エンゲージ・ヒューチャーガール10

 翌日の放課後、光は城ヶ崎と丸岡を連れて自宅へ向かっていた。ツァイトを紹介するためである。

「いやぁ、それにしても光は行動に移すのが早いねぇ。まさに光みたいにね!!!トビウオミサイルの10倍!!!拍手!!!」

拍手の音が住宅街に木霊する。恥ずかしいから辞めて欲しい。大体トビウオミサイルってなんだよ。

「トビウオミサイルってなんっすか……?」

「トビウオのミサイル」

「そうっすか…………」

同じ疑問を持つ人間がもう一人いたらしい。自分が多数派に所属していたことに安心感を覚えつつ、丸岡の言葉に頭を抱える。

どうしてトビウオなんだろう……?と一瞬思わずにはいられなかったが、考えるだけ無駄である。思考を切り替えるため、城ヶ崎に話しかける。

「それにしても、急にごめんね。ツァイトがどうしても会いたいって言うから……」

「とんでもないっす!寧ろ先輩の家に行けて棚ぼt……た、楽しみっす!初めて行くので!」

「私は3回目だねぇ!!!お前の負け!!!」

「ちょっと黙っててくださいっす」

どうして丸岡はそんなに元気が有り余っているのだろう。小学生男児と同等なのではないだろうか。

 そうして3人で駄弁っているうちに家に着いた。玄関の鍵を回して扉を開ける。

「ただいま〜」

ただいまを言うのもここ一週間程度ですっかり慣れてしまった。しばらくしないうちに返事が返ってくる。

「おかえりなさい。ちゃんと連れてきた様でなによりです」

そう言いながら、ツァイトが玄関にやってきた。後ろで息を呑む音が聞こえる。普段は気にしていなかったが、自宅に自分以外の誰かがいることに、なぜだか若干の緊張を感じた。

「まずは自己紹介をしておきましょう。初めまして。私は時空警察の実働部隊所属、部隊長のツァイトです。お見知り置きを」

そう言ってツァイトは、どこの作法かも分からない礼をした。ちらりと後ろの様子を伺うと、城ヶ崎は呆れと哀れみが混じった様な表情をしており、丸岡は新しいおもちゃを見つけた子供の様な顔をしていた。

 どうしてそんな表情をするのだろうか、と一瞬考えたところで気づく。……事情を知らない人からすれば、ツァイトはただの厨二病にしか見えなかった。ツァイトの凛とした真面目な表情が、今は厨二病を加速させている様にしか見えなかった。


「それで、ツァイト君は2300年から来たと言うわけなんだねぇ。……面白い子だねぇ!!」

「ふざけているわけではないのですが」

「分かっているとも!!すまないねぇ、何文ご覧の通りの性格なもので。君の話は真面目に聞いているとも。アホウドリよりも真面目にねぇ!!」

「……すみません、例えがよく分からないのですが。なんでアホウドリなんですか?」

「名前がアホだから」

五秒ほど静止した後、ツァイトはお茶を口に運んだ。理解するのを諦めたのだろう。

「あんまりいじめないであげて。一人でこっち来てるんだから」

そう言いながら、目の前に座っている城ヶ崎の様子を見る。

 なぜだから知らないが、家に上がってから城ヶ崎はずっとそわそわしていた。視線の先を目で追ってみても、特に変なもがあるわけでもない。

不思議に思ってしばらく見ていると、視線に気づいた城ヶ崎が焦った声をあげる。

「な、なんすか!私まだ何もしてないっすよ!」

「まだってことは、何かするつもりだったのかい?やっぱり城ヶ崎君ってむっつりだよねぇ」

「違うっす!変なこと言わないでくださいよ。……なんすか丸岡先輩、そんな目で見ないで欲しいんですけど」

城ヶ崎が抗議する。

「第一、ちゃんと話を聞いているのかい?ツァイト君がとっても悲しそうな顔をしているよ」

「ツァイトちゃんは悲しそうな顔してないっすよ!お茶飲んで一服してるじゃないですか!チルしてるっすよ!」

横目でツァイトを見ると、確かに一服していた。いつもより美味しそうにお茶を飲んでいる。お金に余裕ができたから、普段よりいいお茶にしたのだが、そんなに変わるのだろうか。

