第26話 初めての狩り・熱血編

 その後、スザクとマミコも含めた五人で朝食を摂ったのだが、ホムラとマヤは明らかにいつもよりも食欲が無かった。どうやらスザクとマミコの出現は、二人には刺激が強すぎたようだ。


 スザクとマミコを二人だけで町に帰すのは、やはり心配な部分はある。でもこんな調子では、ホムラとマヤの近くに置いておくわけにはいかない。早めに町に帰ってもらおう。


 食事が終わるとすぐに、俺はスザクとマミコをまるで追い出すようにして、町へと送り出してしまった。自分でやっといて何だけど、やっぱりこの二人、見ていてあまり気分の良いものじゃないしね。



「それじゃあ、そろそろ森に入ろうか。」

「入るって……もしかして、ここからですか?」

「道が無い……です。」


 俺たちがいるこの辺りは、草原と森との境界部分にあたる。ここで草原は終わり、この先は森になっていくのだが、草原からいきなり森に切り替わるわけではない。徐々に茂みが深くなり、だんだん森へと移り変わっていくのだ。


 この森へと移り変わっていく部分、つまり森の周縁部分は、日光を遮る高い木がないため、森の中と比べても草丈が非常に高く、低木なども生い茂っていて、まるで垣根のように絡み合っているのだ。


 その様子を見れば、とてもじゃないが人間が足を踏み入れられるような状態ではない。森の周縁部分とは、まさに自然が生み出した城壁なのだ。


(シルビアさん、グロリアさん、出番ですよ!)

《えええ~、これは面倒くさすぎですよ~。それに森を無闇に壊すのは良くないです~。》

〈主様は人使いが荒すぎよね。実家に帰らせてもらおうかしら。〉


 駄目か~。それなら仕方ない、どこか入れそうな場所を探すとしようか。


(近くに通れそうな道がないか、探すのは手伝って貰える?)

〈それぐらいなら構わないけど……かなり遠いわよ?〉


 人間が森に出入りしている道ではなくても、妖獣たちが草原に出る時に使っている獣道のようなものでも構わない。しかし俺たち三人、特にマヤの小柄な体だと、通れる場所はどうしても限られてしまうのだ。


 なんてことだ、俺たちの狩りは、早くも終了の危機を迎えてしまいそうだ。



《飛び越えちゃったほうが早いし楽じゃないでしょうか~?》

(おお! そんなことが出来るの?)

〈もちろん出来るわよ? 私たちは精霊シーだもの。〉


 さすが精霊だ。さす精だ!


「この茂みを飛び越えて、向こう側に行けるみたいだ。」

「さすが精霊様、主様とは大違いですね。」

「精霊様、すごいです!」


《それじゃあ、主様の周りに集まってね~。》


 シルビアの言葉に従って、二人には俺のすぐ近くまで来てもらい、腰を軽く抱き寄せる。


《腰は抱かなくても良いけどね~、え~い!》


 シルビアの掛け声とともに俺たちの体はふわりと浮き上がり、そのまま深い茂みを越えて、森の中へと移動していった。そして少しだけひらけたところで止まると、木の枝々の間を抜けて、そのままゆっくりと下へ降りていく。


「おお、これはすごい!」

「精霊様への感謝を。」

「すごいです!」


 森の中では陽の光が木々に遮られていて、冷んやりとしていて薄暗い。下生えも草原の草とはまるで違っていて、代わりにシダや苔などが生い茂っていた。


 俺たちの体は地面までたどり着くと徐々に浮力を失い、元の状態へと戻っていった。そして完全に元に戻ると、同時にホムラとマヤの二人が、俺の腕を力づくで引き剥がして、俺から距離を取ってしまった。


 何もそこまで嫌がらなくても良いと思うんだけどなぁ。



「さて、森の探索開始だ。気をつけていこう。」

「はい、頑張りましょう。」

「怖いけど、頑張る……。」


 草原のウサギとは違い、森では妖獣が相手になる。当然ながら相手は格段に強くなるし、逃げるだけではなく、向こうから襲い掛かってくることだってあり得る。危険度は段違いだ。


「精霊の二人にお願いして、みんなの周囲には障壁を張って貰ってるけど、絶対に無理はしないようにね。あと、妖獣を見つけたら声を掛け合うこと。それじゃあ、いってみようか」


 そう、マヤには妖獣がそばに近づけないぐらいの強力な障壁を、ホムラには怪我をしないぐらいの中程度の障壁を、というように、二人に合わせて、違う障壁を張って貰っているのだ。


