努力なんかしてやるもんか

混川いさお

怠惰な物書きの天才カクテル

 定時で仕事を終えて、秋の夜道を帰宅する。仕事とは言っても、それほど大変な仕事じゃない……今の所は。

 アパートの階段を上って2階に僕の部屋があるが、階段の電灯は壊れたまま。スマホの懐中電灯で足元を照らしながら、ボテボテと段を上って帰宅した。

 玄関の電子キーを開けると、ここは僕の部屋だ。

 朝に飲んだドリップコーヒーの出涸らしが、生乾きの臭いを充満させていた。朝にはあれほど心地よかった匂いは、三角コーナーの上で苦酸っぱい臭みに変わってしまっている。

 僕は照明をパチンとつけて、洗面所に行き、とりあえず手を洗い、うがいをする。

 この生活習慣を誰かに話した時、「えらいね。」なんて言われるんじゃないかと期待してのことだ。そして、「え!帰宅して手洗いうがいが普通じゃないんか!?」と、無自覚系主人公みたいな顔でマウントを取るところまで妄想していた。


 さて、リビングに戻ると、台所のバーカウンターにある、シェーカーが目に飛び込む。ジンの風味が恋しくなって、カクテルでもこしらえるか……と思う。だが次の瞬間には、それを忘れてテレビのリモコンを持った。


 さて、僕は今、何をしようとしていたのだろう。

 ぼんやりとした頭のまま、テレビ横のゲーミングPCに電源を入れた。そのスペックについて語りたいのは山々だが、そんなことには誰も興味ないことなど、僕自身が一番よく分かっている。

 PCのデスクトップ画面には、特徴的な青いツインテールの少女が、「初音ミクです!」と自己紹介しながら飛び出してきた。僕は彼女をマウスで摘まんで端に退かすと、デスクトップに置いたアイコンをダブルクリックした。


 「小説家になろう」と言う名前のウェブサイトだ。「カクヨム」?なんだそれは。


 さあ、執筆でもたしなもうか。「ユーザーホーム」に入った。まあ、などここしばらくは見ていないが、それでも構わない。

 申し遅れたが、僕は「混川いさお」というペンネームで執筆をしている。勿論偽名だ。そんな苗字は存在しないと願いたい。


 僕は執筆中の、とあるファンタジー小説を開いた。

 この場を借りて簡単に紹介すると、特殊能力をテーマにした現代ファンタジーだ。ご都合主義の体現のような能力を持つ男の子と、バトル系にありがちな発熱の能力を持つ女の子。二人の主人公が、その特殊能力によって世界征服を目論む敵と戦ったりする群像劇だ。


 僕は行き詰っていた。実は、プロットや大まかな流れは、もう2,3年前から練ってきているから絶対に迷わない。とはいえ、細かい話の流れは結構いい加減なのだ。 

 僕が書けなくなったのは、二人の主人公が少しずつ惹かれあうシーンだ。

 そういうのは、当初の僕は全く想定していなかった。しかし、今後の物語の発展を考慮し、主人公の女の子が持つある意味のチョロさや男の子に感じている恩義、男の子の方が持つ芯の強さと内面の弱さとの葛藤を思い描くうえで、「いやくっつかないと流石に変だよな」となってしまい、結局、恋愛模様を書く羽目になった。

 群像劇の利点を活かして、ラブコメ展開を他のキャラの目線から茶化して見る分には、寧ろ私の得意分野だ。

 しかし、物語が佳境に近づくにつれて、「命を懸けた戦いの前に、あなたに思いを伝えておきたい」みたいなシチュエーションがついに来てしまった。

 でもそうなると、本人たちの視点でしか描けないし、絶対にふざけられない。どうにも僕には苦手だ。


 前置きが長くなったが、要するに、「筆が進まない」のだ。

 今日は、自分を鼓舞するためだけに、この文をしたためたい。


 僕は「小説家になろう」を閉じ、まだ使い慣れない「カクヨム」を開いた。


 まあ……何かを書こうと思って開くと、往々にして何も書けないものだ。僕は惰性で、Twitterを開いた。え?Xだと?なんだかエロサイトみたいな名前だね。


 Twitterには、よい小説を書くためにどうするべき……と言った言説が、定期的に伸びる。

 そういう時、やはりプロ作家先生の言うことは正しいし、ヤッカミ混じりに「生存者バイアス」だなんだ言っても、「結局はたくさん書く人、たくさん読む人には敵わない。」という主張が、まあ火を見るより明らかで最強なわけだ。


