを待つしかないですね。ただ、こいつを使って様子を確認しようと思います」

「なんすかそれ? 蚊?」

「ドローンですよ。これを動かして状況を確認します」


 きいには変なことに使うなと言われていたが、この緊急事態に使うのは許して欲しいところだ。

 ドローンの操作と映像を確認できるようにグローブとゴーグルを装着し早速お寺の内部へと移動させる。ドローンには周辺の生体反応を感知できる機能を搭載しているため、不自然に人が集まっている場所がないか確認していく。

エリアを捜索していると収蔵(経典や仏教に関する典籍を収蔵されている蔵)の近くで不自然に多くの人間の存在が感知できた。

 ドローンを中へと入れる。


「これが地下への入り口か…、中へ入るぞ」

「はしごがあるのでとりあえず下へ行きましょう」


 どうやら先行組がちょうど地下へ入っていくところに遭遇できたようだ。

先行組はどうやら四名のパーティで構成されているようだった。

 一人ずつ地下への入口に入っていき最後の四人目が入った後、入り口を閉めようとしたので慌ててドローンを中へ入れる。


「どうやら外で倒した見張りの奴らはちゃんと隔離できたようです」

「よかった、それなら後は攫われた人たちを助け出すだけだ」

「後は地下で外部との連絡が取れるかが気になるな」


 話をしながら四人は地下へ潜っていった。

 はしごを下りた後、先へ進み数分ほど進むと人の声が聞こえてきたため、会話を止め静かに様子をうかがう。


「こいつらいつまで生かしておくんですかねぇ…」

「上の連中はこいつらをいろいろ使いたいらしいからまだ、生かしておくんだとよ」

「じゃあ、しばらくは見張ってないとダメなんすね~…、めんどくせぇ~」

「そろそろ代わりの奴らが来る時間だからあとちょっと我慢しろ」


 奥から聞こえる会話を聞く限り攫われていた人たちの命は無事のようだ。

 しかし、交代する人員が来るとなるとそろそろ地下に入ったことがバレてしまうだろう。

 四人はどのようにバレずに救出するかの作戦会議をチャットで行っているようだ。


 ガタッ!


 上の方から扉が開く音が聞こえた。

 ドローンを扉の近くへ見つからないように移動させる。

 どうやら見張りの後退にやってきた者がこちらへ入ってきていた。

 人が近づいてくる気配を感じ、先行組の内二人が奥へ入っていく。


「なんだお前ら!」


 見張り役の内の一人がこちらに向かって叫ぶ。

 奥に進んだ先には100名以上が手足を拘束され顔半分が黒いマスクのようなもので覆われている状態で横たわっていた。

 そして、見張り役と思われる男が三人いた。

 三人はサプレッサー付きの銃を入ってきた二人に向けている。

 だが、突入した二人は勢いそのまま見張り役に向かっていく。

 向かってくる二人に対して銃が発砲されたが、銃弾を回避しながら先行組の二人はそれぞれ一人ずつ、相手の体勢を崩し、手の銃を打ち落とし拾えないように遠くへ飛ばす。

 しかし、残っていた見張り役は捕らえられている人たちの元へ移動する。


「オイお前ら! それ以上動いたらコイツを殺すぞ!」


 見張り役の最後の一人は横になっている人たちの中から女性を選び、首を掴み銃口を頭に向ける。

見張り役の二人を無力化し、残りの一人の元へ向かおうとしていた先行組二人は人質を取られたことにより動けない状態となった。


「入ってきた奴らは倒したぞ!」


 どうやら地下へ入ってきた交代要員を撃退した二人がこちらへ入ってこようとしていた。


「お前らもこいつらの仲間か! 動くんじゃねぇ!」


 合流した二人も状況を察し、近づけない状態となった。

銃を失っていた見張り役二人も立ち上がり、銃を拾いに動く。


 瞬間、人質を取っていた見張り役の顔面が弾けた。


「は…?」


 突然のことに、動けなくなっていた先行組の内の一人が気の抜けた声を出す。

 その後も銃声が続く。

 銃を拾いに向かった二人の足には穴が空き、その場で丸くなりうずくまる。

 急な事態の変化に先行組の四人は誰も状況が理解できていない。

 もちろん、ドローンで映像を見ているだけの僕も状況を呑み込めていない。


「甘いんだよお前ら。それで人が救えると思ってんのか」


 横たわった人たちの中からサングラスと黒いマスクをした者がこちらへ向かって歩いてくる。

 声は加工されており若干聞き取りづらく、サングラスもかけているためとても怪しい見た目をしている。


「お前は誰だ? 俺たちの仲間か?」

「仲間か…、攫われたこの人たちを救うという目的は一緒だがお前たちのような考えなしの仲間というのはなんともな…」

「なんだよお前、こいつらの仲間じゃないのはわかったが、なんか俺たちを舐めてやがるな。銃を持ってるからっていい気になるなよ」


 そう言い放つと何故かサングラスの男に向かって、飛び掛かっていった。


「本当に救えないな」


 サングラスの男は銃を腰に収め、向かってきた相手の腕を掴みそのまま乱暴に床へと身体を叩きつけた。


「お前ら、落ち着いてくれ。寺の中に敵の仲間がまだ多くいる。今からメッセージを飛ばし、そいつらの退治を外の奴らに要請する。そして、俺たちは一刻も早くここに捕らえられた人たちを解放する必要がある」


 仲間の一人があっさり倒されたことで残りの三人も冷静になったのか、警戒を解いている。


「すまない、突然仲間が襲ってしまい…、でも、拘束を解くって言ったって拘束具の解除方法は分かっているのか?」

「それは既に解析済み…」


 地下室の奥からもぞもぞと誰かが立ち上がり、サングラスの男の元へ近づいていく。

 男と同様に加工されてはいるが声の高さと髪の長さから女性であると思われる。

 キツネのお面を付けた女性は続けて話す。


「ここの人たちの拘束に使われている器具の材質は解析済み…、この拘束具を切れるヤツ作った…」


 キツネお面の女は白色のナイフを持ち、近くに横たわっていた者の手の拘束具へ当て、スッと下へ引くようにすると拘束具が切れ床に落ちる。

 足の拘束具も同じ要領で切断する。


「口の拘束具はまだ切らなくていいぞ。この人数が喋りだしたらうるさすぎるからな。全員を解放して落ち着かせてから喋れるようにさせろ」


 サングラスの男はキツネお面の女にそう伝えると、女は頷きながらナイフを男へ渡す。


「人手は多いに越したことはない、お前たちも手伝え」


 先行組の三人にナイフを投げる。


「あぶねぇな!」

「大丈夫だ、拘束具が切れるだけでボディを傷つける材質じゃない。あと、さっきも言ったように解除するのは手と足だけでいい。場を混乱させたくはないだろう」


 先行組もナイフを受け取ると、全員で拘束具の解除を始める。

 サングラスの男は外した拘束具を襲ってきた先行組の一人の手足に付け、うずくまっていた見張り役にも拘束具を装着させる。


「俺を襲ってきたコイツは俺がここを出るまで拘束させてもらう。後で開放してくれ」

「…わかった」


 先行組も落ち着きを取り戻したため、まずは被害者たちの救助を優先することを考えているようだ。

 地下室内で拘束されている被害者たちを見て回ると、きいの姿を見つけることができた。

 作り物の身体が安堵で包まれる。


 きいが無事解放されるのを確認した後、自分の元へ送り主が不明のメッセージが届いているのに気付いた。

 メッセージを確認すると以下の文が記載されていた。

 “寺へ救出に向かっている者たちよ、攫われた者の安全は確保された。お前たちには寺にいる敵の殲滅を任せたい。敵はおそらく武器を携帯しているので、まず見かけた奴を無力化して欲しい。ただ、味方同士で戦わないように気を付けてくれ”

 これはサングラスの男が送ってきたメッセージだろう。

 メッセージの送り主は不明になっているが、おそらくはあの人だろう。

 きいの安全も確認できているので、僕たちも突入するとしよう。


「二人とも、メッセージは来てますか?」

「来てますよ、よくわかんない奴から。これは信じていいんすかね?」

「大丈夫、ドローンで攫われた人たちの無事は確認できてるんで、突入していいはずです」

「私たちに対して少しは状況説明して欲しかったけどね。待っている間に家町君と敵と戦う際の動きを打ち合わせしたから準備はできてるよ」

「そういえば非田さんって戦闘の際はどうするんですか?」

「どうするって?」

「いや俺と布川さんが戦ってる間、非田さんは戦えないからどっかに隠れたりするのかなって」

「確かに僕は格闘スキルがあるわけじゃないから戦闘中は距離を取って後ろにいさせてもらうよ。だけどいざという時はこれ」

「なんだいその注射器は?」

「この注射器の中身はボディの動きを数時間は抑えることができる液体が入ってます。ゆっくり手足を地面につけて歩くしかできなくなるでしょう」

「じゃあそれを打ちまくれば余裕じゃないっすか」

「それはできないんです」

「なんでだい?」

「注射器は四本分しか用意してないのでできるだけ温存しておきたいんですよ。お二人はボディの無力化ってどのようにする予定でしたか?」

「まぁプロの試合と同じようとりあえず関節技を決めた後、そのまま関節を外しちゃおうかなって」

「ボディ相手だと打撃は効かないですし、プロの格闘家は大体締め技や関節技で戦っていますもんね」

「うん、締め技でもいいけどプロ同士じゃないと受け方が下手で相手が死んじゃう可能性があるから危ないかな」


 いくら犯罪集団と言っても命を奪うのはやりすぎだ。

 サングラスの男は平気で頭を消し飛ばしていたが…

 とりあえず、無力化の方法は関節を外すことに決まった。ボディには生身の身体の動きを再現するために関節部を作っているため、構造さえ把握していれば外すことができるのだ。

