第2話 悪役令嬢、現実に飛び出す2

 このゲーム、ヒロインであるマイアが学園にいる妖精とふれあい、恋愛関係を構築するという主眼だが、それをことごとく邪魔するのがコーデリアなのである。


 そしてマイアが反発すると、このようにさまざまな勝負を仕掛けてくる。

「数学の試験の点数で勝負ですわ!」

「どちらがサンドイッチを美味しくつくれるかで勝負ですわ!」

「ローラー・スケートで勝負ですわ!」

「熱々おでん……もとい熱々シチューをどれだけ食べられるかで勝負ですわ!」

 これらはシナリオの中でミニゲームとして起こるイベントで、コーデリアに勝たなければ次に進めない。

 冷静に考えると男を取り合うのになぜ女同士で殴り合っているのか……と疑問に思うが、複数ルートある長大なシナリオを読んでいると、これが意外と良いアクセントになってくるのだ。

 コーデリアは諦めない。どれだけシナリオが進もうとエンドのぎりぎり手前まで戦いを挑んでくる。それが全5ルート。どれも彼女は全力で戦うのである。

 そうするとプレイヤーとしてはこのキャラクターに妙な愛着を抱くようになる。日本人は判官贔屓な傾向にあるなどというが、多分その境地だ。

 コーデリアはいつも面白おかしい勝負を吹っかけてきて、派手に負けて、それでも「次は覚悟なさい!」と言って元気に去って行く。そしてその言葉の通り必ず現れ、次の勝負を持ちかけてくる。

 その強さが静花にはどうしようもなく魅力的なのだった。

 コーデリアみたいな強さが自分にほんの少しでもあればいいのに。

 そんなことをつらつら考えていたとき、がらっと引き戸が開けられた。ぎょっとして振り返ると、入ってきたのは3人の女子生徒だった。胸ポケットに留められたバッジの色からして、同じ2年生だ。

「あなたが井本静花?」

 口火を切ったのは気の強そうなマッシュルームカットの少女だ。

「そ、そうですけど……あの、どちら様ですか?」

 静花はゲーム機を胸に抱きしめて椅子から立ち上がった。

「私は杏子(あんず)。こっちの背の高い方が志代(しよ)で、小さな方が香蓮(かれん)」

 3人のうち身長が真ん中になる杏子がつっけんどんに名乗った。

 志代というえらの張った少女がしげしげと静花を観察し、

「ふーん。だっさ。地味。眼鏡」

と吐き捨てた。

 さらに香蓮という少女が大きな口をニタニタさせながら、

「しかもこの人明らかにキモヲタざます。ずっとゲームばっかやってるざますね」

と鼻で笑う。

「何でこんな女が日多木君に優しくされてるのかしら」

と杏子が総括して、ようやく静花は彼女らの目的を悟った。

 この3人は昼間の出来事の目撃者なのだ。

「クラスが違うと移動教室の時くらいしか日多木君を鑑賞できないのに」

「せっかく日多木君の美しい歩き姿を眺めていたら、オタク女が割り込んで来たあげく不愉快なシーンを見せつけられた私達の気持ちがわかる!?」

 日多木生徒会長を好きな生徒は学園内に山程いる。だが彼は「今は生徒会が忙しくて恋愛をする余裕が無いから」と言って、特に誰とも付き合おうとしない。

 彼女らは彼の望みに従ってアタックを諦めた。泣く泣く遠くから王子様を見守ることにしたのである。誰かが抜け駆けをしないよう、お互いに牽制し合いながら。

 それにも関わらず静花が日多木君と(故意ではないが)接触したのである。

 恋する乙女達は激怒した。必ず、かの邪魔だボケェの女を除かねばならぬと決意した。

「抱きしめられて、しかも贈り物だなんて」

「あなたわざと転んだんじゃない?彼の気を引こうとして」

 静花が「そんなことしてな……」とおずおず口を挟もうとするも、

「言い訳するんじゃないわよ!皆見てたんだから」

「あんたみたいなアバズレ、日多木君と話す資格も無いんだよっ」

と3人揃って聞く耳持たずだ。

 しまいには、

「これはおしおきの必要がありそうざますね~」

などと言い出した。

「ひ……っ」

 思わず後ずさった静花だったが、すぐ後ろにある椅子にぶつかった。よろめいた彼女の肩を一番大柄な志代が掴んで、床に引き倒す。

 香蓮が美術室の鍵を閉め、杏子は四角張った硬い椅子を持ち上げた。

「いい?これは善意からの指導よ。あなたがこれからまた同じ間違いをしないように、痛みをもってわからせてあげようとしてるの」

 杏子がこれ見よがしに静花の目の前で椅子を揺らす。彼女が両手の力を抜けば、椅子が角から静花の顔面に落下するだろう。

「人間、痛い目見ないと学ばないざますからね~」

 香蓮が引き出しからハサミやらカッターやらを引っ張り出してきた。

「見えるところには傷をつけんなよ。私達が悪いことになるから」

「わかった、気をつけるわ」

 まずいまずいまずい。

 静花は恐怖のあまり完全に硬直した。頭が真っ白になって、叫んで助けを呼ぶということも思いつかなかった。尤も、校舎の隅にある第1美術室では、彼女がいくら叫んだところで聞き付ける者がいるはずもなかったが。

「まずはそのゲーム機を潰したら良いんじゃね?教室の隅でちぢこまってゲームしてるの、前からキモいと思ってた」

 志代の言葉で静花は初めて硬直が解けた。

「ゲームはだめっ」

 拘束されていない部分の身体を無理矢理動かして、うつぶせになろうとする。そして引き倒されながらも右手で必死に掴んでいたゲーム機を胸元に隠した。

「お?こら暴れんな」

「つまりそれだけ大事なものということざますね」

 香蓮が目を光らせる。

「良いわね。じゃあ志代、しっかり抑えてなさい」

 杏子も同意して、椅子をしっかりと構える。静花は床に這いつくばったまま、いよいよ身体をめちゃくちゃに揺り動かしどうにか逃れようとした。

「くそっ、こいついきなりめちゃくちゃ暴れやがって……大人しくしろって…………っ」

 志代が悪態を吐く。だがその腕力は到底静花が敵うものではなかった。

「誰か……」

 心が絶望に塗り込まれる中、静花はかすれる声で叫んだ。

「誰か……、助けて…………っ」

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