 前提として、僕たちは執筆を楽しんでいる。だから、ランキング上位に乗ることは最大の目標かと言うと、実はそうじゃない人が多いのも事実だろう。

 一方で、せっかく書いたもの……硬い言い方をすれば「著作物」を、誰かに見てもらいたいというのは当然の考えだ。その形として、やはり僕たちはランキングや星を欲しがる。


 そういう……他者からの承認と呼ぶことにしておこう。それを欲しがる上で、やはり唯一のアドバイスとなるのが、Twitterに生息する物書きが見ない日はない、執筆論関連のツイートだと思う。

 Web作家と言うのは、基本的に心が豊かな人間にしかできないことだから、作家同士のやり取りと言えば、レアケースを除いては褒め合い励まし合いがほとんどだ。だからこそ、普段のやり取りでは得られない鋭い指摘っぽいのが刺さりやすい。なんて、僕は勝手に考察している。

 見ない日はない執筆論。


 その中に僕たちが求めるのは……

「伸びるために何が必要か」、ズバリその答えだ。


 そのどれもが、必要なことで、役に立つもので、正解だ。

 そういう意味では、凄腕の作家さんたちが何も言わずとも、僕たちは既に答えを知っている。

 読む量。書く量。文法。語彙。地の文。人生経験。人脈。投稿頻度……適当に挙げるだけでもキリがないだろう。

 でも、創作論を度々摂取してきた僕たちは堂々と言えるのではないだろうか。そのどれもが正解であると。

 だから適当に挙げることもできるし、効率の違いはあれど不正解はきっとない。


 だからこそ、僕たちは求める。そのどれもが正解である以上、そのどれかを備えただけでは決して、「伸びる」目標は果たせないから。

 だからそのうちのどれかの正解をハッキリと言葉にしてもらった時に、

「ああ、あれが必要だったのか、なるほど」

「自分がしてきた努力は間違いじゃなかったんだ」など、ある種の感動を得るのだろう。


 そして正解に気が付かされた僕たちは……どうしようもない現実に阻まれることになる。

 そう、その「正解」を持っていないのである。

 自分が創作者として「持たざる者」側であるという意識を、持つことがあるだろうか。

 少なくとも、僕は常にそうだ。


 小説を読んできた経験も正直乏しい。語彙は少ない。ラノベを買ったこともないし、物書きをやっていたのも10年以上前の中学時代。なんなら、当時から挫折するのが癖になっていた。

 執筆に生かせるような人生経験などない。「お金がない」「面倒くさい」が僕の半生だった。当然、経験値は5つ年下にも劣る。

 Web小説家は宣伝こそがPV数に直結するが、僕にはそれも面倒くさい。「ギブ・アンド・テイク」とか、「返報性の法則」とかを感じると、なんだか居心地が悪くなってしまうからだ。

 つまり、伸びる努力の一切をするだけの根気もないのに、ただ漠然と、伸びてくれないかな……と願っているのだ。


 僕はそんな自分自身が情けなくて仕方ない。何も持ち得ない。それを埋める為、努力を積み重ねる才すらも。

 何もないから、少しの壁で投げ出したくなる。現に僕は、そんな自分自身を逃げられなくする為に、週2回の予約投稿で自分に鞭打って連載をしている。

 だが、「Pokemon Ledends Z-A」の発売日である今日、今すぐ執筆を投げ出し、ミアレシティでの冒険を始めたいのが本心だ。


 きっと、今休むのは構わないし、今後全力で書き続ける為の丁度いい休息期間になるだろう。不定期のスピンオフを更新できていない現状はあれど、何だかんだ半年間、休載なしで来れたのだ。労っていい。


 だが、僕のような「持たざる者」は、休息期間を経た後に、本当に戻ってこれなくなる可能性がある。

 