 しかし、きいを殺した相手がもし目の前にいたとしたら、殺意を止められる自信はないかもしれない。

 きいが攫われたと聞いた時、確かに自分の中からどす黒い感情が渦巻いていたのだ。自分の中にそのような感情があることを初めて知った。

 人を殺すことはすべきではないことを理解はしているのだが、大事な人のことを考えると止められない衝動が湧いてくるのだ。


 その後、寺に入ると既に各地で戦闘が巻き起こっていた。

 サングラスの男の忠告通り、武器を持った敵が多く存在していた。

 武器の多くは槍であり、中には鎖を持った者もいる。

 対ボディを相手にする際、金属類の刃物はあまり効果がない。

 なぜなら、ボディの素材は非常に頑丈なため刃物で切りつけたところで表面に軽く傷がつくだけで内部へたどり着くことはなく致命傷とはならないのだ。

 槍は特定の部位への攻撃に役立つため、急所を突くことができれば命を奪うこともできる。ただ、急所を的確に狙うのはそう簡単ではない。

 だが、わかりやすく弱点となる部位が眼球である。

 頑丈に作られているボディだが、どうしても眼球だけは素材が少し脆くなってしまうため、目をピンポイントで狙って突くことで眼球を破壊することは可能なのである。

 眼球が破壊された場合、痛覚により動きが鈍くなり視界も制限されるので戦闘においては大分不利になる。

 また、鎖も相手の動きを制限することができるため悪くない武器である。


「メッセージ通り相手は武器を持っているようですね」

「槍はちょっとリーチが長くて厄介っすね」

「ふん、まぁ素人相手ならちょうどいいハンデじゃないか?」

「頼もしいですね」

「あそこで余ってる奴でも試しに相手してみようか」


 布川さんは槍を持った状態で周囲を見回している男に近づいていく。


「敵かどうか念のため確認しますか」

「そんなことは必要ない」


 布川さんは槍を持った男へ真っすぐ向かっていくと、相手はすぐに槍をそのまま突き出してくる。

突き出される槍の側面を足で蹴り方向をそらした後、蹴りの勢いを利用する形で布川さんは相手の頭部へ回し蹴りを決める。蹴りを食らった相手が硬直している隙に槍を持っていた腕に関節を決め、槍を手放させる。そして、武器を失った相手の首を絞めそのまま失神させる。

「布川さん話が違うじゃないですか! 関節技だけで動けなくさせるはずじゃ…」

「実践じゃそううまくいかないよ。ついとっさに締めてしまった」

 布川さんに続き、家町さんも相手を見つけ先頭に入っていた。

相手はまた槍を持っていたが、軽いフットワークで槍をかわしそのまま相手を地面へ倒し両腕の関節を外していく。

片足の関節も外し相手を動けなくする。

それを見た布川さんが不敵に笑う。

「いいね家町君。うん、君の方がいい」

「えっなんすか?」

 家町さんが布川さんの方を向いた瞬間、布川さんは味方である家町さんに向かって蹴りを繰り出した。

 家町さんは間一髪で蹴りを防ぐ。

そして、布川さんは僕が投げていた注射器に気づきそれを蹴って破壊する。

「家町さん…、布川さんは…、布川ケンは敵です」

「えっ! 何言ってんすか!」

「まずは目障りな君から排除しようかな、非田君」

 布川は僕に目標を変えこちらへ近づいてくる。持っている注射器を再度投げつけるが、やはり注意を向けられている格闘家には簡単に見切られてしまった。

「すまない、家町さん助けてくれ!」

「全然何がなんだがわかんないっすよ!」

 家町さんが布川と僕の間へ向かってくるが、先に蹴りが自分の左腹にあたり吹き飛ばされる。

ボディが傷つくことはないが痛みを感じ、態勢を大きく崩してしまう。

布川はとどめを刺しにこちらへ向かおうとするが、家町さんが間に割り込む。

「なんでこんなことするんですか布川さん!」

「ん~…、まぁ楽しいからかな」

 布川は家町さんに足払いを仕掛けるがステップでそれを回避する。

さすがに、同じプロを相手にはモーションの大きい蹴りは繰り出さないようだ。

「でも、非田君はなんか僕の裏切りにいち早く気付いたよね~…、知っていたのかい?」

「もしかしたらその可能性はあると情報が入っていました。でも、敵なんかじゃないと信じたかったですよ」

「バレないように頑張ってたんだけど、やっぱ情報ってのは漏れるもんだね~」

 布川はニヤニヤしながらこちらを見ながら話しかけてくる。見た目は格闘家らしく短髪でキリっとした釣り目がちな目だが、正体を現してからは気味の悪い笑みをずっと浮かべている。

「布川さん…、アンタは国で一番のプロの格闘家なんですよ…、どうして人を攫うような悪党側につくんですか!」

「だからさっきも言ったじゃないか。楽しいんだよ、人を破壊するのが。ルールの中で戦う格闘技じゃ満たされないんだよ…、そういえば一回だけ試合で人を殺したことがあったっけな~。あの時はすっきりしたな~」

「それって布川さんがまだ新人の頃、締め技を長くかけすぎて相手が死亡したっていう試合のことですか? あれは確か審判が止めに入るのも遅かったので、布川さんよりも審判に批判が集まっていたはず」

「あの審判には子供がいてね。彼に子供の関節をたくさん外した様子を見せたんだ。そのあと、審判の人にあるお願いをしたんだ。締め技を止めに来るタイミングは私が合図を出してからにしてね、ってね。そしたら快く協力してくれたよ」

「…最低ですよ。あんた」

「でもあの審判も追放されてしまって、毎回審判に協力してもらうのは難しいから試合での殺しはあきらめたんだ。だから、こうやってプロの君を全力で殺せるのはうれしいな」

「もう喋らなくていいっす…」

 今度は家町さんから布川に対して接近していく。

 素早いフットワークで関節技をかけることを得意としている家町さんと蹴り主体で優位を取った後、幅広い技で相手を追い込んでいく布川との戦いは、いかに家町さんが攻撃をかわし続けられるかが重要となる。

 布川は細かく蹴りを入れつつ隙を見て服を掴もうと手を出してくる。

 それに対し家町さんは軽やかな足さばきで間合いを調整し、関節を決める形に持ち込めないか様子をうかがっている。

 僕は布川からの興味から外れたため、距離を取り様子を見つつ注射器を当てられる隙を探る。

 この注射器はボディに刺さった際、自動で中の液体がボディへ素早く流れ込むよう作られているため刺さりさえすれば致命傷となる。

 しかし、その隙が素人目線では全く見つからない。


「いや~さすがだね家町君。そこらの雑魚だったらとっくに壊してるとこだけど、中々逃げるのが上手い」

「あんたは俺が倒します」


 家町さんはさらに動きが早くなるが、布川もそれに対応し攻撃の速度を上げる。

急なテンポアップで布川の身体が少しバランスを崩した。その隙を見逃さず家町さんは布川の足を捕らえる。


「足さえ壊しちまえばあんたなんか!」


 そう叫び、足の関節を外そうとした瞬間、布川は身体を素早く立て直し、鋭いエルボーを家町さんの後頭部へ打ち込む。


「脳ってのはいくら頑丈なボディに守られてても衝撃でダメージを受けるものだ。それと、私がそんな簡単にバランス崩すわけないでしょ。わざとだよ」


 家町さんの両腕を同時に本来曲がることのない方向に無理やり曲げる。

ボディから鈍い音がした後、家中さんは叫んだ。


「両足も行っちゃおう!」


 布川は足に対しても一本ずつ丁寧に関節を外していく。ボディは人工的な臓器はいくつか存在しているが、骨は存在しない。電気信号を与えるためだけのケーブルと関節だけで各部位を動かしているため関節を外されると複雑な動きはできなくなってしまう。

 そのため、手足の関節を外された家町さんはもう戦うことは不可能だ。

 周りを見渡しても、それぞれが自分の戦いに必死なため助けを求められる状況ではない。


「家町君をヤる前に非田君、前菜として君から死んでもらおう」


 持っている注射器を全て投げていくが、どれも弾かれてしまう。

打つ手がなくなり、僕は背を向けて逃げ出す。


「最後は背中を向けて逃げるしかないか。まぁ弱者はそうするしかないか」


 追いかけてきた布川に首元を掴まれる。


「間に合わなかったか…」

「ん、なんだって?」


 グシャっ!


 耳元に聞きなじみのない音が入ってくる。

 僕を掴んでいた布川の手は弾け飛んでいた。


「待たせたな。ゴミ掃除をしに来た」


 どうやらギリギリ援軍は間に合ったようだ。

僕は家中さんと布川の戦闘を見ている間、携帯からあの男へ救援のメッセージを飛ばしていた。


「ありがとうとうございます。GIGAさん」

「いや、俺もちょっとやることがあって来るのが遅れてしまった。すまないな」

「いやいや、銃はダメでしょ」

「何も駄目じゃねぇよゴミが」


 GIGAさんは布川の心臓を狙い発砲する。


「危ないな~」


 布川はバク転をすることで銃弾を回避する。

 その後、布川はGIGAさんの元へ踏み込んでくる。銃を持っている右手を狙い、蹴りを入れようとした。

 だが、GIGAさんは左手に持っていたトンファーで蹴りを防ぎ、顔色を変えずに今度は顔面を狙い銃弾を打ち出す。

 布川は至近距離の銃弾を見切り、顔を傾けてかわす。


「容赦ないね~。あなたは私と同じ人種かもしれないね。でも銃相手だとちょっと分が悪いから一旦逃げさせてもらうよ」

「お前のようなゴミと一緒にするな…、逃がすわけねぇだろ」


 銃を再度心臓に向け発砲するが、布川は身体を少しずらす。

 心臓からは外れたが、布川の脇の下がえぐれる。

 逃げることに専念した布川は周りにいる人間を盾代わりにしつつ距離を取る。

 上手く身代わりを利用しながら布川は飛行してこの場を離れていった。


「ちっ、仕留め損ねたか…」


 さすがに飛行した相手を追いかけることはせず銃を腰へ納めた。

 そして、八つ当たりをするかのように近くの敵を無力化する。


「お前、ボディブレイカーズか?」

「あ? 何言ってんだ!」

「ん」


 ボディブレイカーズと呼ばれていることを奴らは知らないようだ。

 相手は鎖を振り回して襲ってきたが、GIGAさんは鎖をトンファーに巻き付けさせて相手を引き寄せる。近づけた相手の首の後ろに拳を強く2回振り下ろすと、そのまま地面へ倒れこんだ。


「今何やったんですか?」

「首に強い衝撃を素早く与えることで脳からの信号は止まる。2回も叩き込めば意識も途切れる」


 見たことのない技で相手を無力化したこの男を見て、頼もしさと同時に敵出なくてよかったと思った。


「そうだ、家中さんを助けないと」


 関節を外されたまま動けなくなっていた家中さんの元へ向かう。


「家中さん、意識ありますか」

「大丈夫です…、俺、あんな糞野郎に勝てなかった…」


 横になって身体を動かせずにいる家中さんの頬は濡れていた。

 彼の両腕の関節を戻すと、足は自分で治すと言うので残りは本人に任せることにした。


 しばらくすると、槍を持った奴らの大半が地面に倒れ場は落ち着き始めた。

 ここに集まっていた敵は武器を持ってはいたが、戦闘能力自体は全体としてそこまで高くなかったため、大きな被害は出さずに鎮圧することができた。

 自分の端末に新しくメッセージが入る。

 その場にいた仲間と思われる人たちも一斉に新たに届いたメッセージを確認するため、端末に目を落としている。


“攫われた人は収蔵から順次外へ出てくる。全員が出終わったら、ボディブレイカーズの一味を調査団に引き渡す。調査団との話はついているので、引き渡しまで見張りの継続をお願いしたい”


