第25話 魔法の実験

「主様、起きて、早く起きて!」


 翌朝、俺は珍しいことにホムラに体をゆすられて起こされた。


「ん? どうしたの? 何かあった?」

「何か変なのがあるの。」


 変なの? いったい何があるんだろう。


 俺はゆっくりと体を起こして伸びをした。なんだか悪い夢でも見ていたようで、ちょっと寝起きの気分が良くない。


「変なのってどこにあるの? って、うわっ! なんだ、ありゃ?」


 ホムラに指さされた方を見てみると、人間の塊、というか、例の四人組が透明な丸い筒に詰め込まれて、そこに立っていた。


 筒の中は東京の超満員電車というほどではないが、それでもかなり狭いように見えた。四人全員が立ったままで、誰かが座れるほどの空間的な余裕はない。というか、体の向きを変えるのさえ厳しそうだ。


 四人全員が荷物を背負っているので、それもかなりの圧迫要因になっている。腰に下げた武器などはもう、邪魔者以外でもない感じだった。


〈昨夜、襲撃してきた奴らを結界に封じ込め物よ、もしかして覚えてない?〉

《うるさくならないように、音も封じ込めてありますよ~。》

(あ、ああ。そうだった。ちょっと思い出してきたよ。)


 俺の目が覚めたことに気づいたのか、四人が何か叫びながら、透明な壁を中から叩き始めた。どうやら俺をののしっているような感じだが、こちら側には何も聞こえないので、何を言っているのか全く分からない。


 壁を叩くときに周囲の仲間を巻き込んでいるのだろう、彼らの表情から察するに、内輪もめが酷いようだ。


 音もさせずに、ただ藻掻もがいているその姿は、なんだか蟲がうごめいているように見えて、とても気味が悪い物だった。


「それで、あれは何なんですか?」

「気味悪い。」

「ああ、夜中に襲ってきたから、捕まえてもらったんだった。」

「それなら、あんな変な物にせずに、いつものように始末して貰えば良かったのに。」


 本当にその通りだ。なぜ殺さずに生かして捕らえてしまったのだろうか。あまりよく覚えていないけど、かなり眠かったし、それで変な判断をしちゃったのかな。


 夜中に襲撃してきたんだから、こいつらがどれだけ言い訳をしたとしても、もう盗賊で確定だ。もう警告だけして解放なんてことはあり得ない。この世界では、盗賊は殺すと決まっているのだ。


 ただ、なぜか殺すのに抵抗がある。良心の呵責なんてものは全く感じないし、可哀そうとか、そういうのとも違う。なんなのだろうか。



(う~ん、こいつら、どうしようか。なんかこう、生かさず殺さずみたいなのって出来ないかなぁ。)

〈……やはり主様は鬼畜だわ。〉

《奴隷の娘たちに命令したくないのと似た感じでしょうか~?》


 ああ、それ、ちょっとだけ似ているかも。自分が良い奴と思われたいんだけど、全く見当違いのことをしようとしている時と、なんとなく同じような感じが底のほうで流れている気がする。


〈いっそのこと、奴隷にしてみる?〉

《やったことはないから、実験台みたいなものですね~。》

〈もちろん失敗の可能性はあるけど、盗賊なら失敗しても構わないし、丁度いいんじゃないかしら。〉

(俺たちの命令に忠実な人形にする実験ってことか。それって失敗したらどうなるの?)

《パァンってなるかな~。》


 そうか~、パァンってなるのか~。



 失敗すると、ばっちいのがそこら中に飛び散るかも知れない。そこで、魔法の実験は結界を張ったままで行うことになった、それなら汚れるのは、透明の筒の中だけで済むので、掃除も楽ちんだ。


 また、装備が一緒に爆発してバラバラになってしまうと勿体ないので、実験の前に剥ぎ取っておくことにしよう。あと、あまり見た目が良くないだろうから、ホムラとマヤの二人には後ろを向いていてもらえば完璧だ。


 俺は美少女二人に声をかけ、良いって言うまで後ろを向いているようにお願いした。


「主様、一体何を始めようとしているんですか?」

「かなり不安……。」

「まあ、ちょっとした実験だよ。危険はないから安心していてもいいよ。」

「ものすごく不安……。」


(それじゃあ、装備を剥ぎ取ってから、実験よろしく~。)

〈まずは剥ぎ取りね、ほい!〉

《それじゃあ、奴隷魔法いきますよ~。そ~れ~。》


 パァン!


