Blue Horizon ―風の記憶―『夏の残響 ゼロ』
アタヲカオ
プロローグ 青の記憶
どうして——彼に、また会ってしまったんだ。
忘れようとしていたのに。
その瞳を思い出すたび、身体の奥が熱くなる。
理性なんて、もう効かない。
このまま壊れてしまいそうだ。
何もかもが嫌だった。
この世界も、この学校も、この家も。
そして、こんな自分も。
一糸まとわぬまま、鏡の前に立つ。
青白い肌が、夜の光を受けて冷たく光った。
ゆっくりと、シルクの衣を纏う。
爪先に桜色の雫を落とし、頬に淡い紅を差す。
まぶたには貝殻のような光を乗せ、細く黒いラインで瞳を縁取った。
そして、ルージュを引く。
それは——仮面を纏う儀式。
長い髪を梳く。
絹糸のように光沢を帯びた黒髪を結い上げ、
風にたなびくように整える。
鏡の向こうで、もう一人の自分が微笑んだ。
その微笑みは、誰よりも美しく、そして——儚かった。
◇
2075年・秋。
街全体が見渡せる丘。崖の上に孤立して建つ、かつて庭だった廃墟の跡。何百年前からあるのかわからない一本のイチイの樹が、すべてを見守るように、今もそこに立っていた。
バイクを走らせ、逆光の中へ。
夕陽を背に、彼はその高台へ向かう。
今ではもう誰も来ない、彼だけの秘密の場所。
鉄と光、それに雨上がりのような——
懐かしい“記憶”の匂いがした。
その樹の下に、ひとりの少女が立っていた。
長い髪が光をすくい、枝の間を風が渡る。
彼は息を呑む。
「……君、ここで何してるの?」
少女は振り返った。
目が合った瞬間、胸の奥がざわつく。
「風を見てたの」
その声に、遠い記憶が震えた。
彼は知らない。
けれど、彼らの再会は偶然ではなかった。
——ノアが仕組んだ、微かな調律。
けれど、風の中で触れた指先のぬくもりだけは、
どんなアルゴリズムにも書かれていない。
少女は一瞬ためらい、
それから小さく頷いて、微笑んだ。
その笑みの瞬間——
風がまた、少しだけ色を変えた。
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