 メッセージを確認し、関係者の救出を目的として集まっていた人たちの表情が少し柔らかくなる。

一刻も早くきいに会いに行きたかったが、自分だけがこの場から移動するのは気が引けたため調査団が到着するまでは逃げ出す者がいないか気を付けながら監視することにした。


「GIGAさんっていったい何者なんですか?」

「ただの掃除屋だ」

「掃除屋?」

「この社会のゴミを片付けてるだけだ」

「殺し屋ってことですかね、銃持ってますし。あとサングラスも」

「─掃除だ」

「…まぁそれはおいといて、GIGAさんが助けてくれなかったら僕と家中さんはやられていました…、ありがとうございます」

「お前から連絡があったからな。ただ想定よりあいつの裏切るタイミングが早かった」

「布川が裏切る可能性があるとあらかじめ連絡を受けてはいましたが、こんなにすぐにこちらを襲ってきたのは驚きました。考えが甘かったです」

「まぁ、あいつレベルになると並みの相手では敵わない。この場で始末しておきたかったが、逃げられてしまったな。今回は雑魚ばかりでこっちが圧倒できたが、今後は敵のレベルも上がって厳しい戦いになるぞ。お前はもう彼女が救えたから今後関わらなくていいんじゃないか?」

「そうですね…」


 今回の戦いで自分が戦闘においてなにも役に立たないことを痛感した。

 ボディに関しての知識があっても、いざ戦いが始まってしまうと戦闘スキルの差が如実に出てしまう。

 日常的に格闘のためにボディを動かし続けている者とそうでない者とでは動作の精度が違うのだ。

 そうこう考えている間に、調査団の一帯が上空から降りてきた。


「俺は調査団の奴らは好かん。じゃあな」

「GIGAさん、今日はいろいろとありがとうございました」

「ふん」


 GIGAさんは調査団と入れ替わるようにどこかへ飛び立ってしまった。

やり方はどうであれ自分ときいの命を救ってくれた恩は忘れてはいけないだろう。


 調査団には先行組の人たちが話を付けたようで、無力化したボディブレイカーズの一味と思われる人たちを拘束し連行していく。

 自分を含め、身内が攫われていた人たちは収蔵へ向かった。

 収蔵に着くと、解放された人々が次々と表へ出てきていた。

 しばらく待つと、きいの姿が見えた。


「きい、無事でよかった」

「章介! なんでこんなところにいるの?」

「きいの職場の相田さんから連絡をもらってね」

「いや、こんな危険なところに来ちゃダメでしょ」

「きいが死ぬかもしれない時にじっとなんてしてられないよ」

「助けに来てくれたのは嬉しいけど、あんまり無茶はしないで!」

「それを言ったらきいも病院に話を聞きに行くなんて中々危険なことをしていたよ。きいがそこまで調べる必要なんてなかったのに」

「でも、子供たちの未来に関わることだから、できることはやっておきたいって思ったの。確かにあんまり章介のことを言えないね…」


 きいは明るい調子で話しているので先ほどまで捕まっていたことを感じさせなかったが、時折表情が曇っていた。

長い間、捕らえられていたのだ。精神的に大分疲弊はしているのだろう。


「今日は家でゆっくり休んだ方がいい、家まで送るから背中乗って」

「え…、ちょっと恥ずかしいかも」

「ボディを長時間動かしてない状態での飛行は危険だから今日は恥ずくても我慢してよ。一応タクシーを呼んで帰るっていう手段もあるけど、呼んでもこのお寺に到着するまで1時間以上はかかると思う」

「ん~、じゃあ甘えさせてもらおうかな」


 きいを背中に乗せ、彼女を家まで送り届けた。

4 さらなる悲劇


 きいを助け出してから数日経過した。

あれから僕はボディブレイカーズの件に関与していない。


「はい、全身を検査しましたが今のところボディに問題は見られませんでした。また、何かボディに不調が見られたらいらっしゃってください」

「ありがとうございます。ボディの定期検診は半年後で大丈夫ですかね」

「そうですね、一応検診は半年に一回受けることを推奨しております」

「わかりました。それではまたよろしくお願いします!」

 

 僕は自分の仕事をするだけだ。

 きいを助ける際に、自分の無力さを痛感した。

 ボディブレイカーズの所業は許しがたいものではあるが、奴らに関しては調査団を含めGIGAさんたちに任せるしかない。

 自分ができる仕事をやるだけだ。

 業務の途中で携帯端末にメッセージが入った。

 送り主は母親、メッセージ内容にはこう書かれていた。


“父の容態が悪化した”と。


 業務を終えた後、父が運び込まれた病院に顔を出すことにした。

ロビーでは母が僕を待っていた。


「母さん、父さんの状態はどうなってる?」

「今は意識を取り戻してるけど、お医者さんからは安静にしているようにって言われているわ」

「何か脳に負荷がかかることしてたのかな」

「そういえば、ここ最近なにか調べ物してた気がするわね。難しそうだから内容はよくわからなかったけど」

「そっか…、父さんと話ってできるかな」

「今は大丈夫だと思うわ」


 念のため病院の人に許可を取り、父親の病室へ入る。


「章介か」

「父さん、大丈夫? 倒れるまで何か調べ物してたんだって?」

「ああ…、少しな。ウチの店が前営業妨害されていたことあっただろ。あの事件の犯人はお前が説得した後、自首したってお前が前に言ってたけど、あれは嘘だよな?」

「えっ…」

「お前がどのくらい知っているのか知らないが、あの事件に深く関わるのはやめておきなさい。とても個人でどうこうできるような相手ではないよ」

「…そうなんだ。大丈夫だよ、僕はいつも通りお店の仕事をするだけだよ」

「あと、父さんはもういつどうなるかわからないから、もし私に何かあった時はこのファイルの中を見て欲しい。今はロックがかかっていて見れないようにしてある」


 父がそう言うと、端末にファイルが送られてきた。


「母さんを頼むぞ」


 父はもう伝えることはもう無いと言うかのように目を閉じて眠りについた。

 父との会話を終え、母と共に帰宅する。


「まさか父さんが事件について調べていたとは…」


 父はどこまでたどり着いたのだろうか。

わざわざ警告するということはボディブレイカーズの存在を知ったのかもしれない。


「まぁ、もう関わるつもりなんてないんだけど…」


 そう考えながら眠りにつくことにした。


 翌日、その翌日も仕事に専念した。


 運命というのは常に自分の意思とは関係なく動くものである。

 自分がどうあがいたところで関係ない者の行動を変えることは難しい。

 世界は他人によって成り立っており、良くも悪くも流れに任せて生きることしかできないのである。

 それがどんなに受け入れがたい現実であっても。


 翌日、父が入院していた病院が襲われた。

 襲った奴らは病院にいた人間を可能な限り殺害したとのことだ。

 その中には父も含まれていた。

 襲った犯人グループに関しては現在調査中と説明を受ける。

 調べるまでもなく犯人は分かっている。

 分かってはいる、分かってはいるが、どうすればよいのだろう。

 僕は無力だ。

 戦った所で役に立たないことは先の件で痛感している…


「あ…、あぁ、なんでこんなことに…」


 母は知らせを受けてからずっと固まって現実を受け止められずにいる。

 僕も同様に受け止められているわけではない。

 ただ、次が分からなくなっているだけだ。

 お店は一旦臨時休業させていただくことにした。

 お客さんにはたびたび迷惑をかけて申し訳ない気持ちはあるが、さすがに正常な精神状態で仕事を行うことはできない。


「そういえば、父さんがファイルを残していたな…」


 あの時の父は自分の死を察知していたのだろうか。

 何度も病院に運び込まれていたら死について考えるのも自然なのかもしれない。


「このファイルか」


 ファイルを開くと見たことのない資料が格納されていた。

 なぜこんな資料を作っていたのか、また父はどこまでを想定していたのか。


「こんなものを残しているとは…」


 自分にできることは多くはないが、やることは決まった。


「やれることをやるとしよう」


 父が残した資料を確認した後、彼に連絡する。


「非田か。どうした?」

「GIGAさん、ボディブレイカ―ズの件まだ追ってますか?」

「お前は彼女を無事助けたんだから、もう関わらないはずだろ?」

「病院に運ばれていた父が殺されました。犯人はあいつらだと思います」

「奴らの動きは露骨に派手になっている。病院を襲い病人を殺しているようだ。おそらくお前の父親も奴らに手によって殺されたんだろうな。最要人や調査団ももう奴らが起こした被害状況を隠せなくなっているから、次第に世間も存在を認知していくだろう。さすがに調査団もこの状況で余裕がなくなったのか、俺たち有志の団体とも協力体制を取ろうとしている」

「僕にも協力させてくれませんか」

「…この前はお前の彼女が攫われたこともあって同行を認めたが、もうお前には戦闘で頼れるあてはないんじゃないのか? お前が連れてきた協力者二人の内一人は敵側の人間だったしな。今のお前に何ができるんだ? 足手まといは必要としていない」

「今度、布川以上の戦力を紹介します。そして、僕自身は次からは後方支援に徹するつもりです」

「戦力か…、実際にそいつを見てみないと何とも言えないな。あと、その戦力とやらがまた敵の一味だったら困る。身元調査はまたさせてもらわないとな」

「はい、またGIGAさんに調査していただきたいです。その人を認めてもらえるなら奴らの情報をください」

「まぁいいだろう。強い奴が味方になる分にはありがたいからな、あいつらを一刻も早く潰すためにも。それじゃあ一週間以内にそいつと合わせろ」

「…わかりました」


 そうして、GIGAさんとの会話を終えた。

 後は協力者を見つけるだけだ。

 あの場で協力者の存在をほのめかさなければ会話は打ち切られ見放されていただろう。

 もともと協力者は必要としていたので、期限が定められただけのことだ。


「非田さん、すみませんがお力にはなれません」

「先ほど説明した手段であなたは強くなれます。布川にやり返したくはありませんか?」

「そうですね…、布川に対する怒りは未だに収まっていません。ただ、身体があの時からうまく動かないんです。恥ずかしいですけど、どうやらあの時の恐怖が身体に染みついちゃってるみたいなんです。この染みついた恐怖が取れるまでもう少し待ってくれませんかね」

