風が吹く
人助けがしたいなんて心にもないことを言って、どうにかギリギリ受かった大学に、気が向けば顔を出した。
白昼の陽射しの下を
だから、殆ど暇つぶしのつもりで。
「1年?見つかったら退学だぞ。」
駐輪場の自動販売機の陰で一服していると、眼鏡の優男が声を掛けてきた。
「んだテメェ、」
「おいおい、止めろ。お仲間だよ。」
威嚇した翔吾の隣に並んで、煙草に火を点ける。
ぷちん、とメンソールのカプセルが弾ける音が聞こえた。
「……似合わねぇな。」
「よく言われるよ。」
たった一息吸っただけで、そいつは携帯灰皿に煙草を突っ込む。
「ほら。」
「あ?」
「吸い殻。置きっぱなしにされると、ここで吸えなくなる。」
「チッ」
たまたま虫の居所が良かったから、咥えていた煙草をもう一息吸って、その灰皿で揉み消した。
「おーい!ターカーヤーマー!置いてくぞ……!」
遠くから誰かの呼び声が聞こえて、そいつが笑った。
「じゃあ、またな。俺も1年なんだ。今度一本交換してくれよ。」
「……メンソールは吸わねぇ。」
それが高山たちとの出会いだった。
大学には女の方が多かったから、それを漁ったりしている内にそいつらと顔馴染みになった。
現金欲しさに夜中のバイトを始めて、当然だが朝はより遅くなった。
「まーた重役出勤かよ。」
「よく進級出来たな。」
「俺たちのおかげだよな。」
そんな事を別の奴に街中で言われた日には殴り合いだったが、キャンパスがそうさせるのか、ひ弱そうな奴らがそうさせるのか、不思議とそこまで腹は立たなかった。
それでもやはり、毎日そこに身を置く事はできなかった。
「よーぉ、翔吾。」
「来た来た。おい、また女紹介しろよな。」
「先輩がスッゲー上物だから買えって言うんだよ。金貸してくんねー?」
「明後日さぁ、西口の奴〆に行くんだけど、お前も行くよな?」
直也と純が死んで、何となく流れ着いた次の掃き溜めは、余り翔吾の好みに合わなかった。
それでも、集まっていれば何となく暇は潰れる。
気がある事だけ相手をして、興味のない事は無視すれば良い。
むしゃくしゃした時は、抗争とやらに噛んでやっても良い。
難癖をつける奴は皆翔吾よりも弱かったから、もう黙っていても突っかかってくる者は居なかった。
大学では黙っていた胸の奥の
汚い廃倉庫の天井に紫煙が溜まっていて、無性に息苦しい。
「……今日はやっぱ帰るわ。」
「は?まだなんもしてねぇじゃん。」
「別にする事もねぇだろ。」
「出たよ翔吾の個人主義。」
「ほっとけほっとけ、お年頃なんだよ。」
掃き溜めの奴らと別れたからと言って他に行くアテもなく、もう女に声を掛けることすら面倒くさい。
女に限らず、誰かを留めておくには少なからず気を使う。
──生きてんのにも、飽きてきたな。
治安の悪い街では咎める目すらなく、街角で煙草に火を点けた。
「おい!煙いんだよ糞ガキ!」
「は……?」
唐突に肩を掴まれてそちらを見ると、派手なシャツを着た絵に描いたように柄の悪い男がイキがっていた。
翔吾をガキと呼んだ割に、大して歳は違わなそうだった。
「新品のシャツに臭いが付いたらどうしてくれんだよ!?」
「知らねぇよ。そんなに大事なら、着て歩くんじゃねぇ、よっ!!」
煙草を咥えたまま、その大事なシャツの胸倉を掴む。
そのまま近くの路地のゴミ捨て場に放り込むと、チンピラの顔が変わった。
「てんめぇ、俺を誰だと……」
「うっせぇ…!!」
その体は軽く、1度の打撃であっさり怯む。口の割に喧嘩慣れしていない。
とはいえ吹っかけてきたのは向こうだ。暇つぶしには、ちょうど良かった。
身体の奥で、再び燃えあがろうと何かが火花を放つ。
残るのが燃え
その日のその衝動の先にどんな運命が訪れるのか、翔吾はまだ知らなかった。
青春の灯火 月兎耳 @tukitoji0526
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