 ちなみに俺には障壁はない。いや、背負い袋が壊れないように、そこにだけ障壁を貼って貰うことにした。マヤかホムラに持たせても良いんだけどね、それはちょっと絵面えづらが悪すぎると思ったのだ。


 しかし魔法の障壁があるとはいえ、絶対的なものではない。どんな事故が起こるかわからないので、絶対に油断は禁物だ。


 もう一つ、草原の時とは異なり、索敵についても制限を入れて貰っている。すぐ近距離に迫った時は別にして、普段は妖獣がいそうな方向を教えてくれるだけにしてもらったので、自分たちで探しださないといけない。


 もしかしたらまったく狩りにならないかも知れないが、実際にやってみて、もし難易度が高すぎるようなら、また調整すればいいのだ。



 さあ、妖獣はどっちにいるんだろうか。


《主様、妖獣ですよ~。》

(え? どっちの方向?)


 おお、早速来たか。


〈真後ろね。〉


 え?


 振り返った俺の目には、巨大な熊のような妖獣が立ち上がり、腕を振り上げている様子が映し出されていた。


「うわぁ! 後ろ、後ろっ!」


 くそ、気配なんてまったくわからなかったぞ。


 俺は大声をあげて腰から剣を抜いた。ホムラも後ろを振り返って一歩引き、剣を抜いたようだ。マヤは……怯えてしまって動けないみたいだな。俺はマヤを守るようにして、一歩前に踏み出した……


 ……と同時に、巨大熊の妖獣は、その腕を俺に向かって振り下ろした。


 妖獣の太い腕は、前に出ようとした俺にカウンター気味に決まり、俺の体を大きく吹き飛ばした。飛ばされた俺は大木を一本へし折ったところで止まる。


 うわ~~、めちゃくちゃ痛いっ!


 痛いのは痛いが、ただ痛いだけだ。命には別状はないし、背負い袋も無事だ。あの怪物に噛まれた時と同じように、鎧と衣服がダメージを受けているだけだ。俺はすぐに立ち上がると、妖獣の元へと駆け寄る。


 駆け寄る際に、相手の全身が視認できた。間違いない、こいつは妖獣クマーだ。

鋭い爪と牙、強大な膂力りょりょく、そして分厚い毛皮による防御力を持ったこの妖獣は、俺たちの剣術の腕で相手をするには、かなり厳しい怪物だ。


〈マヤには障壁があるんだから、無理に守ろうとしなくてもいいわよ?〉

《いざとなれば、マヤを盾にしても大丈夫ですよ~。》


 いや、理屈ではわかるんだけど、そんなことしたらただでさえ低い俺の好感度が最低になってしまうじゃないか。



 妖獣クマーは精霊の障壁のせいでマヤには絶対に近づけない。そこでホムラに狙いを定めたらしい。ホムラは剣を巧みに操って、そんな妖獣をうまく牽制しているようだった。


 しかし、まったく決め手にかけている。このままではジリ貧だ。俺は妖獣クマーに駆け寄ると、その太い首に向けて斬撃を叩きこんだ。走る勢いも乗せての必殺の一撃だ。


 ぼこんっ。


 おれの必殺の一撃は、妖獣クマーの体で低い音を立てただけで、まったく傷を負わすこともなく弾かれた。


 なんだと? まったく切れないぞ! 怪我すらしなんて、なんと硬い毛皮なんだ!


 妖獣クマーは俺の方に向けて、まるでうっとおしい物を振り払うように、振り返りざまにその腕を横薙ぎに振った。俺はそれを避けることができず、まるでピンポン玉のように吹き飛ばされてしまった。


 これは斬撃では駄目だ、ここは走り込んでの突き、それに賭けるしかない!



 俺は再び立ち上がり、軽く息を整えると、もう一度、妖獣クマーに向けて加速した。


「主様、ああ、主様っ!」


 俺を心配し、応援するマヤの声が聞こえてくる。


「主様、ああ、駄目、主様っ!」


 マヤ、そんなに心配しなくて大丈夫だ。ただ、しっかり見ていてくれ、俺の雄姿を。


 そう、好感度のために全力で戦う俺の姿を!


「駄目、主様っ! それ、ただの木刀!」


 なん……だと?


 俺の二度目の攻撃も妖獣クマーにはまったく効果が無く、俺の体はまたゴミのように吹き飛ばされていた。


 木刀じゃさすがに無理だよね……。


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