「…そうですか」


 家町さんへ協力の要請をしたが、どうやら以前の戦いでトラウマを抱えてしまったようだ。

 家町さんの力を借りるのが一番早かったが、中々物事は上手くいかない。

 布川と家町さん以外の格闘家にはもうあてがないため、別の方面から協力者を探す必要がある。

 あの人に話を聞いてみるとしよう─


 家町さんとの通話を終えた後、彼へ連絡を入れることにする。


「どうしたボディ屋?」

「甚大さん、ちょっと相談がありましてね」

「この前みたいに直接家に来ればよかったじゃねぇか」

「場合によっては直接会わせていただこうかと思っています」

「まどろっこしいな。一体何だよ」

「そうですね、じゃあ最近で甚大の周りに身内が襲われたという人はいませんか?」

「ずいぶん物騒な話じゃねぇか。だが、情報に疎い俺にも最近嫌な事件がよく起こってることは伝わってるよ。病院が襲われている件だろ?」

「ええ、襲っている奴らに父を殺されましてね… 奴らを野放しにはしてられないんですよ。そのために同志を探しているんです」

「それならボディ使ってる奴らの方が丈夫でいいんじゃねぇか? 俺の周りは生身の奴らばっかだぜ」

「頼りにしてた人が今調子悪いようで、もう頼める人がいない状態なんです。生身の人でも戦闘能力が高い人なら頼らせていただきたいんです。あと、亡くなった父からある資料を受け取りましてね」

「資料? それがどうした」

「その資料にはスーツの作り方が載っていました。そのスーツを協力者に合わせて作ろうと思ってます」

「ボディじゃなくてスーツか。生身の奴が着ても大丈夫なのか?」

「生身でも大丈夫な性能になっています」

「ふぅん。なるほどな…、確か話は被害者がいるかどうかだったな。…居るぜ、俺らはボディみたいな頑丈な身体じゃねぇからよ、病院に行く頻度も多い。病院や病人を襲われたらまぁ俺たちが一番困るわけだ。だから、ここ最近で大事な奴を失ったやつを何人か知ってる。その中で一番つえぇ奴を紹介してやる」

「ありがとうございます。その人の連絡先教えてもらえますか?」

「教えるのはいいけど、多分中々連絡は取れないと思うぜ。気分屋な奴だからな。あいつの恋人が殺されてるから今あいつはだいぶ頭に血が上ってる。一旦俺が仲介してやるから会ってみてくれ」

「わかりました、ただこちらも事情があってそこまで時間に余裕がない状況です。今日中に会うことはできますかね」

「奴と連絡が取れるかどうかは怪しいな。一応声はかけてみるけど、いつ返信があるかはわからねぇ」

「そうですか。それでは明日まで待って連絡が取れないようでしたらあきらめます」

「おう、連絡取れたら教えるぜ」


 そうして甚大さんとの通話を終える。

 GIGAさんとの約束した一週間以内に協力者に合わせてスーツを完成させる必要がある。

 父が最後に残してくれたもので父の敵を討つ。

 それ父が望んでいたかどうかはわからないが、やると決めたのだ。

 ただ、この日は結局甚大さんからの連絡が来ることはなかった。

 焦る気持ちを抱きつつ、明日を迎えた。


 翌日、朝方から連絡を待っているときいからメッセージが届いていた。


「もしもし、どうかした?」

「どうかした? じゃないよ。章介のお父さんが襲われたって連絡くれた後、全然話してないじゃない」

「あぁ…、ごめん。ちょっと自分の中でまだ心の整理ができてなくてね」

「それでもさ、私には話してよ。今の章介の支えになりたいと思ってるの。なんでもいいから話をしようよ」

「そうだね、気を使わせてしまって悪かったよ。…きいが攫われた後に今度は父さんが殺されてさ…、結構精神的に参っちゃったよ。生まれてからこんな大規模な事件なかったからさ、正直今でも夢なんじゃないかなって思う時があるよ」

「…私も攫われた時のことをたまに思い出しちゃう。それで外にいて知らない人が近くに来るとびっくりしちゃう時があるんだよね。でも、私は章介たちが助けてくれたからまたこうして生活を送れてる。こうやって普通の日常を送れるだけで十分だと思ってるの。…ねぇ章介」

「ん?」

「襲ってきた人たちとまた戦う気でしょ?」

「……」

「分かるよ。恋人だからね。章介は負けず嫌いなところがあるから絶対にこのままおとなしくはしないよね…、本当は止めたいところだけど、止めても意味がないことも知ってる。だから約束して、無茶はしないって」

「…あんまり心配はかけたくないから、言うつもりはなかったんだけど見透かされちゃってるね。…そうだね、僕はあいつらをこのまま許すつもりはない。あいつらにやられるつもりもないよ。だから、僕はやれるだけのことをする」

「まったく…、それじゃあそれが終わったらまたサッカー見に行こうよ」

「うん、また見に行こう」


 きいと約束をし、通話を終える。


 そして、午後になると通話がかかってきた。


「ボディ屋、運がよかったな。あいつと連絡が取れたぜ」

「待ってましたよ。今日会えますか?」

「ああ! じゃあ集合場所を送るからそこに来てくれ」


 頼みの綱に会いに行くため、指定された場所へすぐに向かった。

 到着してしばらくすると、背が165センチほどの男と2メートルを超えたクマのようなシルエットをした大男がこちらへ向かって来る。

 小さい方は甚大さんだが、もう一人の方とは初対面だ。


「紹介するぜ、こいつが昨日話をした男だ」

「はじめまして、俺は天王山 烙(てんのうざん らく)だ」

「初めまして、非田章介です」

「非田さんは今何歳?」

「25歳ですけど」

「俺は21歳だから非田さんの方が年上だな」

「年上ってわかったんなら敬語くらい使えよ! ボディ屋の方だけ敬語使ってたらおかしいだろうが」

「いや、敬語とかめんどいから嫌だよ。非田さんも別に敬語使わなくていいよ。そういえば足柄さんから聞いたけど、非田さんは俺の彼女を殺した奴らについて知ってるんだよね? 皆殺しにするから居場所教えてよ」

「おい烙、いきなり話を進めるんじゃねぇよ」

「俺はあいつらを殺すことしか今は考えられないから。ただ、居場所がわかんねーことにはどうしようもねぇし…」

「君の力を貸してくれるなら情報は共有するよ。ただ、君には僕が作成したスーツを着用して戦って欲しい」

「スーツ? そんなもんいらねぇよ。誰だろうがぶっ飛ばす」

「天王山君、今まで人を殺したことってある?」

「いや、殺したことはないけど」

「生身の人間がボディの相手を倒すにはいくら強くても限界がある。ボディには刀のような刃物で切りかかっても跡がつく程度で大して効果はない。だから関節技、締め技で動きを封じるかボディを破壊する威力の銃を使用する必要があるんだ。ボディにも関節は付けてあるから、構造を学べば外すことはできる。天王山君は格闘技の経験はある?」

「いや、人から習ったことはないよ。でも、生身の奴もボディの奴もみんなぶっ飛ばしてきた。ボディ使ってる奴は確かに頑丈だけど、脳をしつこく叩いてやればさすがに効くから根を上げるまで叩けば倒せる」

「なるほど、脳を攻めるのか。確かにそれなら一定の効果はあると思う。ただ、今度の相手は武器も持っていて、戦闘スキルも高いだろう。その人たちを相手にどこまで通用するかな」

「ボディ屋、こいつは身体能力に関しては大したもんだと思うぜ。生身で気の荒い奴らもこいつには敵わねぇんだ」

「…そうですか。天王山君、一度格闘家を連れてくるから戦ってみてほしい。それを見てスーツが不要そうなら生身のままで構わないよ」

「わかったよ、実際に戦うのが手っ取り早いからな」

「それと、また連絡が取れなくなると困るからメッセージにはちゃんと返信してほしい」

「…まぁ、できるだけ確認するよ。今はあいつらをぶっ倒すのが一番大事だしな」

「じゃあ烙とボディ屋で直接連絡取れそうだから俺はもう関わらなくていいか?」

「甚大さん、ありがとうございました。天王山君とは僕から連絡を取らせていただきます」

「いいってことよ。俺も知り合いに被害が出てるから、今暴れてるって奴らを早く何とかしてほしいと思ってるからよ」


 甚大さんたちとは一旦別れ、天王山君との試合相手を見繕うことにした。

 家町さんに連絡をして対戦をお願いしてみたが、やはりまだ戦える状態でないとのことだったので代わりに他のプロの格闘家を紹介していただいた。

 そうして、天王山君との試合は明日の夜に調整することができた。


 試合当日、一時的に利用させていただく武道場に到着する。

 そこには先に一人到着している者がいたので声をかける。


「はじめまして、家町さんから紹介していただいた平田(ひらた)タンタンさんで合ってますか?」

「はい、家町の友人の平田です」

「すみません、突然変なことお願いしてしまって」

「別に大丈夫ですよ。生身の人と戦うなんて面白そうですし」


 軽く挨拶をしていると天王山君が到着した。


「お待たせしました」

「天王山君、こちらが今回試合をしてくれる平田さんだ」

「どうも平田です」

「試合を始める前にルールについて説明します。まず、今回は生身とボディが戦うため、ボディ側から生身側への打撃は禁止とさせていただきます。ボディ側は十カウントするまで相手の動きを無力化できたら勝利とします。逆に生身側は基本何でもありです。勝利条件はボディ側がダウンしてから十カウントした場合とします」

