幽世語り
二ノ前はじめ@ninomaehajime
水底
私の村には
連日の雨が止まず、川が
村長は私を選んだ。生来から目が悪く、その
「お前は神さまの元へ帰るんだよ」
両親は言った。悲しそうな表情をしながら、その裏に厄介払いができる
この時代、子供が無事に育つ保証はなかった。七つまでは神のうちとされ、いつ取り上げられるかわからなかった。だから、神の元へ帰る。
私は白装束を着せられ、
「
背を押された。私の体は空中へ放り出され、真っ逆さまに落ちてそのまま濁流に呑まれた。
お前、災難だったね。
まだ薄い体毛の仔鹿とともに流された。このまま川の果てへ流されるのかと思ったら、水の底へと沈んでいく。ここまで深い川だっただろうか。延々と沈みながらこう思った。まるで、海だ。
地上の仄かな光さえ遠のいていく。口から泡が立ち昇った。肺はとっくに水で満たされているだろう。なのに、全く苦しみを感じない。もしかしたら私はとっくに死んでいるのかもしれない。
だって、ほら。ありもしないものが見える。
やがて数え切れない何かが私を追い越していった。よくよく目を
やがて
美しい
無数の流し雛に飾り立てられた黒髪の少女は、静かに
ああ、神の御許へ
どれほどの時間が経ったかはわからない。暗転した意識が再び戻ったとき、私は這い上がった川のほとりで激しく咳きこんでいた。肺の中の水を吐き、その苦しみで生を実感した。
私は助かったのか。この白濁した目で見た光景は、全て今わの際に見た幻だったとでもいうのか。すると、すぐそばで薄茶色の脚がぼんやりと見えた。濡れそぼった髪の隙間から見上げると、うっすらと見覚えのある仔鹿が身震いして全身の水を弾き飛ばしていた。
呆然とした。確かにこの子は濁流の中で死んでいたはずだ。それが今は私の顔に鼻面を近づけて、しきりに匂いを嗅いでいる。
私は地面に座りこんだまま、川面を見た。豪雨は止み、雲の隙間から太陽の光が差している。あれほど荒れ狂っていた川は落ち着きを取り戻し、今は泥の色をしている。何かが岩に引っかかっていた。
ならこの私は、一体誰なのだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます