深夜のコンビニで私の世界が変わった話

よつ丸トナカイ

第1話 来店した謎の男

「いらっしゃいまっせー!」


深夜のコンビニにスーツ姿の中年の男が入店してきた。

年齢は40代後半で小太り。身長は170cmに届かないぐらいだ。


その男の額からは汗が流れ、表情は緊張している様にも見える。

そして、男はゆっくりとレジへと近づいていった。




深夜0時を回っているにもかかわらず、店内には数人の買い物客がいた。

雑誌を立ち読みしていたり弁当を手に取っていたりしている。


このコンビニ、閑静な住宅街に立地している為、普段から深夜は静かのだが、今日は雨が降っているため、雨音だけが店内に響いていた。




レジには20代の女性店員が一人だけで接客をしていた。

いわゆる「ワンオペ」だ。

この辺は治安が良い為、深夜に女性の「ワンオペ」でも、それ程不安ではないのだ。



この女性店員は容姿が整い、胸も豊満だが小柄で可愛い。

そして何よりもその笑顔が魅力的でもある。

まるで深夜の都会という荒れた砂漠の中に咲く、一輪の華麗な花のようでもある。


実はこの女性店員を目当てに訪れる客も少なくない。なかには連絡先を聞き出そうとする不届きものさえ存在する。その為か女性店員は入店者を一目見ただけでナンパか客かを見分けれるようになってしまっていたのである。




入店した中年の男は、レジの前で静かに足を止め、無言のまま店員を見つめた。


「お客様、何かの御用でございますか?」

(また、いつものナンパか何かかな?面倒な客が今日も来たな・・・。)


男は無言のままである。


(黙っていたら解らないなー!)

だが、いつものナンパ男とは様子が違う事に気がついた。



(あれ…? この人、ナンパでなくて……強盗!?)

それが頭をよぎった瞬間、女性店員の顔からは笑顔が消えた。

同時に店内にいる客の人数を数えた。


(この男以外に客は3人か!)



女性店員は男が手に持っている紙袋に気づいた。

紙袋の様子から見て何か長細い物が入っているようだ。

凶器か何かであろう。




男は唇を小さく震えながら動かしている。

言葉を慎重に選んでいるかの様に。

そして時々、額の汗をハンカチで拭く。



しばらく沈黙が続いた後、男の口から言葉が出た。




「あなたの年齢いくつですか」



「えっ!?」


女性店員は一瞬固まった。だが、少し安心もした。

あぁ~ナンパだ。

でも、なぜ最初に年齢を聞くの!?

それ大切?




男は再度尋ねる。

「あなた、年齢いくつですか」

「お客様、そういうご質問にはちょっと・・・。」


私が考えたナンパ男対策マニュアル、13ページ目で返答をした。




男に焦りが見えるようだ。

「ちょっと、真面目に聞いているんだ!何歳なんだ?」


いやいや、深夜のコンビニ女性店員に真面目に年齢訊ねるって、どこが真面目なの?!

第一、何で知らない人に年齢を教えなきゃダメなの!?

女性店員は、ムカついている本心を押し込めながら、満面の笑顔で答えた。




「お客様、私のプライバシーにかかわる質問はお答えできません!」

男の目元が一瞬ひきつった。

女性店員は背筋に冷たい物を感じてしまった。



(まずい、このまま男を怒らせたら、どうなるか分からない。しかも手に持っている紙袋をチラチラと見せて威嚇しているし)


女性店員は、ナンパ対策対応マニュアル改、32ページ目で答えた。


「他の人には内緒にしてくださいね!20歳です。ここだけの秘密ですよ!」


と最低限の個人情報で切り抜けようとした。トカゲのしっぽ切り作戦である。

年齢を聞いて、男は天井を見つめ、笑みを浮かべた。


「20歳……か。なら、体重は?」


女性店員は言葉を失っている。年齢だけでなく、体重を聞く意味ある?!

なんて図々しい人なんだ。この人の性癖疑うわ。マジひくね。


しかし、ここまで来たら致し方がない。傷害強盗事件となる前に体重の個人情報も犠牲になってもらおう。だが、普通に恥ずかしい・・・。



男は、少し怒りを交えながら言う。


「おい、早く教えろ。でなければ後悔する事になるぞ」




完全に脅しだ。犯人の要求は私の体重情報。

視線を落とし、恥ずかしそうに答えた。


「体重は…、40キロです…。」



女性の体重を聞いた男は女性店員の目を見て、ニヤリと笑った。



女性店員は、戦慄を感じた。


――― 何か嫌な予感がする ―――




女性の『直感』は意外と当たるものだ。まさか、あの様な事に女性店員が巻き込まれてしまうとは、女性店員もその時は思っていなかったのだ。



男の表情から笑みが消え、紙袋でバックヤードを指す。

「おい、何も言わず付いてこい」


女性店員は男の目を見て悟った。だが体が恐怖で動かない。


(やっぱり強盗だ。この男の目の奥からは冷酷な光を感じる。しかもかなりの修羅場を潜り抜けた者だ。そう、歯向かってはいけない。)



男は言った。

「おい、手遅れになる前に早くついてこい」



女性店員はレジを離れ、男に従いバックヤードへ入っていく。

二人ともバックヤードに入いると、男は急ぎ扉を閉めカギをかけた。

そしてドアの小窓から何かを気にするかのように、店内を覗いていた。



男と二人きりになった女性店員は恐怖を感じていた。

これは、強盗だけでなく、強姦されるのかも。最悪命の危険もある。

どうにかして店長か警察に連絡しないと。


店内に3人の客を残したまま、私はこの怪しい中年男に連れられてきたバックヤードで、恐怖におびえ震えていた。

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