「それに話だってちゃんと聞いてるっすよ。アホウドリ可愛いっすよね。ツァイトちゃんが好きになっちゃうのも無理ないっす」

「全く聞いてないじゃないかぁ。やっぱりむっつりだねぇ」

「むっつりじゃないっす!」

 しばらく城ヶ崎と丸岡が見つめ合った後、少し不貞腐れたながら城ヶ崎が口を開いた。

「わかりました、話ちゃんと聞いてなかったことは認めます。それで、なんの話してたんすか」

「ツァイト君がどうして未来から来たのか、懇切丁寧に説明してくれてたんだよ、城ヶ崎君」

丸岡はそう言ってツァイトの方を向いた。視線を向けられたことに気づいたツァイトが、湯呑みを置いて口をひらく。

「もう一度説明した方がいいでしょうか?」

「いいとも!!それはもう何度でも、ツァイト君が心ゆくまで説明してくれたまえ!!きっと城ヶ崎君が日が暮れるまで付き合ってくれるさ!」

「流石に門限あるんでそんな遅くまでは居れないんすけど……。まあ聞くくらいはいいっすよ」

「では改めて説明しましょう」

 そう言って、ツァイトは姿勢を正す。

「と言っても、秘密保護の観点からあまり詳しいことは説明できないのですが。我々時空警察は、隅野 光が統合時空理論を構築した詳細情報を知るために2035年へ来ています。先程も説明しましたが、光が構築した理論はタイムトラベルの基礎理論ですから。万一にも、時間遡行を行った際に、その理論の構築に影響を与えるわけにはいきません。」

「……こうして聞くと、やっぱりツァイトちゃんって……。や、なんでもないっすよ?やっぱツァイトちゃん可愛いっすね!何言っても様になるっす」

誤魔化す様に城ヶ崎が言った。

「誤魔化すのが下手だね、城ヶ崎君。言わんとすることはわかるが、本人の前で口にすることじゃないだろう。……まぁ、それはそれとして。これは単純な好奇心からくる質問なのだが、ツァイト君の言う統合時空理論とはどんな理論なんだい?」

「秘密保護の観点から詳細はお伝えできません」

「その理論とやらがタイムトラベルの基礎になっているんだ、まさか『レピュニット素数が無限に存在することを証明しました!』なんて、解決しようがしまいが対して影響のないことではないだろう。そうだねぇ……。例えば量子?それとも素粒子かな?ダークマターなんてこともあるかもしれないねぇ。あれらは電磁気学の様に、まだ完成されていない」

「ですから、それに関しては秘密保護の観点から『あぁ、ツァイト君は何も言わなくていい。これは私の独り言だ、君の下手なポーカーフェイスで秘密を保持していたまえ』……お好きにどうぞ」

そう言うと、ツァイトは再びお茶を飲み始める。……ツァイトの立場からすると丸岡を止めた方がいいのだろうが、光も自分が構築するらしい理論の詳細には興味があった。丸岡の話に耳を傾ける。

「そうだねぇ……。時空間に関することなら、重力論なんていいところだろうか。アインシュタインが相対性理論を提唱してから理解は進んだが、未だ未知の方が多い領域だからねぇ」

「って言っても、重力論でブレイクスルーなんて起こるんですか?結構解明されてきてますよね」

「起こる余地はあるとも!特に特異点に関して、我々人類は観測すらできていないからねぇ。……そうだ!ツァイト君の言う理論とは特異点に関することだろう!少なくとも特異点は関係しているはずだ。あぁ喋らなくていい、何度も言うがこれは私の独り言だからねぇ。まぁアドバイスするとすれば、あまり感情は表に出さない様にした方がいい」

横目でツァイトを見ると、いつも通りの顔をしていた。丸岡には何が見えているのだろうか。

「そもそも時空間の性質を考えると重力が関係しているはずだ、たとえ直接的ではなくとも。あれは空間を歪めるからね。空間と時間は切り離して考えることができないから、少し考えればわかる話だ」

「でも、そうだとしたらそこまでじゃないですか?特異点なんて観測すらできてないんですから、それが関わってるとしてもそこまでじゃないですか?」

「そうでもないとも。折角だから、城ヶ崎君には講義をしてあげよう。今日は科学部の活動日だしね。光も聞くといい、専門分野じゃないだろう?」

 そう言って立ち上がった丸岡は、一般的なホワイトボードほどの大きさをした仮想ディスプレイを空間に投影した。どうやらここで抗議をおっ始めるらしい。長くなりそうなことを察した光は、二杯目のお茶を入れることにした。

「私の講義を受けられるのだ、感謝したまえ。ウニより刺激的で刺々しいとも!!」

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