「俺は別に打撃ありでもいいけど」

「さすがに安全面を考慮して認められない」

「そうですね、生身の方を相手にするのは初めてなので何かあっても困りますし」

「ちっ、まぁ速攻で倒せば関係ないからいいよ」

「それでは、もう始めてしまいましょう」


 お互いにある程度距離を取ってもらい試合開始の合図を出す。

 始まってすぐに天王山君が平田さんへ突っ込んで行った。

 勢いそのままに平田さんの側頭部へ向かって掌底を繰り出すが、その手は上手く捌かれ届くことはない。

 続けて天王山君は足払いを試みるが、プロの格闘家である平田さんに通じることはない。


「生身とは思えないスピードですね。ボディの格闘家と比べても速さだけなら遜色ないかもしれません。ただ、そろそろこちらも反撃させていただきましょう」


 そう宣言すると平田さんは天王山君の腕を掴み、関節技を決めながら床に押し倒す。

押し倒された天王山君は力業で腕を振りほどき、相手との距離を取る。


「すごい力ですね、生身とはとても思えない。ただ、強引に振りほどいたことで腕を痛めたはずです。無茶はやめた方がいい」

「うるせぇな…」


 天王山君は頭に向けて足を高く蹴り上げるが、その蹴りも腕でガードされ残った片足を崩され、身体は床に倒れる。

 そして、今度は首を抑えられ完全に動きを封じ込められる。


「…十カウント経ちました。天王山君、君の負けだ」

「クソッ!」

「今まで君が倒したボディの人はおそらく格闘家じゃなかったんだと思う。プロの格闘家を相手に生身で戦うのはやはり限界があるんだよ。敵にはプロの格闘家もいるからね」

「でも、動き出しだけならボディより早かったかもしれないですね」

「ボディの動きは脳の信号を読み取ってから反映させるまでに少しラグがありますからね。反射神経の良い生身の人の方が動き出しに関しては早くてもおかしくないです。天王山君、約束通り僕が作成するスーツを着てもらうよ」

「…わかったよ。それはどのくらいでできるんだ?」

「もう既に君の身体のサイズに合わせて作り終わっている」

「なんでだよ。身体測られたりしてないぜ?」

「サイズも筋力も前にゴーグルを付けて君を見た時にデータを取っている。時間がないから先に作らせてもらったよ」

「へぇ、そのスーツを着た状態の彼とも戦ってみたいですね」

「ちょっとそれは難しいですね。作成したスーツはボディを破壊することができるほどの性能になっているんで、だいぶ危険です」

「それを着れば俺は強くなれんのか?」

「スーツに慣れれば段違いに強くなるよ。明日早速持ってくるから身体を慣らしていってほしい」

「わかった」


 そうして、平田さんにはお礼のポイントを渡し、その場は解散することにした。


 翌日、天王山君に僕の店へ来てもらいスーツを渡す。


「これを着ればいいんだな」

「あとこの靴とマスクも着けてね」


 天王山君は渋い顔をしながらもスーツ、マスク、靴を装着していく。

 スーツもマスクも薄い透明な素材でできているため、見た目は特に変わることはない。


「着替え終わったぜ、非田さん」

「それじゃあ、ちょっと軽く性能を実感してもらおうかな。このボディ用の腕パーツを強く握ってみてほしい」

「ん」


 天王山君が腕を握ると、ぐしゃっと音を立てて腕は細く潰れた。


「マジかよ…」

「今の君の力はボディの耐久力を超えている。60キロで走る自動車にぶつかっても平気なボディを傷つけることができる。でも、そのスーツのパワーは僕が制御できるようになっている。敵と戦う時以外は基本的にパワーを抑えさせてもらうよ。しばらくは慣れてもらうために僕が見ている間は力を解放する。君にはスーツの性能を限界まで引き出して欲しい」

「仕方ねぇ、この前負けちまったのは確かだからな。この際手段は選んでられねぇ、奴らを倒せるならなんでもいい」


 そこからはGIGAさんとの約束の日まで身体にスーツを馴染ませることに専念してもらった。

 そして時が経ち、約束の日が来る。


「GIGAさん、戦力を連れてきました」

「随分とでかいな。顔もあんまり見ない造形だな」

「この人は生身ですからね。今は僕の作成したスーツを着てもらってます」

「あんたの話は聞いてるぜ。あんたが敵の情報を持ってるんだろ?」

「ああ、情報は各地から集まってきている。ボディブレイカーズのまとめ役”木田蛇蛇”の居場所も掴めているからそろそろ確実に奴を叩きたい。だから、今は半端な奴はいらない」

「半端かどうかは試してみてください」

「じゃあ、試しにこいつを倒してみろ」


 GIGAの後方から鞭を持った男がこちらへ向かってくる。


「俺が育てた弟子の一人だ。こいつと戦ってみてくれ」

「GIGAさん、このでかい奴をやっちゃえばいいんですね?」


 GIGAさんが頷くと、鞭を持った男は天王寺君に向かって鞭をふるう。

 鞭は天王寺君の腕に絡まり、そのまま引き付けようとする。

 だが、天王寺君が腕を引くと鞭を持った男が逆に引っ張られる形で前へ姿勢を崩す。

 そして、天王山君は男の後頭部へ手刀を繰り出す。

 鞭は手から離れ、男は床に倒れる。


「加減はしたぜ」


 床に倒れた男を見ながらGIGAさんは口角を上げる。


「なるほど、ある程度戦える奴のようだな。いいだろう、こいつの身元を調べてから木田蛇蛇潰しに加わってもらおうか」


 こうして、新しい戦力を加え僕たちの復讐は始まった。

5 反撃開始


 数日後、身元調査の終わった天王寺君と共にGIGAさんに連れられ、ホテルの部屋に入る。

ホテルには既に女性が一人待機していたみたいだ。


「初めまして…、私はTIA…」

「こいつは俺の相棒で情報収集を専門にしてる。それじゃあ、これからの動きについて話をしよう」


 この女性の話し方、どこかで聞いた覚えがある。

確かきいを助けにお寺に行った時に…

 まぁ、そのことについては今確認することではないだろう。


「はじめまして、非田章介です」

「天王山烙だ」

「時間が惜しい、とっとと話を進めようか。まず、蛇蛇についてだが北海道の南部に拠点を構えている。ここにはボディブレイカーズの主要メンバーが集まっている」

「こっちの戦力はどのくらいなんですか?」

「今回は調査団の奴らと協力体制になってるからな、500人以上で拠点に乗り込む想定だ」

「この規模だと連携取れるか不安…、数が多ければいいわけじゃない…」

「俺は自分で実力を確かめた奴らとしか一緒に行動しないつもりだ。どうせ調査団の奴らは外部の連中とは素直に連携するつもりはないだろうからな。そういえば非田、お前は天王山と一緒に前線に出るのか?」

「いえ、前にも話した通り僕は後方支援に専念しようと思ってます。戦闘になったら足を引っ張るだけでしょうから」


 きいの救出の際、自分の無力さを痛感した。

 あの時は自分がきいを救わなければいけないという思いで前に出てしまったが、格闘スキルのない自分が前線に出る必要はないのだ。


「そうか。じゃあTIAから敵の情報を共有してもらって後方支援に回ってもらおう。天王山には敵の拠点のマップを頭に入れてもらう」

「あんまり覚えるのは得意じゃねぇけど、まぁ仕方ねぇか」


 天王山君と僕はTIAさんたちから敵に関する情報を共有してもらった。

 ボディブレイカーズの拠点を攻めるのは来週とのことなので、僕はもらった情報をもとに作戦を練る。

 天王山君はGIGAさんと共に戦いに備えて体を慣らすことになった。

 父の病院が襲われた後も奴らによる被害は増え続けており、既に国中で奴らの存在は知られてきている。

 僕が生まれてから、今回のような大勢の犠牲者が出る事件は初めてのことだった。

 生身の身体からボディへ人間の器が代わってからは殺人というものが起こりにくくなっていたので人々は恐怖に鈍感になっている。

 そして、奴らが一体なぜ病院を襲うのかが僕には全く理解ができない。

 ただ、いち早く奴らを止めないとなんの罪もない人たちが犠牲になってしまう。

 それだけは阻止しないといけないのだ。


 自分なりに考えを巡らせている内、一週間が経過した。

 これからGIGAさんや天王山君は敵の拠点へ向かう。

 天王山君のスーツにドローンを付ける。

 周囲の様子を確認できるように蚊の形をしたドローンが飛ばせるよう天王山君の首裏に忍ばせておいた。

 僕は念のため現地から40キロほど離れた場所でカメラの映像を確認し、通話ができるよう準備をした。

 今回の作戦に加わっている他のメンバーはすでに北海道の広大な農地へと向かっている。

農地の下が敵の拠点となっているため、複数ある入り口からそれぞれ突入する手はずになっている。

拠点に関する情報は捕らえた敵から手段を選ばず聞き出したらしく、その際に認証コードも入手済みとのことだ。

天王寺君とGIGAさんは別のチームに分かれているため、天王山君はGIGAさんの知り合い五人とチームを組んで動くことになっている。

 リーダー役の人は長い金髪の男で身長170センチほど、サブリーダーは180センチほどの身長で黒髪坊主頭、手足が長く少し猫背気味の男だ。

 六人が入口地点の土を軽く掘ると、金属の底が見えてくる。

 また、数値を入力する箇所へ入手していた認証コードの数字を入力していく。

 入力が終わると金属の扉が開き地下への道が開かれる。

 天王山君は最後尾からチームメンバーを追うように地下へ入り、しばらく進んでいくと人の声が聞こえた。


「おらぁ! もういっちょ!」


 部屋の中に入ると、倉庫のような部屋の床には血痕のようなものが至る所に付着していた。

部屋をドローンのカメラで見渡すと下着一枚の状態で鎖に吊るされた人間がざっと並べられており、四人の男たちは吊るされている人間に対して殴ったり蹴ったり暴行を加えている。


