第1話 怪しい部活があるらしい①

 我が校の生徒会室はいつも静粛である。理由は簡単、単純に人が来ないから。この部屋は基本、俺の独壇場と化している。なかなかにいい気分だ。学校に自分のスペースがあるというのは。これも俺が生徒会長である特権だ。

 今日もこの神聖なる生徒会室で『ロリ百合スパイ大作戦!』なる漫画を読む。この漫画、スパイモノの感じを醸し出しておきながら、ロリっ子同士のイチャラブをずーっと描いているだけの漫画であった。いいぞ、もっとやれ。


 素晴らしいロリの百合に心を躍らせていると……。


「かいちょー!ちょっとー!」


 そんな騒がしい声と共に生徒会室の扉が勢いよく開かれた。

 俺は慌てて、読んでいた漫画を机の引き出しに突っ込む。

 扉が開かれたそこに立っているのは、我が生徒会副会長であり、俺の幼馴染でもある水野七海であった。


「生徒会室に入るときはノックぐらいしなさい!」

「え、あ、ごめーん。でも私生徒会副会長だからよくない?」

「その甘い考えはいかん。俺は生徒会長でありながら、いつも鍵を開錠してから三回ノックしてから入室しているんだぞ。誰もいない生徒会室にな」


 そんなことを俺が言うと、七海は露骨に引いている顔をした。


「……で、今日は何の用?いつもは授業終わったら速攻で家に帰るくせに」

「ちゃんと部活行ってますぅー!てか、あんたもなんか部活入りなさいよ」

「とりあえず、用件言えよ」


 俺は七海の痛々しいセリフを強制的に割り込むことでストップさせた。


「へ?用件?」

「おう、用件があるからここに来たんだろ?」

「用件がないと副会長は生徒会室に入れないの?まぁ、用件あるんだけど」


 七海はそう言いながらため息をついた。多分、生徒会活動を真面目にしていない自分への呆れを込めた息であろう。


「して、その用件とは」

「いや、実はとある部活に関しての苦情が色んなところから来ているということを先日風紀委員から来てましてな」

「風紀に関する対処なら風紀委員で済ませろよ」

「いや、生徒会に対する用件っていうのはそれに対する対処じゃなくて……まぁ、なんというか質問なんだよね」


 質問?


「俺はそれに答えるだけでいいのか?」

「うん、それが……「なんであんな奇妙な部活にオッケー出したんですか?」だって」

「へ?」


 ちなみに、説明しておくと、我が生徒会はなぜか「部活動申請許可」なる重大な役目の大部分を兼任されている。一応教師の目にも通るらしいのだが、生徒会審査が通れば、教師審査は大体通る。まるで漫画のような生徒会特権を我々は持っているのだ。築いた信頼はやがて壮大な力となる。


「まぁ、俺の部活動審査は「鬼の目」だからな……しっかりとした申請書を出さなければ通さないようにしている」

「じゃあ、私からも聞くけれども。なんでこんな部活通したの?」


 七海はおそらく風紀委員から受け取ったのであろう資料を冷たい目で見ながら、ホントにその目のまんま俺の「鬼の目」を見た。

───なぜ、俺はこんなにも疑われているのだろうか。


「して……その部活とは?」


 俺は多少不安になりながらも、自分の「鬼の目」を信じて、普通のファンタジーノベルを読みながら、そのありえない部活を聞くことにした。


「魔法研究部」


 ……あ、通したわ。


*****


 これは数か月前の出来事であった。

 俺はいつも通り生徒会室で小説を読んでいると……。(仕事は終わらせた)


「あの、ちょっといい?」


 勢いよく扉が開かれた。

 そこにいたのは金髪ツインテールの女の子。身長は148cmほど。

 ───いいなっ!


