エンゲージ・ヒューチャーガール7
ツァイトと一緒に東急ハンズで資源を補給した二日後。光は部活動のため、放課後に中央棟まで足を運んでいた。
日下高校は東棟、西棟、南棟、北棟と中央棟の4つの学舎から構成され、中央棟には職員室、生徒会室、その他には部室や購買、食堂がある。
光の所属する理工学科は南棟にあり、部室まで歩くとなると二十分ほどかかる。
おそよ十五分ほど歩くと中央棟まで辿りついた。光は音のなる腹を押さえつけ、燦々と照りつける太陽の元から逃げる様に中央棟の中にはいる。
東急ハンズで資源を補充した時、埋め合わせと称してツァイトに大量の商品を買わされたのだ。おかげで食費を切り詰める必要に迫られた光は、単純に空腹だった。
胃袋が栄養源を求めて活動を活発にし、腹鳴の頻度がましてゆく中、光は科学部の部室にたどり着く。城ヶ崎に菓子パンでもねだろうと思い部室のドアを開けようとした時、光の鼓膜を絶望を告げる声が叩いた。
「城ヶ崎くぅ〜〜〜ん。今私のことをバカって言ったかい?つまりBKAってことかな?BKAって響きがAKBっぽいねぇ!!!!!」
「……どう言うことっすか?」
「わからないのかい?バカだからローマ字に直してBKA……AKBって逆から読んだらBKAじゃないか!!世界の真理だよこれは!!回転する文章で回文だねぇ!!革命だねぇ!!!地球も丸いから文字も丸いんだねぇ!!!!」
「すみません、質問した私が悪かったっす。頭痛いんでちょっとだけ静かにしてほしいっす……」
「保健室はあっちだよぉ!!!!とっととGO!!!ポケモンもGOしてるんだから城ヶ崎もGOできるさ!!!行こうぜ、ポケモンゲット!!!色違いのボルケニオンがまってるさ!!」
「………………。」
あぁ……。光は天を仰ぐが、そこには白色光を放出するLEDしかなかった。どうして彼女がいるのだろうか。光の記憶が確かならば、あいつは一週間前から論文作成のデータをとるために茨城県つくば市のKEK(高エネルギー加速器研究機構)に行っていたはずだ。どうしてここにいるのだろう……?
光は意を決して扉を開くことにする。空腹状態の今、あいつとタイマンで接するのは厳しいが、今日は城ヶ崎もいるらしい。なんとかなるだろう。
光が科学部部室の扉を開くと、そこには幼馴染の丸岡 台子がいた。
若干ボサボサしている、肩くらいの長さの金髪とは裏腹に、身に纏っている白衣は真っ白のままで皺ひとつない。丸岡の琥珀色で、温かみを感じさせる様に輝く虹彩には知性を感じるが、それとは対照的に吸い込まれる様に黒い瞳孔が、どこか狂気を感じさせる。
部屋の中を見渡すと、声高らかに叫ぶ丸岡と頭を抱える城ヶ崎がいた。城ヶ崎の存在をあてにして扉を開けたと言うのに、すでにダウンしてしまったらしい。これから光は一人で丸岡の相手をしなければならない。その事実に気づいた光が、隠すこともせず絶望心を顔に出す。
光の存在に気がついた丸岡が声をかけた。
「Wow!!!光じゃないかぁ、ご無沙汰しとりまする〜。頬がこけてるねぇ、ちゃんとご飯食べてるかい???これでもお食べよほら!!!!」
そう言いながら、丸岡が鞄から透明なビニール袋を取り出した。中にはらっきょうが詰まっている。
「茨城のお土産あげるよ!!茨城でとれたいばらっきょうを食べたまえ、こいつはネギ科だからほとんどネギみたいなものだ。ネギより短い分、首に巻かなくても風邪くらい多分治るからね、飢餓状態で弱った免疫にダイレクトな効果を発揮するとも!!!Maybe!!」
光は頭を抱えた。心なしか頭痛がする気がする。丸岡がKEKに行くと聞いてしばらくは平和になるかと思っていたのに、どうしてこうなってしまったのか。
どうにか返事をしようとした光に被せる様にして、丸岡が話しかける。
「あなたの風邪はどこから??ベンザブロック〜〜。そんなあなたには青色のベンザブロックをあげよう。食べたまえよ」
そう言いながら、丸岡は葡萄を一粒渡してきた。光の脳内が困惑で埋め尽くされる。
「これは茨城県のお土産第二弾!こいつは巨峰。青くて丸いからベンザブロックみたいなもんだろう。多分頭痛くらい治る。さあお食べ、食べるんだ」