「お前ら何してんだよ」


 天王山君はそこにいた男たちに問いかける。


「てめぇら誰だよ! ここに誰か来るなんて聞いてねぇぞ」

「俺らはお前らを駆除しに来た」


 金髪のリーダー役の男が答える。

 それに他の仲間たちも臨戦態勢に入る。

 部屋にいた四人の男たちも敵だと認識し、侵入者に対して向き合い態勢を整えた。

 その中で一番早く動きを見せたのは天王山君だった。

 近くにいた敵に素早く接近すると相手の両手首を掴み、そのまま握りつぶした。

 痛みと困惑で声を上げた相手は蹴りを繰り出すが、天王山君は足を受け止める。

 続いてその足をそのまま握りつぶす。

 天王山君が敵を無力化している間に他の仲間たちも戦闘を始めていた。

金髪の男は二人を相手にしていたため防御に専念することを強いられていたが、天王山君がそのうちの一人の肩を引っ張り仲間と引きはがすことで一人引き受ける形に。

 その後、天王山君は両足を潰し、動きを封じていた。

 残った敵と味方は実力が拮抗していたため、天王山君が片方ずつに加勢していき敵を鎮圧する。


「お前めちゃくちゃ強いな…、助かったぜ」

「サンキュー」


 仲間たちは想像以上の強さを見せた天王山君に驚いている様子を見せた。

 天王山君はぶら下げられていた人たちの鎖を鋭い蹴りで切断していく。

 鎖から解放された人たちの多くは体中に痣を付け、意識もない状態であった。

 その中でまだ身体が比較的きれいな男が口を開く。


「あんたは誰だ? 助けに来てくれたのか?」

「助けに来たわけじゃない。ここにいる奴らを始末しに来ただけだ。あんたたちは見たところ生身のようだな… あいつらに何されてたんだ?」

「俺たちはあいつらに攫われてここに連れてこられてよ… 鎖に吊るされてサンドバッグにされてたんだ」

「どういうことなんだ、意味が分からねぇ」


 話を聞いていた金髪のリーダーは状況が理解できず困惑した様子だ。

 天王山君は部屋を見渡し、吊るされていた人間を全て解放したことを確認すると、僕に対して怪我人の救助を手配するよう頼んできた。

 頼みを受け、僕はTIAさんや調査団の後方支援の人たちに連絡を取り状況を説明した。

 どうやら他のチームも同様のサンドバッグ状態の人たちを目撃したようなので、救助の動きはすでに整っていた。

 その旨を天王山君のチームへ伝えると、彼らは怪我人たちを一か所にまとめ、回収しやすいようにしてくれた。


「俺たちは先に進まなきゃいけないけど、こいつらを放っておくわけにもいかない。二人ここに残って回収組が来るまで見張っててほしい」


 天王山君は先ほどの戦いでの実力が認められ、先に進むメンバーに加わった。

そして、そのまま奥へ進み新たな部屋に入る。


 部屋には液体の中に入っている臓器がいくつも存在している。

 また、そこには見覚えのある人物が待ち構えていた。


「お前たちが今暴れていると噂の侵入者かな? 多分そうだよね~」


 この話し方とボディ構成は布川ケンで間違いない。

 天王山君へ彼がプロの格闘家で国内ランク一位の男であることを伝える。


「ふぅん、お前布川ケンって言うのか。どうやら強いらしいな」

「そうだね~、私よりも強い人はあんまり見たことはないかな」

「お前も人間をサンドバッグにして楽しんでたのか?」

「いや、私はあんまり動けない人間をいたぶるのは好きじゃなくてね。活きのいい人間を動けなくするのが好きなんだよね~。だから、私が弱らせた後の人間がサンドバッグになるわけだよ」

「クズが…、生身の人間ばっか狙ってるのはなんでだ?」

「ボディより生の肉の方が感触いいからだな。やわらかい肉に拳がめり込んでいい反応をしてくれるから、硬くて反応の悪いボディを相手にするより楽しいかもね。私はボディが相手でも楽しめるけどね~。あと、生身の肉体はメンテナンスするのがめんどくさいんだよね~」