 僕はそんな僕に、どんな言葉を掛けようか。

 「休息期間に人の作品を読めよ!」というド正論もいいのだが、僕は逆張りクソ人間なので、正論を聞くと言い訳したくなる。

 

 6Bのシャー芯よりも折れやすい僕が半年もの間、なぜ続けて来れたのか。まずはそれを考えることにしよう。

 それは運良く読者さんやフォロワーさんに感想や激励のコメントを頂けたことが大きい。いや、それだと「持たざる者」じゃないな……と今思った。だが、なにも無くても、名乗れる称号がある。


 そう、僕は「天才」だ。「持たざる者」であるが故に、そうだ。

 執筆におけるスキルを裏付けるものなど、僕には何もない。ただ書きたいものを書き、自分だけのこだわりや、魂を込めている。

 その魂は、登場人物の言葉や、価値観に現れている……自分程度の言語スキルで書けているかどうかはともかくとして、書こうとしているのだ。


 書いたところで、それが伝わっていないかもしれない……?いいや、僕も貴方も「天才」だから、自分自身の思考さえしっかりしていればそれでいい。「天才」には、自分だけに見えている世界がある。凡人には理解できないんだと、開き直ってしまえばいいだけだ。

 誰かからの評価というものは、遅かれ早かれついてくるのだろう。そう、「天才」だから。

 「天才」だから、読書量や執筆量が少なくたっていい。


 僕も貴方も、「天才」だから書くのだ。凡才ならAIに全部任せる。だが、僕にも貴方にも「天才」の意地がある。

 自分にしか書けないものを書こうという気概、それは「持たざる者」でも持っているものだ。その意地を発揮している時点で、僕たちは十分に「天才」たりえる。


 文学の「天才」。テンプレかどうかなんて構わない。自分の言葉と、価値観と、物語。

 それがあるだけで、僕も貴方も唯一無二の「天才」だ。

 たとえ無根拠だろうと、僕にとっての僕は、「天才」だ。


……なんてことを、独り、ウェブサイトの片隅に打ち込んでいた。

 すこし虚しい?いいや、そんなことないね。

 しかし……如何に「天才」と言えど、僕にも私生活がある。

 そんなわけで、いったん、連載している小説は休載しようと思う。


 大丈夫、「天才」だから、戻ってこれる。

 根拠なんて、要らない。


 好き勝手打ち込んでから「カクヨム」を閉じた僕は、カウンターのシェーカーに目をやる。

 そしてジガー……計量するアレで、ジンを45ミリ、ライチリキュールをケチって15ミリ、カンパリを10ミリ計り取った。ついでに、レモンジュースも10ミリ入れよう。

 最後に氷を2個入れて、蓋をして……掌が触れないよう、思いっきり振った。ゴブレット型のグラスに流し込む。

 ……このカクテルのレシピなんて知らないし、何なら、既にあるレシピかも知れない。

 しかし僕は「天才」、混川いさおだ。思い思いに作っていい。なんだかんだ美味いはずだ。


 そのカクテルを一口飲む。カンパリのガツンと濃い苦味と、ジンの爽やかに香る苦み。これはまさに、を噛んでいる気分だ。しかし、ジンの強いアルコール感と、レモンジュースの酸味が、苦みに包まれたライチの風味に彩りを添える。種種の刺激感が全体をピリッと引き締めて……ライチの皮ならではの、旨みを感じられる。


 うん。ちゃんと、これはこれで美味いカクテルだ。次はもうちょっと、ライチリキュールを多めに入れてもいいか。


 この、「なんだかんだ自分にとっては美味い物が作れる」……それはきっと、物書きも同じなのだろう。

 なぜなら、僕も貴方も、僕の理屈では「天才」だから。


 「天才」……そんな都合のいい言葉に、まだ何も知らない青いうちに、酔えるだけ酔っておこうと思った。

 僕はまたひと口、カクテルを飲む。

 この酒に名前をつけるなら……そうだな、「ジーニアスライチ」でいいかな。

 なんちゃって。


 ……さ、ポケモンやるか。

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