第三章:それは罪か赦しか?

四年生になる頃には、Aはだいぶ明るくなっていた。

……いや、明るく"見せる"のが上手くなっていた、が正しいかもしれない。


教室ではちゃんと喋るし、発表もする。

先生にも笑顔を見せるし、図工の時間には女子たちと話してる姿も見た。

あの日いじめられていた彼女の面影は、どこにもいなかった。


でも、それでも──

Aはいつも、俺の隣にいた。


「ねえ、今日も帰り一緒でしょ?」


「別にいいけど」


「……別に?ふーん、〇〇くんさ、最近"別に"多くない?」


「すまん。えーと、一緒に帰ろ?」


「ふふ。いいよ」


少しだけ膨れたような口調。

そのくせ、腕を組んでくるのが早い。


……これ、小四の距離感か?って当時から思ってた。

でもまあ、長い付き合いだし。なんだかんだ、居心地は悪くなかった。


──けど。


「ねえ、さやって子、好きなの?」


ある日、給食を食べながら、唐突にAが言った。


さやってのは、同じ班の女子で、俺の消しゴムを拾ってくれたり、

困ってると助けてくれたりする、わりといいヤツだ。


だからって別に、「好き」とか、そういうんじゃなかったんだけど──


「は?何言ってんだよ」


「ん〜、だって。〇〇くん、笑ってたじゃん。さやと」


「笑うだろ、普通。話してんだから」


「ふーん……」


Aはスプーンでカレーをくるくる混ぜながら、視線を落とした。


無言のまま、ぐるぐる、ぐるぐる。



~~~



……で、数日後。

さやが泣いてた。


上履きに水が入ってたとか、ノートが破られてたとか、そういう話だった。


先生は「犯人探しはやめましょう」とか言ってたけど、

俺は思った。



あ、これ──たぶん、Aだ。



「……やってないよ?」


放課後、Aに聞いたら、即答だった。

目は合わせない。でも、口調ははっきりしてた。


「証拠ないし」


なんだよそれ。やってないんじゃなくて、証拠がないって言い方、ズルいだろ。


「別に、何もしてないし。

あんたが誰と話しても、あたしは別にって感じだし」


また「別に」かよ。

前に俺がそう言ったとき、めっちゃムッとしてたくせに。


「……嘘つくなよ」


「……うそ、なんかついてない」


そのときのAの目は、まるでガラスみたいに静かで、

でも、奥にドロドロと黒い何かが渦巻いてる気がした。


「あたし、〇〇くんの隣でいいから。

それだけで、いいからさ──」


その声が、なんか怖くて、でも哀しくて、

俺はそのとき、なにも言えなかった。


Aの「となり」は、たぶん俺にとっては当たり前の場所だった。

でもAにとっては、命綱みたいなものだったのかもしれない。



もし俺が、もう少し追及できていたら、覚悟ができていたら……。


いや、ガキの俺には酷な話だったのかもしれない。




そういえば、六年生になったあたりから、Aの様子が少しだけおかしかった気がする。

休み時間に、俺の隣で黙ってファッション雑誌を読んでたり。


「ねぇ、髪の色って、黒じゃないとダメなのかな」とか、「スカートって、なんでこんなに長いのかな」とか、「○○くん、あんたって呼ばれたら、どう思う?」


ぼそっと、こっちの顔を窺うように聞いてくることが増えた。



あの頃は、ただの好奇心だと思ってた。

けど今思えば、あれは全部、準備だったんだ。

あいつが、俺の知らない“何か”になるための。


俺のせいで、“何か”にならなきゃいけなくなった、その助走だったんだ。

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