「メンテナンスだと?」

「臓器が傷ついちゃうと死んじゃうからね~。臓器をたくさん確保してこの部屋で管理してるんだよ。おもちゃはできるだけ状態を良くしないとすぐ壊れちゃうからね~」


 布川の発言を聞いて、前にきいと人体博覧会に行った時のことを思い出した。

 あの時、臓器が奪った犯人はこいつらだろう。まさか、こんなことをしているとは全く思っていなかったが…

通信を通し天王山君に人体博覧会について聞くよう指示を出す。


「人体博覧会を襲ったりしてか?」

「よく知ってるね~。臓器を少しでも多く用意するためにそういう場所にも行ってたりしてたよ」


 どうやら、ここ最近で起こった事件のほとんどはこいつらが絡んでいたようだ。

吐き気を催すほどの嫌悪感を抱きながら、天王山君にぶっ飛ばしてくれとお願いをする。

 天王山君は静かに頷き、布川との会話を打ち切るように戦闘態勢に移る。

 布川も笑みを浮かべたまま、天王山君へ間合いを詰める。

 流れるような動きで布川は天王山君の足を引っかけ態勢を崩す。

 布川はそのまま肩を抑え、天王山君の腕を掴み後ろに回す。


「君はボディじゃないね、ボディより関節がやわらかいようだ。まぁどっちでも壊しちゃえば関係ないけど」


 布川は腕の関節を破壊しようと力を加える。

 しかし、天王山君の腕は動くことはなかった。


「ん?」


 布川は不思議そうな表情を浮かべる。

 天王山君は掴まれていた手を払うようにして腕を戻す。

 そして、振り返り布川の首を掴み、持ち上げる。


「お前、格闘技で国内トップだったらしいから試しにどんなもんか様子を見させてもらった。でも、どうやらたいしたことねぇな」

「…んな…、馬鹿な…」


 布川からは笑みが消えていた。

 首を掴んでいる手を両手で振り払おうとするが、天王山君の手が動くことはない。


「正直こんなスーツ着るのは嫌だったけどよ、この力は圧倒的だ。これなら蛇蛇もサクッとやっちまえそうだぜ」

「天王山君、こんな奴でも殺すのはやめて欲しい。そのスーツで無駄な殺しをしてほしくはないんだ。殺すのは蛇蛇だけにしよう」


 僕の父が残したスーツで無駄に命を奪うことはして欲しくなかった。

 父の復讐はしたいが、父の遺産を殺しに使いたくはないのだ。

 だが、天王山君の手は布川の首を離すことはなかった。

 そのまま首を絞めたらボディといえども脳は活動を停止し、死に至るだろう。


「天王山君、僕は君のスーツのパワーをオフにすることができる。スーツの力なしでは君がボディと戦えないことは分かってるよね?」


 脅しをかけたことで天王山君は布川の首を離し、布川は床に落ちた。

 布川は四つ這いの姿勢のまま動けないようだ。

 我ながら天王山君には自分勝手なことを言っていると思う。僕自身も復讐のために動いているのに、殺すことに躊躇をしている。

 いや、父のスーツを死で汚さないようにしているのかもしれない。

 自分の中でまだ揺れている。

 復讐の気持ちと父が殺しを望んではいないのではないかという気持ちが。

 スーツの性能と天王山君のポテンシャルがあれば殺さずに敵を無力化できるのではないだろうか。


「非田さん、あんた少しやり方がせこいな。今回は仕方ないから殺すのをやめるけどよ。蛇蛇の時も止めるようならあんたのこと許さねぇからな」

「わかった。蛇蛇相手なら止めないよ、でも蛇蛇以外は無駄に殺さないで欲しい。そこまで死を背負う必要はないよ」


 天王山君は顔を落とし、布川の手足を踏みつぶしていく。


「嘘だ…、この私が…、こんな…」


 布川は動けなくなった身体でうわごとのように言葉を発する。

 今まであまり敗北を経験したことがなかったであろう男が、圧倒的な力によって破壊されたのだ。中々現実を受け入れられないのも仕方がないのかもしれない。


 布川を無力化した後、天王山君は手当たり次第に部屋を確認し、囚われている人々の解放と敵の無力化を行っていった。

 ドローンを通して天王山君の様子を見ていると、僕の元へ連絡が入ってきた。

 調査団と木田蛇蛇が接触したとのことだ。

 しかし、木田蛇蛇と接触した調査団の人々はバラバラにされている姿で見つかっているらしい。

 調査団のボディの目や耳で捉えた情報はサポートメンバーに共有されていたようなのだが、蛇蛇に対面した者は即座に殺されてしまうため情報が途切れてしまっているそうだ。

 調査団の死体の位置情報から、どうやら蛇蛇は天王山君の位置へ近づいているということだ。


「天王山君、近くに蛇蛇が来ているようだ。味方と合流して体制を整えて欲しい」

「別に味方なんていなくても俺一人で蛇蛇をぶっ飛ばせばいいだろ」

「蛇蛇は想像以上に強力な力を持っているようだ。スーツを着ていても安心はできないよ」

「俺が速攻で両腕潰しちゃえば問題ねぇだろ」

「それでも念のために味方は必要だ」

「仕方ねぇな…、人増やせばいいんだな」


 天王山君はしぶしぶ味方を増やすことに納得してくれた。

 いくらスーツによって能力が上がったとはいえ調査団をバラバラにした蛇蛇には最大の警戒をした方がいいだろう。

 天王山君には味方の位置を教える。しばらくすると味方と合流することができたようであった。

 合流したメンバーは調査団ではないが実力者たちだ。

 調査団は部隊ごとに連携して動いているため、調査団以外のメンバーと一緒にいた方が天王山君は動きやすいだろう。

 とはいえ、初対面のメンツで息を合わせて戦うのは中々難しいため、あくまで個々の強さが求められる。

天王山君が味方と固まって移動をしていると大部屋へとたどり着いた。部屋には敵が十数人ほど集まっていた。

敵もこちらに気づき、戦闘が始める。

 天王山君たちは特に苦も無く順調に敵を倒していく。

 敵が残り二人になったところで、相手の表情が急に安堵へと変わる。


 突然、カメラの映像に映っていた仲間のうち、一人の上半身と下半身がズレ落ちる。


「は?」


 仲間の一人は二つに切り離された味方に気づく。


「危ねぇ!」


 天王山君は声を上げ、止まっていた味方を蹴り飛ばす。


「っ…、何すんだよ!」


 困惑のまま蹴られた男は天王山君に怒りをぶつける。


「あいつを見ろ」


 天王山君の目線の先には身長が2mほどあり、線の細い体格をした男が立っていた。

 手には柄があり、柄の先には白い何かが噴射していた。


「お前ら、運がなかったな。ここで終わりだ」


 先ほどまで追い詰められていた敵の一人がそう呟いた。


「なんだよお前は」


 天王山君は新たに表れた男に対して問いかける。


「私のことを知らないのか? ここまで来ておいて」

「知らねぇよ、どうせぶっ飛ばすからな」

「なるほど」


 男は手に持っていた柄を横に振るう。

 天王山君は上体をそらすことで噴出している何かをかわす。

 先ほど天王山君が蹴り飛ばした味方は噴出物を避けきれなかった。そして身体はまたも上下に切り離される。


「君はどうやら反応がいいようだ。悪くない」

「お前の持ってるやつは何なんだよ」

「ウォータージェット、ウォーターカッターの方が分かりやすいかな。なんでも切れるよ、ボディだろうとね」


 なんでも切れるウォーターカッター、調査団から受けたバラバラになった死体の報告からあの男が誰なのかは察することができる。

 天王山君に男の正体を告げる。


「お前、木田蛇蛇なのか?」

「うん、私が木田蛇蛇だ。名前を憶えた所で、君は死ぬだけだけど。まぁいい、いつまで避け続けられるかな? 頑張って私を楽しませてくれ」


 蛇蛇と邂逅した。

 相手の武器はリーチの長いウォーターカッター。

 今のところ対策は思いつかない。

6 木田蛇蛇という男


 人はみな、それぞれ趣味嗜好が違っている。

 私は基本的に他人の趣味嗜好に口を出す気はない。

 だから、私の趣味嗜好を否定されたくもない。

 私はこれといったきっかけもなく、物心ついた頃から生物を殺すことを楽しんでいた。

昆虫、鳥、魚を殺すことにはすぐに飽きてしまった。

 反応が悪い生物を相手にしても満たされることはなくなっていったのだ。

猫や犬を殺すことは楽しかった。特に飼い主の前で殺すことで飼い主の反応と動物の反応のどちらも味わうことができるため、大いに満たされた。

 しかし、社会は私の楽しみを許すことはなかった。

 ペットを殺された飼い主が私を責め立てたのだ。

 何度かペットを殺していると、周りや身内からも拒絶されるようになっていった。

親にも理解をされないまま十歳になった時、ボディへの移植をするかどうか決めなければいけなくなった。

 私はボディになることを拒むことにした。

 ボディになった後、身体の感覚が変わってしまうことが受け入れられなかった。

 私にとっては殺すまでの過程で、自分の身体を使い対象を痛めつけることも楽しみの一つだったのだ。

 親や周りとの距離は縮まることはなく、私は自然と親の元を離れていった。

 まだ、未成年ではあったが親元を離れ居心地の良い場所を探すことにした。

 ただ、生身の身体で未成年が一人で生きていくことは簡単ではなかった。

 とにかく食料の問題を解決しなければならなかったため、趣味の殺しは生きるための手段にもなっていった。

 魚や虫、動物を生きるために殺して食べた。

 腹を満たすために野生の動物が多く生息している山へ向かった。

 しばらく山で生活していると、自分と同じ生身の人間に遭遇した。

 生身の人間たちは私を迎え入れてくれた。そこで私は生身の人間たちと共に生活をするようになっていった。

 そして、生活をしている内に自分の中にある欲望が芽生えてきた。

 人間を殺して食べたらどんな味がするのだろうか。

 今まで人間を殺したことはなかった。

 ペットを殺した程度で責め立てられていたため、とても人間を殺せるような環境ではなかったのだ。

 ただ、人の目の少ない山の中上手くやれば殺すことも可能ではないだろうかと考えた。

 欲求は抑えきれず、一緒に生活していた生身の人間の中で最も影の薄い者を殺めることにした。

 他の者に声が聞こえない場所へ誘導し、ナイフで刺し続けた。

 この時、私は今までに味わったことのないほどの至高の喜びを味わった。

 もう、この感覚を知ってしまったら止まることなどできるはずもない。

 しかし、人間の肉は食べてみるとあまり美味しくはなかった。どうやら、人間は食べるのには向いてないようだ。


 そして私はある計画を立てた。


 ボディを無くし生身の人間を増やす。

 そしたら、生身の人間をたくさん殺せる。

 それこそ私が求める世界だ…

7 討伐戦


 蛇蛇が振るうウォーターカッターの軌道を何とか避け続ける。

だが、避けることができなかった他の連中は全員身体を切断されてしまっていた。

 そして、俺は中々相手の懐にまで入ることができず、防戦の形になってしまっている。


「おい蛇蛇、その水はどっから出してんだよ」

「これは空気中の水分を使っている。だから、半日は使い続けられる。君が半日避け続けられたら私を倒せるかもしれないな」

「その前にぶん殴ってやる」


 そう返すもウォーターカッターを潜り抜けることは容易ではない。


「蛇蛇さん、俺たちにも手伝わせてください!」


 今まで様子をうかがっていたボディブレイカーズの残党のうちの一人が援護態勢に入ろうとしていた。

 こっちに向かって先ほどまで劣勢に立たされていた敵が襲いかかってくる。


 だが、その身体がバラバラに切断される。


「え? 蛇蛇さん、俺たち味方ですよ…」

「味方? 何言ってんの? 私が楽しんでいるのに邪魔しようとするなら君たちは敵だろ?」

「いや、でも殺すことはないじゃないですか!」

「うるさいな」


 蛇蛇は躊躇なく話していた味方と思われる者を切断する。


「これで落ち着いて楽しめる」

「お前、手下に容赦ないんだな」

「彼らは駒として使っていたけど、駒がプレイヤーの意思に背くのは違うと思わないか?」

「同意を求めてくるんじゃねぇよ下種が」

「どうやら嫌われているみたいだな…、別にいいけど。うーん、君は随分反応が良いみたいだし、ちょっと思考を変えてみよう」


 蛇蛇は持っていた武器を腰に引っかける。

 そして、こちらへ近づき拳をふるう。

 俺はそれを避け、カウンターのパンチを繰り出す。

 それを蛇蛇は手の平で受け止める。


「やっぱり君はボディじゃないな…、生身の上にスーツを着ているとかかな? 顔も野性味に溢れていてボディにはいないタイプだしね」


 こっちのスーツを見破ったことより、俺のパンチを受け止めたことに衝撃を受ける。

 今まで倒してきた奴らで俺の攻撃を受け止められた者はいなかった。

 こいつのボディの耐久力だけ他の奴らより頑丈なのだろうか。

 打撃がダメだったので相手の腕を掴みにいく。

 だが、相手も簡単には掴ませてはくれない。

 相手の攻撃を防ぐことはできているが、こちらの攻撃が通ることもない。


「私の腕をそんなに掴みたいのか? じゃあ掴ませてあげよう」


 蛇蛇は腕をこちらに差し出す。

 俺は腕を掴み潰しにかかる。

 ─しかし力を入れても腕を潰すことはできなかった。

 こちらが腕を掴んでいる隙に相手の蹴りが横腹に入り吹き飛ばされる。

 蛇蛇は蹴り飛ばしたこちらを見ながら不満そうな表情を浮かべる。


「やっぱり駄目だな…、ボディも好きじゃないが君のスーツも好きじゃない。肉の感覚がしない」


 よくわからないことを言いながら蛇蛇は腰のウォーターカッターに手を伸ばす。正直、武器のない状態でとどめを刺せなかった時点で絶望的だ。


「終わりにしよう」


 蛇蛇はこちらに向かって水の刃を振るう。

 俺は避けられる体勢ではない。

 ここで終わりか…


 ダッ!


 短い銃声音の後、俺ではなく目の前の床が切りつけられる。


「すまないな、来るのが遅れた」


 入口から聞き覚えのある声がする。


「おかしいな。この銃弾を受けて腕がまともに残っているはずがないんだが」

「誰だ君は? 少し痛かったぞ」


 蛇蛇は入口の方へ顔を向ける。

 そこには銃を構えたGIGAさんが狙いを定めていた。

 続いて銃声音が響くと蛇蛇の頭が後ろに倒れた。


「なんだこいつは…、普通のボディなら致命傷のはずだが…」

「まぁ、私はボディじゃないしな。そこの君と同じで生身の上からスーツを着ているんだよ。私以外でそこまでスーツを使いこなせてる人間は初めて見たけど。スーツ自体は発想としてあるものだが、スーツのクオリティと使い手の練度がマッチしなければボディに劣るからな」


 なるほど、どうりで俺の攻撃を耐え、動きについてこれるわけだ…

 俺は蛇蛇が撃たれている間に態勢を整えることができた。

 蛇蛇はGIGAさんの元へ近寄ろうとするが、俺がその間に割り込む。

 ウォーターカッターで俺を切ろうとするも、GIGAさんの弾により手元を弾かれ軌道が逸れる。

 俺はその隙を見て蛇蛇に打撃を加える。

 GIGAさんが加わったことにより、こちらの攻撃が当たるようになった。

 それでも、致命傷を与えることができない。

 援護射撃を受けながらの戦闘がしばらく続いた。

 蛇蛇のウォーターカッターがこちらを襲う。

 それをGIGAさんの弾が妨害する。

 その隙に俺が攻撃を入れる。

 この一連の流れが繰り返されていた。


 そしてまた、蛇蛇のウォーターカッターがこちらを襲う。

 それをGIGAさんの弾が妨害する─


 ─ことはなかった。


 蛇蛇は弾の軌道を読み、俺の右足を切断した。右足を失ったことによりバランスを崩し倒れ落ちる。

 どうやら俺たちの負けのようだ。

 俺の彼女を殺したクソ野郎どもの親玉に切り刻まれて俺の人生は終わるのだ。

 悔しさのあまり涙が自然と頬をつたう。

 蛇蛇は俺の顔を見ながらにやついた顔をこちらに見せる。

 そして、水の刃がこちらへ襲いかかる。


 ………………………?


 俺の命を絶つ刃はこちらに届くことはなかった。

 蛇蛇のにやついた顔は次第に真顔へ変わっていく。


「なぜだ?」


 蛇蛇は身体が止まったままこちらへと問いかける。

 俺もGIGAさんもそれに対する答えは持っていない。


「それには僕が答えようか」


 非田さんの声が聞こえる。

 ただ聞こえてくる方向がおかしい。

 その声は蛇蛇の頭の位置から聞こえるのだ。


「私の中から声が…、どういうことだ?」

「木田蛇蛇、お前が生身のままだとは知らなかったよ。しかも僕が作ったものに近いスーツを着てるとはね。ただそのおかげでこの手段を取ることができた」

「お、まえは何、者」

「どうやら話すこともできなくなってきたようだね」

「おい非田、お前は一体何をやったんだ?」


 GIGAさんは非田さんに現状の説明を求める。

 俺も今何が起こっているのか分かっていない。

 蛇蛇を見ると固められたように動きが止まっていた。


「蛇蛇はもう大丈夫です。先に天王寺君の応急処置をお願いします」

「…後でちゃんと説明しろよ」


 GIGAさんはそう呟いた後、俺の右足を確認した。

 さっきまで死ぬことを覚悟していたため痛みどころではなかったが、少し落ち着いたことで痛みを感じ始めてきた。

 GIGAさんは手慣れた様子で俺の足に止血処置を行った。


「ありがとう。助かる」

「ここでお前に死なれても困るしな。まぁそれよりも非田の説明と木田蛇蛇をどう処分するかだ」

「蛇蛇はこのまま調査団に渡しちゃって大丈夫ですよ。彼の脳は既に取り込み終わったので」

「ちゃんと説明しろ。だが、先に捕らえられた生身の人間たちの救助と残党どもを始末しないとな」


 GIGAさんは納得できていない様子だったが、その後、蛇蛇の命を奪うことはしなかった。


 蛇蛇というリーダーを失ったボディブレイカーズは統率が取れなくなり、調査団とGIGAさん達により制圧された。

 俺はサンドバッグにされていた人たちと一緒に空いている病院へ運ばれていった。

 俺の右足は保管状態も良かったということもあり、無事くっつけることができた。

 ボディブレイカーズの拠点を抑えたことは表立って情報は発信されていないが、情報の流出をすべて止めることはできない。

 電脳世界の間でボディブレイカーズに勝ったという噂が立ち、さまざまな脚色が付き広く知られていった。

 ボディブレイカーズは蛇蛇がトップであったため、奴を無力化できたことにより他国の動きも小さくなっていったようだ。

 統率の取れていない相手の対処は難易度が下がる。

 今後、ボディブレイカーズの鎮圧はどんどん進んでいくだろう。


 身体が動けるようになった時、GIGAさんから招集を受けた。


「さて、一旦落ち着いたことだし全部話してもらいたいとこだが、お前はなんでここにいるんだ?」」

「久しぶりだね、GIGA。蛇蛇との戦いでは随分追い込まれてたようじゃないか。元調査団の狂犬と言えどもウォーターカッタ―を振り回す強化スーツ相手では中々厳しかったようだね」