これが会話ならどれほどよかっただろう。視線を城ヶ崎に向けると、帰ってきたのは憐れみの目線だった。全てを諦めた光は巨峰を受け取り、口に放り込む。存外に甘くて美味しい。自然と少しだけ頬が綻ぶ。
「全く。君は目を離すとすぐこうなるんだから。勉学に身を投げるのもいいが、少しは体も大切にしたまえよ?健全な知識は健全な肉体に宿るからね!!」
「……そう思うならちょっとは身長伸ばす努力したらどうっすか?科学的に牛乳飲んだら身長伸びるって言ってたのは丸岡先輩っすよね」
「豆乳なら飲めるんだがねぇ。牛乳はどうも苦手だから仕方ないとも。体の健康より心の健康を優先したのさ。それに身長なら、沢山寝てれば伸びるからねぇ。昨日は10時間くらい寝たから問題ないとも。バランスバランス」
そこまでいったところで、丸岡は椅子に座りコーヒーを飲んだ。テーブルの上を見ると、コーヒーが三杯淹れられている。
「ほら、せっかく淹れたのだから光も呑みたまえ。聞けば伯父が再婚して従兄弟ができたらしいじゃないか。私と君の仲だろう?ちょっとくらい聞かせてくれたまえよ」
そう言いながら丸岡は隣の椅子を叩く。とっとと座って話を聞かせろと言うことなのだろう。光は諦めて椅子に座り、コーヒーカップに手をつける。
空腹の腹の中にコーヒーを入れながら、改めて部屋の中を見渡す。
長方形をした部室の奥の方には机が設置されており、その両脇にパイプ椅子が4脚設置されている。机の上に視線を移すと、鮮やかな紫色をした巨峰が置かれていた。もういくつか食べていた様で、実が半分ほどなくなっている。
背後にある金属製の棚には給湯器や専門書、デスクトップPCの筐体が置かれている。いつもの部室だ。
そうして一息ついていると、城ヶ崎が口を開いた。
「丸岡先輩って、光先輩と幼馴染なんですよね?知らなかったんですか?」
「幼馴染といっても、交流があったのは光の家庭だけだからねぇ。流石に光の伯父さんのことは知らないさ。小学校からの付き合いだからといって、1から100までなんでも知ってる訳じゃない」
丸岡の言うとおり、光と丸岡は小学生からの付き合いだ。何か特別な理由があったわけではなく、ただ家が隣同士だったからという単純な理由だが、間廊下からは大きな影響を受けている。
光が科学に興味を持ったのは丸岡の影響だし、日下高校に入学したのだって、単純に丸岡の後を追ってきたからだ。
昔のことを思い出していると、丸岡が話しかけてくる。
「で、その新しくできた従兄弟のツァイトちゃんはどんな子なんだい?」
「……別に、普通の子よ。この前顔合わせしたばっかだから、あんまり詳しいことは知らないけど」
ツァイトとは全く関係ないことを考えていたせいか、少し返答が遅くなる。そのことを不審に思ったのだろう、城ヶ崎が話しかけてきた。
「でも先輩、この前東急ハンズで会った時結構仲良さげでしたよね。なんか隠してるんじゃないっすか」
「隠すことなんて何もないわよ。そんなに気になるなら今度会ってみる?しばらくこっちの方にいるみたいだから、会おうと思えばすぐ会えるけど」
そうだ、隠すことなんてあまりない。精々ツァイトが精神異常者だと疑われないために、時空警察であることだとか、光の家に居候していることを言えないくらいだろう。
……あれ。そう考えると結構隠さなきゃいけないことがある気がしてきた。
「そうか、そんなにすぐ会えるんなら今度会ってみてもいいかい?噂の、光もあまり詳しくない再婚した叔父の、急に生まれた銀髪の可愛い従兄弟とやらと合わせてくれたまえよ」
そう言いながら、丸岡が光を見つめる。
何も言っていないはずなのに、まるでお前の隠し事は全てお見通しだとも言いたげな雰囲気だった。
昔から、光は丸岡に対して隠し事ができなかった。どれだけ必死に隠そうとしても、論理的に詰められてしまうし、何より丸岡の真っ黒な瞳孔に見つめられると、心の中で考えていること全てが筒抜けになっている気分になってしまう。
あまりこの話題をするのはよくない。そう思った光は、早々に話題を転換することにした。放課後はまだ始まったばかりだが、丸岡はここ一週間KEKにっていたのだ、話題が尽きることはないだろう。
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