第18話 焼きとうもろこしは安定のおいしさでした。

何を食べようかと広場の屋台を巡っていると、香ばしい良い匂いが鼻先をかすめる。

ほぼ塩味しか知らないティナが、嗅いだことがない香り。日本人の凛々子には日常に存在していた、あの調味料の香りだ。


醤油!!


私は醤油の香りが漂う先へと駆け出した。


「おい、ティナ!! ひとりで走って行くなよ……っ」


駆け出した私に追いついたお兄ちゃんが、横に並んで注意する。木靴で走るのに慣れない……っ。いつも小学校に行く時に履いてたスニーカーが欲しい。

結局、走るのをやめて、お兄ちゃんと一緒に歩くことにした。後ろからのんびりとジグさんがついてくる。


「私、いい匂いがするあの屋台のが食べたいの」


屋台には看板もないけど、見た感じはとうもろこしを焼いているように見える。


鉄板の上に黄色いとうもろこしが4本並び、屋台の人が刷毛でとうもろこしに醤油を塗っている。机の上に鉄板が直置きされてるけど、とうもろこしからは湯気が出てるし、醤油の香ばしい匂いもしている。謎技術だ。

IHクッキングヒーターみたい。コンセントとか無いから、本当になんで焼きとうもろこしが出来ているのかわからない。


私は焼きとうもろこし屋台の前に立ち、醤油が焦げた香ばしい匂いを吸い込んでから、ジグさんを振り返る。


「ジグさん!! 私、これ食べたいですっ!!」


「いいぞ。買ってやる」


「ありがとう!!」


ジグさんは焼きとうもろこしを買うと即決してくれた。嬉しい!!

焼きとうもろこしの値段もわからないのに買うと決めてくれるジグさんが頼もしい。


「ティナ。これ、旨いのか? 見たことも食べたことも無いけど」


「おいしいはず!!」


疑惑の目を向けるお兄ちゃんに、私は重々しく肯いた。醤油が香ばしく香る焼きとうもろこしはおいしいはず。どうか、凛々子が知ってる焼きとうもろこしでありますように!! 運命の女神様、お願いします……!!


「お嬢ちゃんは小さいのに見る目があるなあ。焼きもろこし、一本銅貨1枚だよ」


「一本くださいっ」


「皿は持ってないみたいだな。皿を貸すと銅貨1枚貰ってるんだけど、今回は無料で使わせてやるよ。焼き立ては素手じゃ持てないからな」


「お兄さん、ありがとうっ!!」


のっぺりとした平凡顔のお兄さんが、輝いて見える。人は外見じゃない。中身よ!!

私は焼き立ての、醤油の香りが香ばしい焼きとうもろこしを木皿に乗せてもらった。

運命の女神様と屋台の店主さんと、買ってくれたジグさんに感謝の祈りを捧げて、いただきます!!


私は運命の女神様の使徒だけど、それを隠しているので心の中で祈りを捧げ、木皿に乗せてもらった焼きとうもろこしにかぶりつく。


おいしい……!!


甘味は少ないけど、がぶっと食べると焼きとうもろこしの実がちょっとだけ歯に挟まったけど、おいしい。安定の焼きとうもろこし。凛々子のママがフライパンで作ってくれた焼きとうもろこしの味に似てる気がする。


大喜びで焼きとうもろこしを食べている私を見たお兄ちゃんとジグさんも焼きとうもろこしを買って木皿を借り、食べ始めた。ジグさんは焼きとうもろこしを気に入ったけど、お兄ちゃんは肉串の方がいいって愚痴をこぼしてる。お兄ちゃん、店主さんが苦笑いしてるよ。


食べ終えたとうもろこしの芯をゴミ箱に捨て、店主さんにお礼を言いながら、借りていた木皿を返す。


「おいしかったです。ごちそうさまでした」


「ゴチソウサマデシタ? 変わった挨拶だね。おいしそうに食べてもらえて嬉しいよ」


のっぺりとした顔の店主さんは、私から木皿を受け取りながら目を細めて笑う。食事の後に、ごちそうさまって言わない文化なんだ。そういえば、ティナの記憶にはご飯を食べた後にごちそうさまって言ってる場面は無かったかもしれない。

日本の常識、この世界の非常識。こういう感覚の違いが、本当に戸惑う。


「おいしそうに食べてくれたお嬢ちゃんに、おまけだよ」


店主さんはずんぐりとした形の皮つきのとうもろこしを私に差し出す。このとうもろこしは私が見たことのない形をしている。貰える物は貰っておこう。



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