「相変わらずぺらぺらと口の軽い男だな。情報屋が無駄な話をするんじゃねぇ」

「まぁ落ち着きなよ。俺が何でここにいるのか、そして木田蛇蛇をどうやって倒すことができたのかを話してあげるよ」

「非田が話せ」

「今回はトイトイさんの力を借りなかったら蛇蛇を倒すことはできませんでした。なので、トイトイさんが話すのが良いかと」


 このトイトイとかいう人は一体何者なんだ…


「私が呼んだ…」

「TIAか、なんで俺に黙ってた」

「GIGAはトイトイのことが好きじゃない…、多分文句を言って来るから…」

「俺はGIGAのこと嫌いじゃないけどね。TIAさんに協力を求められたから力を貸してあげようってことで加わっただけさ」

「お前のことだ、どうせTIAにポイントを吹っ掛けたんだろ」

「俺のことをよくわかってるね。ポイントを貰わなきゃあんなめんどくさいことやるわけないよね。まぁ、もらったからにはやることはやったよ。じゃあ、ちゃんと説明しようか、蛇蛇をどうやって倒し、今どうなっているのかを」

「お前は無駄に話が長いから出来るだけ簡潔に話せ」

「話っていうのは簡潔にすればするほど余裕がなくなって面白さが抜け落ちてしまうんだけどね。でもGIGAみたいな余裕のない人間にはそもそも面白さを感じることができないのかもしれないから、短めに話してあげるよ」


 GIGAさんがこの人を嫌いな理由が分かる気がする。

いちいちめんどくさい喋りをするタイプで俺も苦手な部類だ。


「そうだね、とりあえず蛇蛇との戦闘について触れようか。ボディメンテナンス師君は蚊型のドローンを飛ばしてそこの生身スーツ君の状況を確認してたんだけど、蛇蛇と接触した時にそのドローンはすぐ切られてしまったんだよ」

「今は俺スーツ着てないぞ」

「細かいことは気にしないでくれ」


 こいつ、腹立つ…

 ─確かに蛇蛇との戦闘中、非田さんと通信が取れていなかった。

 正直それどころではなかったため気づかなかったが。


「それで俺が拠点内に放っていた透明なドローンを蛇蛇の元に向かわせたんだ。さすがに蛇蛇も透明なドローンは切れなかったよ」

「なんで非田もドローンを透明にしなかったんだ?」

「透明なドローンを作るのはそんなに簡単じゃないよ。俺以外で作れる人はそうそういないと思う。部品の調達が中々難易度高いからね。そんなほいほい作れるもんじゃないんだ」

「そうなんです。調査団の人たちが使用していたドローンもやはり透明にはできていなくて、蛇蛇に全部破壊されていました」

「トイトイは人格がアレだけど、情報力と技術力はある…」

人格に関してはやはり難があるようだな。

「まぁその透明なドローンで蛇蛇の様子を見ていたんだよ。勘が良さそうなあいつに対しドローンを接近させるのは少し苦労したね。生身スーツ君とGIGAが協力しだしたあたりで隙ができた」

「そのドローンでどうやって蛇蛇を倒したんだ?」

「僕が作ったドローンにはボディを溶かす液体を何種類か仕込んでいたんだけど、蛇蛇は特殊なスーツだからそのままの液体じゃ溶かせなかったんだよね。ただ、ボディメンテナンス師君がスーツに詳しかったから、情報をもらって溶かせるような液体をその場で作ったんだ。それで後頭部を溶かして頭部に入り込ませることができた。そこからは脳にあるシナプスを切って記憶情報を抜き取っただけだね」


 さらっとすごいことを言っている気がする。


「お前は嫌いだが、お前のおかげで助かったのも事実だ。礼を言おう」

「蛇蛇の記憶は抜き取って、AIでこちらの質問に回答するよう設定した。これで情報はいくらでも引き出せるよ」

「俺が言うのもなんだが、お前は相当頭のねじがぶっ飛んでるな。倫理観どうなってんだ」


 トイトイとかいう人は技術力は凄いが、やばい奴だ。

 俺たちも蛇蛇を殺そうとはしていたが、記憶を抜き出すという発想はなかった。


 その後、GIGAさん達は今後の活動についての話を始めた。

 蛇蛇はいなくなったが、奴らの活動は見過ごすことができないということだったので、俺も残党狩りに加わることにした。

8 そして日常へ


 ボディブレイカーズの件は調査団とGIGAさん達に任せ、僕は自分の仕事を再び開始した。

 蛇蛇の記憶から情報を得て、GIGAさんは残党を確実に潰していっているようだ。

 トイトイさんから聞いたところによると、GIGAさんとTIAさんは元々調査団に所属していたが制約の多さやフットワークの重さに不満を持ち個人で活動するようになったらしい。

 調査団という組織は、手段を選ばず場合によっては殺人すら行うGIGAさんにとって向いていなかったのだろう。

 なぜGIGAさんが捕まらずに活動を継続できているかは謎である。

 天王山君はGIGAさん達と共にボディブレイカーズの殲滅に加わっているため、スーツはそのまま貸し出すことにした。

 ただ、条件としてスーツを着ている間は人を殺さないようにお願いしている。

 父がなぜあのようなスーツを作ろうとしたのかはわからないが、人を殺すことを望んではいないだろう。

 父を失った母も次第に気持ちを落ち着かせていっており、最近では親族や友人と電脳世界で交流をしている。


 日常に戻り、今日は仕事の後にきいと会う約束をしていた。

 待ち合わせ場所は生身の人たちがサッカーの試合を行っている施設だ。

 僕が集合場所に到着すると既にきいはその場で待っていた。


「久しぶり」

「うん。いろいろと終わったの?」

「僕ができることは終わったかな」

「言いたいことはたくさんあるけど、生きて帰ってくれて本当に良かった」

「心配かけてごめん。話せることは全部話すよ」

「とりあえず、サッカー見ようよ」


 そう言うときいは試合会場の方へ歩き出す。

 ボディではなく生身のサッカーを見に行くことにしたのは、ここ最近で生身の人たちと多く関わったことも影響している。

 現代の社会では成人の9割がボディを使用していると言われている。

 逆に1割は未だに生身のままでいることを選択しているのだ。

 ドローンのカメラを通してだが、蛇蛇達に捕まった生身の人たちの悲惨な光景は未だに頭に残り続けている。

 ボディメンテナンス師の仕事をしていると、なぜボディを使用せずに生身を選んでいるのか正直理解ができなかった。

 何となく自分の中で生身の人間とボディを使用している人間で線を引いてしまっていた部分があった気がする。

 だが、今回被害にあったボディの人、生身の人にはたして違いなどあったのだろうか。

 今後、生身の人口が更に減るのかどうかはわからないが1割の人間のことを理解する努力をしたいと思ったのだ。


 サッカーの試合が始まった。

 ボディ同士の試合と違い、身体能力に露骨な差が出ている。

 背の高さ、筋肉量、足の速さ、キック力が一人一人違う。ボディ同士とは違って戦略に加え、それぞれの個性が試合を動かしていく。


「生身の人たちのサッカーも面白いね」

「この試合のこと、甚大さんに教えてもらえてよかったよ」


 甚大さんには天王山君を紹介してもらったり、生身の人たちの文化を教えてもらったり、お世話になりっぱなしだ。

 それに対して僕は生身の人たちには何もお返しができずにいる。

 サッカーの試合が終わった後、きいと一緒に公園へ向かった。

 公園に着き、僕はボディブレイカーズについて話せる限りのことをきいに話した。

 きいは全てを聞き終えた後、しばらく何も喋らずにいた。


「…章介ってさ、意外と勢いで動くところあるよね。私が捕まったら自分で助けに行こうとするし、章介のお父さんが死んじゃったら敵討ちみたいな真似するしさ。それに頑固だから自分で決めたことは絶対やるし」

「いろいろ心配かけてごめん。このタイミングで言うことではないとは思うんだけどさ…、 僕と結婚して欲しい」

「…本当にタイミングが違うと思うけど? 私も結婚はしたいけど、なんで今?」

「なんかさ、きいが攫われたって聞いた時、自分がどうなってもいいからきいに生きていて欲しいって思ったんだ。 そして、その後に父さんが死んでさ…、なんか自分の身近な人たちが危害に合って、自分の無力さをすごく痛感した。そして、当たり前だと思っていた日常もたやすく壊れてしまうってことを知ったよ。きいには結婚して近くにいて欲しい、いざという時に守れるくらい近くに」

「でも章介はそんな強くないでしょ」

「それでもだよ」


 僕ときいはボディの指と指を絡ませた。ボディで感じる体温は昔感じた生身の熱とどれほど違っているのか今ではもうわからない。


 僕はきいと結婚した。

 また、仕事も今までとは内容を変えることにした。

 ボディを取り扱うのに加え、生身の人間の治療も業務に加えた。

 生身の身体について勉強し、医療の資格を取得したのだ。

 ボディが普及した現代にも生身の身体を好む人間は存在している。

 人間の悪意も決してなくなるものではない。

 ボディか生身など関係なく、手を差し伸べることのできる存在になりたい─

 そうして、僕はボディメンテナンス師ではなく、救命師と名乗ることにした。

 全てはそこにいる誰かのために─

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