「やぁやぁ。どうしたのですか?」


 俺はその少女をすごーく歓迎した。


「今日は部活の申請を頼みたくて来たんだけど」

「ああ、うんうん、分かった」


 よし、無条件で通そう。可愛いは正義なのだ。

 俺は申請書に一応目を通した。


 部活名「魔法研究部」

 ほう、研究部か!よっし、おっけー。


 という感じで俺はその申請書に生徒会の判を押した。


*****


「うん、通したわ」

「なんで⁉」


───どうしよう、申請に来た子が可愛かったからなんて言えない。


 俺は思わず、口ごもってしまった。

 とにかく、脳をぐるぐると回して、言い訳を考えている。


「いやぁ、魔法研究をしたいという聞いたこともない好奇心の向き方に思わず感心してな」

「今まで、申請書がしっかりしてないと漫画研究部とかいう比較的まともな部活まではじいたくせに……(今は申請済み)」

「まあ、あの時の申請書は酷かったぞ。申請書の文字がオノマトペ風に書かれていたからな」


 あの申請書を見たときは本当に驚愕であった。多分、あれ全部Gペンで書かれていたな。申請書を原稿用紙と勘違いしていたんだと思う。どこかにトーンも貼っていたと思う。


「それに比べたら、うん、ちゃんとしていたぞ」


 そう言った俺を横目に七海は生徒会室の資料棚から部活動資料のファイルと取りだし、そこから魔法研究部の申請書を見つけ出して、テーブルに広げた。


「「……」」


 申請書に書かれていた文字はガタガタでまるで子供が書いたような文字。漢字は部活名と部員氏名以外には一つも書かれていない。

 そこに書いてある日本語もかなりぎこちないものであった。


「これが、ちゃんとしているの?」


 だめだ……これじゃあ、ごまかしようがない。


*****


 とにかく、その問題である魔法研究部の部室へ向かうことにした。魔法研究部の部室は西校舎四階の一番端の小さな教室。結構不便に指定されている。

恐らく、適当に余った教室を押し付けられたのではなかろうか。

生徒会室からの移動はかなり不便である。ちなみに、七海もともに来るかと誘いはしたのだが、あの薄情者。「いや、いいや」と一言だけ残しながら、生徒会室からそそくさと消えてしまった。

全く、うちの生徒会はかなり非活動的だ。まぁ、会計や書記は持ち帰りでしっかり業務をしてくれているのだが。


 そんな感じのことを考えながら廊下をトボトボと一人して歩いていると、すぐに例の教室についた。

 その教室の教室札には……「魔法研究部室」とは書かれていなかった。


「なんだ?なんて書いてあるんだ?」


 よく読めないが……まぁ、あんな申請書を出すくらいの字の乱雑さだ。この教室札も見た感じ手書きだし。読めたものではない日本語が書かれてあるだけであろう。


 俺はそう自分に言い聞かせながら、扉を三回ノックした。


「…………」


 返事がない。もう一度ノックしてみる。


「………………」


 ない。もう一度。


「……………………」


 もう一回。


「…………………………」

「いないのか?やむを得ない。ちょっと入らせてもらうか」


 俺は扉を開けようとする。しかし開かない。

 どうやら、鍵がかかっているようだ。


「こんな時のために……マスターキーを持ってきておいてよかったぜ……!」


 俺は勝気でマスターキーを扉の鍵穴に差し込んだ。


「よし!お邪魔しまーす!」


 ガタン。

 開かない。


「……なぜだ!なんで開かない!」


 俺は何回か試してみたが、ついに、この部室の鍵は開いてはくれなかった。


「な……なんでだ⁉」

「そりゃ、開かないよ」


 突如、後ろから声がした。

 俺は慌ててその声の方向に振り向く。


 そこには、あの時申請書を提出しにきたあの少女が悠々と立っていた。


「会長。魔法研究部に何の用?」


 少女はそう言いながら、首を傾げる。


「いや……というか、なんでこの扉の鍵は開かないの?」

「物理的施錠をしていないからだよ。その扉は魔法で施錠している」

「魔法……?」


 ああ、そうか。ここは魔法研究部という名の部活だから、あくまでそういうていか。


「まぁ、でも改造はだめだよ……?」

「改造……物理的には何もいじってないけどな……まぁ、こうしてやれば……」


 少女はそう言いながら、扉の方に歩き、ゼロ距離に近づいてから、取っ手に手をかざす。

 すると……。


「ほら開いた」


 扉はいともたやすく開いた。


───いま、鍵刺してたか?


「この状態なら、その鍵でもこの扉の開錠施錠ができるよ」

「あ、うん。確かに」


 俺はガチャガチャとこの扉の鍵穴がしっかりこのマスターキーでも作動していることを確認した。

 でも、あんなこといったいどうやってやったのだろうか。なんかのマジックなのかな。ここ、魔法研究部という名の奇術部だったのか……?


「どうぞ、入って」


 少女に歓迎されると,俺は少し肩身を狭くして、部室に入れてもらった。

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