 やっぱりパァンってなった。



(失敗か~。)

〈一匹だけ生き残ってるみたいよ?〉

《成功率二割五分、そこそこ良い感じですね~。》


 まあ実験だし、そんなものかな。それにしても、どいつが生き残ったんだろうか。


 血みどろになった生き残りを引っ張り出してみると、それは確かスザクとかいう女魔術師だった。素っ裸だけど体中が血まみれなので、エロいというより、かなりグロい。


〈あとは……結界の中で綺麗に三人分の魂が混ぜ合わされているわねぇ。〉

《これ、うまく合体させたら一人分くらい作れそうですよ~。主様、どうしましょう~?》


 作るって、何を……。パァンってなった後に作るってことは、俺の魂みたいなものか。人間三体が素材なら、タワシ二個の俺よりも、はるかに知性豊かな魂が生まれてくるに違いない。


(うん、それいいかも。やってみようか。)

《それじゃあ、行きますよ~。え~い!》


 今度の魔法は一発でうまく成功して、ぐちゅぐちゅ血みどろの中から、一人の人間が生み出された。素材では男の方が多かったのに、完成したのは女のようだ。かなりガタイが良くて、女子プロレスラーみたいな感じだな。


 顔つきは何となく三人を足して三で割ったもののように思えるが、良く考えたら、俺はそこまで三人の顔を覚えていなかった。はっきり言って、誰に似てるかわからん。


 ところでこの女、一種の人造人間ホムンクルスとでも呼べば良いのだろうか。マサキ、ブタオ、じゃない、確かミチオだったか、それにコズエの三人から出来たんだから、三人の頭文字を取って、マミコ、とでも名付けよう。


〈ばっちいから、綺麗にしてから服と鎧を着せるわね。ほい!〉


 よし、これで完成だ!


「二人とも、もうこっちを向いても良いよ。」


 振り返ったホムラとマヤの二人が見た物は、先ほどまでの透明な円筒に、人間のバラバラ死体がまるでケチャップのように詰められている凄惨な状況だった。


 しまった、後片付けと掃除を忘れていたよ……。



 少し時間を置いてホムラとマミの二人が落ち着いてから、スザクとマミコについての説明を行うことになった。二人ともスプラッターにはある程度の耐性があって助かったよ。


 スザクは兎も角、マミコについての説明はかなり困難を極めたが、なんとか二人が俺たちのしもべになったことを理解してもらえた。


「主様が鬼畜だということは良くわかりましたが……それでこの二人、これからどうするんですか? 私たちと一緒に行動するんでしょうか?」

「一緒は嫌だな。」

「ああ、迷惑四人組を圧縮したような存在だしな。とりあえずは別行動にしようと思ってる。まずは二人を町に戻してマミコの探索者登録だ。その後は二人でグループを組ませて依頼の処理だな。」


 スザクとマミコには俺を主人として設定してあるが、精霊の二人や奴隷の二人の命令にも従うようにさせている。別行動ということは俺の声は聞こえないので、その間はシルビアかグロリアに管理をお願いすることになるだろう。


 どうせ離れてても呼び出し出来る魔法か何かがあるだろうし、無ければ無いで何とかするだろう。



「それじゃあスザク、マミコ、自己紹介してみてくれ。」


 この後、町に送り出すのに、まともに話ができるのかどうかなど、いろいろと確認したり、追加命令を出して改良する必要があるからな。


 特にマミコは記憶がどうなっているのかわからないし、まともな人格があるのかどうかも定かじゃないのだ。


「スザク、二十三歳、魔術師です。私は敬愛する主様のしもべでございます。これからも主様のために身も心も捧げ、力いっぱい働く所存ですので、先輩の皆様にも暖かいご支援をいただけますよう、よろしくお願い申し上げます。」

「マミコ、零歳、剣術と、回復術が使えます、いや、多分、おそらく、ああ、試してみないとわかりません……ごめんなさい。ごめんなさい。」


 何というか……どっちも大丈夫なのか? 特にマミコ。


「マミコはさっき生まれたばかりだけど、スザクと同じ、二十三歳を名乗ってね。それと、町につくまでに剣術と回復術が使えるかどうか確認しておくこと。いいかな?」

「はい、主様。了解いたしました!」


 その他にも彼女たちには色々と語って貰ったのだけれど、やはりマミコは記憶も人格もどちらもまだ不安定なようで、スザクにはしばらくマミコと行動を共にして、面倒を見るように命じることになった。


「主様、どうして『不滅の壁』が襲ってきたのか聞きたいんだけど……、良いですか?」

「ああ、いいよ。スザク、話せるか?」

「はい、我々は最初から皆様を襲うつもりで森に来たのではありませんでした。それは偶然だったのです。

 城門で捕まった後、我々はすぐに解放されまして、妖獣狩りのために森に向かったのです。しかし食料などが入った魔法の袋をどこかに忘れてきたことに気づきました。

 そこで野営している他のグループの助けを借りることになり、偶然、皆様の寝ておられた場所に巡り合いました。そこには見張りが誰もいらっしゃいませんでしたので、叩き起こそうという話になりました。

 私は反対したのですが他の三人は聞いてくれず、そのうちの一人が当然の権利だと言って、たたき起こすどころか剣を抜いて襲い掛かったのでございます。」


 スザクはあまり感情を交えず、ただ事実だけをそのまま淡々と語った。


 集団になって襲い掛かってきた以上、全員まとめて盗賊で何も間違いはないのだが、聞いてみれば、それはなんとも間抜けでお粗末な話だった。


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