エンゲージ・ヒューチャーガール5
新宿駅から五分ほど歩いたところにある東急ハンズ新宿店は、都内有数のホームセンターだろう。人が多いのが苦手だが、大抵のものは揃う。ツァイトを連れてきたのも、その品揃えゆえだ。ネット通販でもいいのではないかと思ったが、ツァイトが「正気ですか。そんなことばかりしているから詐欺に引っかかるんですよ。買い物をする時はこの目で直接見る以外の方法は存在しません」と頑なに主張したため、結局直接訪れることになった。
「ここがあの東急ハンズ……。おぉ……。」
目を輝かせながらツァイトがつぶやく。そんなに感動することだろうか……?
「それ、そんなに感動することなの?」
声に出てしまった。
「当たり前じゃないですか。東急ハンズ新宿店といえば、2300年ではギネス全惑星観光ガイドに乗るレベルの観光名所なんですよ。今で言うところのサクラダファミリアみたいなものです。これがあの……」
ギネス全惑星観光ガイドってなんだよ。疑問が尽きない。推理小説の主人公見たいな気分だな。
「ちなみに、2300年には東急ハンズ新宿店はどうなってるの?」
「語りたいことは沢山ありますが、やはり一番の目玉は軌道エレベーターでしょう。宇宙開拓の黎明期を支え、地球上に現存する最古の巨大構造物ですから」
軌道エレベーターを建てるのはわかるが、なぜ東急ハンズ新宿店に建てたのか。もっと赤道付近の方がいいのではないだろうか。
疑問が疑問を呼ぶ中、混乱する頭を抑えて東急ハンズに入る。最初の目的地は3階にあるコスメコーナーだ。エスカレーターに乗り込み、無邪気に目を輝かせるツァイトを尻目に今日の予定を思い出す。
確か、3階で化粧品を回ってから4階で画材、最後に6階で木材やらなんやらだったはず。正直全く覚えてないが、ツァイトが把握してるだろう。
先導するツァイトについていきながら、光は気になっていたことを聞くことにした。
「そういえば、6階に行って資材を買い揃えるのはわかるんだけど、なんで3階とかにも寄るの?」
光の言葉を聞いたツァイトは、いかにも不服といった表情で答える。
「折角の東急ハンズなのに水を差さないで欲しいんですが。まあいいです、私は協力してもらっている立場ですからね。大人しく、一生に一度あるかどうかといった貴重な体験を味わえる時間を消費して、無知なあなたに教えてあげようじゃないですか。いいですか、この時代のコスメは資源の宝庫です」
思いがけない罵倒に腹が立つが、先程までツァイトが幼稚園児の子供のような目で東急ハンズを見渡していたことを思い出し、少し考え直す。きっと居候している立場を自覚してなお、そこまで罵倒の言葉が出てくるほどの価値が未来の東急ハンズにはあるのだろう。
なんともいえない表情で、光は続きを促した。
「一般的な手段では入手困難な資源はもちろん、少量ですが鉛やクロムなどの金属なども含まれています。PEGなんかは狙い目でしょうか。エタノールを含んだものもあるでしょう。一般的な薬品などは洗剤などの日用品を買い漁れば十分ですが、コスメはレアモノが多いですから」
「……そうなの?」
「そうですよ。貴方は普段あまり化粧をしないようですからご存じないかもしれないですが、コスメ含めて化粧品は化合物の宝庫です。それが人体に害があろうがなかろうが。それに、2300年ではすっかり貴重になってしまった天然抽出物なんかも多々含まれていたりしますね」
そうこう言っているうちに3階に着いた。光は買い物カートを引き、ツァイトが目をつけた化粧品を片端から買い物かごに入れていく。
買い物かごに入れられた商品が凄まじい勢いで増えていき、光の表情が青ざめてゆく。
「ちょ、ちょっと!流石に量多すぎるって!」
「我慢して下さい。一番量がいるのがこれですから、ここを乗り切ればあとは楽勝です」
「我慢とかじゃなくて、多分払えないから言ってるんだけど。」
「……しょうがないですね。必要最最低限のものだけにしましょう」
そう言ってから、ツァイトは十数秒の間買い物かごを中身を見つめながら吟味したのち、かごに入れていた商品の9割を返却した。
空っぽになった買い物かごを見つめて、光は呆れながらポツリとつぶやく。
「……初めからこれでよかったんじゃないの?」
「保険はかけれるだけかけるべきですからね。これでも不足しているわけではありませんが、補給資源の量が減るほど、一度の失敗が許されなくなります。……まさかここまで金銭に余裕がないとは。ニコラ・テスラ然り、優秀な科学者ほど資金不足なのですね……。」
それは褒めているのだろうか。なんともいえない気持ちになりながら、先を行ってしまったツァイトの後を追う。
未来の私はどんな扱いをされているのだろう。ツァイト曰く時空理論?かなんかを提唱するらしいが、私はそんなものに大した興味はない。幼馴染の丸岡に影響されたせいか、小学校の頃の将来の夢は科学者だったし、今もそうなりたいとは思っているが、分野はまだ決めていない。だから比較的潰しが効く理工学を専攻しているのだ。ツァイト曰く、私は今後30年以内に理論を提唱するようだが、そうであればもっと前、それこそ今くらいに価値観を変えることになるきっかけか何かがあったのだろう。しかし、それは一体なんなのだろうか。
そこまで考えたところで、光の思考は第三者によって中断された。
「え、先輩?」
予想外の声に思わず反応する。振り返った先には、科学部の後輩である城ヶ崎 千佳がいた。
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