第2話
「へぇ~、君って小説書いてるんだぁ」
「だ、だから……?」
最初、少女の意図が分からなかった。
「あ、もしかして怖がっている? 大丈夫だよ~」
どうやらそれも彼女の瞳にはお見通しだったようだ。
「いや、私さぁ、小説に興味があってね」
彼女は薄暗い店内とは対照的な明るい表情で続ける。
「特に君みたいな、高校生の紡ぐ物語が」
「つまり、どういうこと……?」
「もう、鈍感なところもかわいいんだから」と彼女は一息おいて言う。
「書いた小説、私に見せてくれない?」
それは、想定外の一言だった。
「え、僕の!? ……いやいや、無理無理!」
第一、僕が小説を書き始めたのは最近のことで、人に見せれるような出来など到底ない。
「それに……僕の小説は、自己満だから……」
「いいのいいの! そういうのが好きなんだよ、私は」
そう言って満面の笑みをこちらに向けてくる。
そのまぶしさは店内を照らすようで、彼女が本当に僕の小説を求めているのだと感じさせられた。
「わかった。今のこれが書きあがったら、見せてあげるよ」
嘘だ。嘘ではないけど、嘘だ。
「見せてあげる」なんて偉そうな言い方をしたけど、本当は僕のほうから彼女に見てもらいたい、そう感じる僕がいた。
だけど、そんなこともあの子は気にせずに「うん、ありがとう!」とさらに輝かしい表情を見せてくれた。
◇
月光が照らす自宅への帰り道、僕は少し駆け足気味に歩いた。
「今日は楽しかったなぁ」
何よりもあの子と出会えたのがよかった。冷静に考えたら一目惚れなんて何しているんだ自分、って感じもするが、虚無な生活よりは幾分マシだろう。
あの後、彼女のことについて少し教えてもらった。
『高校生の書いた小説』が好きなこと。
毎年様々な場所を巡っては、それを集めていること。
だけど長い作品を読むのは大変だから2万文字以内の短編を見せてほしいとのこと。
変わった趣味を持つ子だなぁ、なんて思いながらも、僕はこの数時間ですっかり彼女のとりこになっていた。
僕は早く作品を完成させて、あの少女に見せたい。その思い一心で執筆に励むことにした。
この夜は、僕の人生のギアにスイッチが入った確かな瞬間だった。
◇
「こんにちは、雪乃さん!」
「あら、今日も来てくれたのねぇ」
それからというもの、喫茶かすみに毎日通うようになった。
右から二番目、いつものカウンター席に座ると、手提げ袋の中からデジタルメモを取り出して、キーボードをとにかく叩く、叩く、叩く。
店内に流れているホワイトノイズな音楽とコーヒーのカフェインで僕の脳内は完全に集中モード、原稿のこと以外は頭にない状況だった。
これもすべて、あの少女に見せるため。
か弱い自分に、意味を見出してくれた彼女のために。
自分には何もない。それを一番よくわかっている僕だからこそ、この夏を小説に捧げようと決めた。
「僕だって、やればできるんだから……」
何気なくこぼれ出たそのつぶやきもまた、僕の意思を固く、より固くしていった。
◇
朝起きて執筆、カフェに行って執筆、帰ってからもやっぱり執筆。
そんな執筆以外のことをほぼしない生活を始めてから、2週間ほどが経ち、8月に突入した。
「そんじゃ、行ってきまーす」
誰もいない自宅の玄関にそう声をかけ、駆け足気味にいつもの場所へ向かう。
もう、この移動時間すらも惜しいと思ってしまう。だけど、あそこのほうが作業がはかどるのも事実なのだ。
駆け足で交差点まで向かうものの、赤信号で足止めに。
足を止めると、汗が滝のように流れていることに気が付く。
「暑いなぁ……」
本格化した夏の気温に加え、駆け足で走った分も合わせて、僕の体は暴走したコンピュータみたいにアツアツだった。
「ん? あれは!?」
体をクールダウンさせながら信号が変わるのを待っていると、道の向こう側見たことのあるシルエットが。
遠くからでもわかるふわふわしたロングヘアに白いワンピース。まぎれもなくあの少女のものだった。
「おーい!」と声を上げて手を振ってみるものの、彼女は僕には気がつかないようで、喫茶店の方向へと行ってしまった。これほど信号の待ち時間が長く感じるのも初めてだった。
◇
そんなこともありながらカフェにたどり着くと、先客がいた。
「どう? 頑張ってる?」
まぎれもない、彼女だった。
「君のおかげで生活に活気が生まれたよ。ありがとう」
なんてあの子の前では格好つけてみたりするのも恥ずかしい。
そういうと彼女は頬をちょっと赤らめて。かわいい。
「今日は頑張っている君に、お題を持ってきたよ~!」
「お、お題?」
彼女の説明によると、気分転換もかねてお題に沿ったショートストーリーを書かないか、とのことだった。8月の間は毎週来て、お題をくれるらしい。
「じゃあいくね~、第一週のテーマは『手紙』!」
こうして、僕と彼女の創作に捧げる夏本番が始まった。
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