第10話 荷馬車に乗って領都に行こう。

着替えを終えた私とお兄ちゃんは、昨日、お母さんが作ったシソの塩漬けを分けてもらった後、ひとりで食堂で肉定食を食べているジグさんに駆け寄る。


「ジグさん!! 私とお兄ちゃんも一緒に領都に連れてって!!」


「俺、叡智の神様を信仰するって決めたんだ!! それで、この『シソの塩漬け』を商品登録したいんだっ!!」


「今までの商品登録記録には料理はひとつも無かったと思うが、まあ、やってみるのはいいことだろう。叡智の神様の信徒が増えるのも良いことだしな。ティナは叡智の神様を信仰しないのか?」


「私は、えっと、まだ8歳だから……」


私はあいまいに笑ってごまかす。大人になっても運命の女神様の使徒だと思うので、叡智の神様を信仰することはできません。


ジグさんとお母さんが話し合い、私とお兄ちゃんは領都行きを許された。

私とお兄ちゃんの往復の旅費や領都での滞在費は全額、ジグさんが払ってくれることになった。その代わり、うちからはエール一樽と干し肉を提供する。


私とお兄ちゃんは着替えの服と下着を用意し、いつも寝る時に使っている掛け布二枚と枕を持ち出すことになった。領都に到着するには片道5日掛かり、領都には商品登録のために3日から半月の滞在の予定だそうだ。すごく長い。


「だいたい半日ごとくらいに村や集落があって、そこで寝泊まりすることができると思う」


街から出て、領都や王都に行った経験があるお父さんがそう言って、酒樽と干し肉の他にも、水の入った樽や砂糖の入った皮袋を用意してくれた。


「砂糖はすごく疲れた時に少し舐めるんだぞ。たくさん舐めると歯が痛くなることがあるから気をつけろ」


お父さんの話を聞いていると、小さな皮袋を両手に持ったお母さんがやって来た。


「さっきジグさんに貰った塩の皮袋と、銅貨と石貨、銀貨を少し入れた皮袋も持って行きなさい。万が一、領都でジグさんとはぐれたら、衛兵さんを探すのよ」


「わかったっ」


「うんっ」


私は塩の入った皮袋を受け取り、お兄ちゃんがお金が入った皮袋を受け取る。


「三日に一度は塩歯磨きするんだよ」


「うんっ」


私は毎日塩歯磨きをする気満々で肯く。お兄ちゃんは返事をしない。歯磨きサボるつもりだろうか。


「ティナもテッドもまだ小さいのに、領都なんて遠いところに行って大丈夫なの?」


開店前の食堂の掃除をしていたお姉ちゃんが心配そうな顔で言う。お母さんはそんなお姉ちゃんに笑顔を向けた。


「大人よりも子どもの方が長旅には向いてるのさ。赤ちゃんや、幼児よりも大きい子って意味だけどね」


お母さんの意味深な言葉に、私とお兄ちゃんは顔を見合わせて首を傾げる。お姉ちゃんはお母さんの言葉がわかったようで、納得した顔をしていた。


私たちはジグさんの荷馬車に乗って、昼前に街を出た。

荷馬車には幌が掛かっているから、そこそこ雨避けもできそう。雨具は持ってきてるけど。


私とお兄ちゃんは荷物と一緒に藁が敷かれている荷台に寝転がっている。枕、持ってきてよかった。ギドさんは御者で、荷台を引っ張ってくれるのはずんぐりとした短足の馬だ。馬……だよね?

ティナの世界と日本では、同じような物を同じ言葉で表していることもあるけど、違うこともあってややこしい。


「荷台が揺れまくって楽しいなっ」


舗装されていない土の道に、ゴム等で覆われていない木の車輪で進んでいるので、湖で手漕ぎボートに乗せてもらった時くらいに揺れている。私もティナの身体も乗り物酔いしない体質で助かっている。


大人だったら荷台に寝っ転がれないし、この揺れも楽しめ無さそう。お母さんの意味深な言葉の意味が、ちょっとだけわかった気がした。





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